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七星は、柏の葉キャンパスの駅前に立っていた。
何の変哲もない駅前の光景がある。駅前らしい喧騒と雑踏。大勢の客で賑わうショッピングモール。ロータリーをぐるぐる回るバス。見上げれば、快晴の夕焼け空に照り返しとビルの影。
だけど、そこは現実世界ではない。そこは紛れもなく、仮想空間に構築された模倣都市。
柏の葉キャンパス・レプリカ。
それが、目の前に広がる街の名前。
もう自分達の日常に馴染みつつあるレプリカだが、改めて見渡してみると不思議な気分になる。VRの中にリアルと瓜二つの街がある。だけど、それはどれだけリアルに近づいても根本はバーチャル。絶対に、模倣以上にはなれない。一方で、そこに根付く人々の営みは、確かにリアルの息吹を感じる。
一言で言うならば、ここはきっとリアルとバーチャルの境界なんだと思う。
「おう、思ったより早かったな」
「お兄ちゃん、お待たせ」
声のする方に振り返ると、光星が立っていた。
まるで敏腕ビジネスマンのような、皺のないグレーのスーツを着ている。リアルで買ったら高そうなフォーマルウェアだが、レプリカならそれも10分の1程度の価格で買い揃えることができる。ましてやリアルより使われる頻度の低いスーツなら、それ以上の下げ幅で叩き売られていることも珍しくない。きっと、光星が着こなしているそれも、有名ブランドのスーツをモデルにしたものだろう。
そして、きっちり服装をキメた光星を見て、七星が気になるのは自分の服装である。ギリギリに帰ってきて、服装まで考える余裕のなかった七星。今はパーカーに7分丈のデニムという思いっきりカジュアルな装いになっている。さすがに、このままじゃまずい気がしてきた。
「お兄ちゃん、あたしスーツとか持ってないけど……」
「ははは、だと思った」
すると、光星は片手を差し出した。その手の中には、光のエフェクトで包まれた手の平サイズのプレゼントボックス。他人とのアイテムの受け渡しで出現するオブジェクトだった。至るところがリアルに忠実なレプリカだが、こういった細かい表現ではバーチャルらしさがまだ残っている。
「ヒーローデビュー記念だ、これ使え」
軽く放り投げるモーションで、プレゼントボックスが弧を描く。そのまま引き寄せられるようにして、七星の手元に渡った。
「何これ、開けていい?」
「どうぞ」
ボックスに触れる。目の前に、半透明のウインドウが現れる。七星に問いかける。
『開けますか? はい いいえ』
迷わず『はい』にタッチする。するとボックスがぱかっと開き、中から黒のパンツスーツと白いブラウスのセットが出てきた。
「おお! マジでもらっていいの?」
「これから何かと使うかもしれないからな。俺からのお祝いってことだ」
「早速着ていい?」
「もちろん」
「うひょ! ありがと!」
バーチャル世界なので、更衣室などを使うことなくすぐに服装を変更することができる。当然、サイズだって身につけた瞬間にぴったりフィットするよう自動調整される。空中に現れる擬似タッチパネル1つの操作で、あっという間に衣装が切り替わった。ちょっとそこまで買い物用のカジュアルな装いから、貰ったばかりのスーツ姿へ。
「うん、なかなか似合ってる。大人っぽくなったぞ」
「大人っぽい……!」
言われて、思わず自分の全身をスクショする。黒のスーツに身を包んだ自分は、確かに大人の階段を2段くらい登れているような気がした。背の小ささが普段からコンプレックスな分、この手の褒め言葉に七星はめっぽう弱かったりする。
ちなみに、リアルを追求するレプリカにおいて、七星の低身長がより高く補正されることはない。残念ながら。
「じゃ、行くか。準備はいいか?」
「オッケ!」
そして、2人はヒーローの活動拠点『ラボ』へと向かう。