16
七星が、リアルに戻ってきた。
すでに時刻は23時を過ぎている。その事実に気づいて、今更になって猛烈に腹が減ってきた。そういえば、まだ昼から何も食べていなかったっけ。
「あたしの夕飯、あるかな……?」
部屋を出て、1階のキッチンへ。まだ明かりが点いていて、ダイニングテーブルの上にラップをかけた料理が置かれていた。それからついでにもう1つ、というか、もう1人。
「やあ、お疲れさん」
兄の顔をした光星が座っていた。まるで、七星のことを待っていたかのように。
「……お疲れ」
「腹減ったろ? 温めといたから食っとけ」
「うん、ありがと」
七星は光星と向かいあう席に座り、ラップを外す。ほかほかの肉じゃがとご飯。それから味噌汁。
「お兄ちゃんはさっきの事件、どこまで知ってるの?」
「ああ、お前が誘拐犯を全員やっつけたんだろ? 大金星じゃないか、おめでとう。……って、何か不満か?」
「いや……いただきます」
どうやら、光星は真相を知らないようだった。追及はやめにして、ご飯を食べる。優しい白米の湯気が鼻腔をくすぐり、肉じゃがのほのかな甘みが口の中に広がり、味噌汁の温かさが五臓六腑に染み渡る。リアルな疲労感と空腹が、癒えていく。一方の光星は何も言わずに、そんな黙々と食べている七星をどこか嬉しそうに眺めていた。
「……何よ?」
「いや、美味しそうに食うなー、と思って」
「あんま見ないでよ」
「難しい年頃だなあ、七星は」
やかましいわと思いつつ、そこから先は食べることに集中した。それでも光星を追い出さなかったのは、話したいことがあったから。そもそも光星がここにいるのも、それを察してのことだろう。
残さず完食して、ひと息ついたところで光星がお茶を出してくれた。でも、光星からは何も言わない。だから、七星から切り出した。
「今日、あれからいろいろ考えた。お兄ちゃんとか、アンチアバターとかと戦ってたときもずっと。もう考えっぱなしだった気がする」
「そうか」
「それで、ようやくわかってきた気がする。自分にとって、ヒーローとは何なのか」
ヒーロー。
それは、自分にとって大切なものを守るもの。
それは家族だったり、友達だったり、自分の住む街だったり。だけど、本当にヒーローであり続けたいなら、自分が一番守るべきものは——ヒーローに憧れ続ける心。
それさえあれば、見た目なんて関係ない。
見た目で笑うやつがいれば、笑い飛ばしてやればいい。ヒーローの強さを、見せつけてやればいい。そうすれば、きっと誰かが応援してくれる。
だから、そのためには。
「あたし、もっと強くなりたい。自分が好きなヒーローであり続けるために、ヒーローとして、強くなりたい」
「ヒーロー、続けるんだな?」
光星が改めて訊くと、七星は力強い意志を持ってうなずいた。
光星は立ち上がり、右手を差し出す。口元は笑っているが、眼差しは鋭く光る。ヒーローの顔だった。
「これからはもっと厳しくいくぞ、いいな?」
「もちろん!」
そして、七星は差し出した手を強く握る。
この日、神崎七星は本当の意味でヒーローとしての第一歩を踏み出した。
星屑の魔法少女『ティンクル』とともに。