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電子世界では、時間の感覚すらも凝縮されるらしい。
その中で放たれた、全身全霊の一撃。それから一瞬の無があり、静寂があり、敗者は地面に崩れ落ちた。
勝者が、振り返る。
ティンクルが、振り返る。
「…………」
言葉の発し方を忘れた。ついでに、感情もどこかへ落としてしまったような気がする。
廻のアバターは、まだ消失していない。MPこそ底をついているものの、HPは赤く点滅しながらギリギリのところで全損を免れ、踏みとどまっていた。
「おおい七星……わかってんだろ……トドメ刺せよ……」
仰向けで倒れている廻が、息を荒くしながら言う。
ティンクルは何も言わずに歩み寄る。それから、廻の正面で手を振りあげ、突き刺した。
応急治療キットを。
「は? お前……?」
「廻の言うことなんて、聞いてやんない」
ムスッとした表情のまま、ティンクルは変身を解いて神崎七星の姿に戻る。その間にも、じわじわと廻のHPが増えていく。
「続きはリアルで。今はじっとしてて」
そして、絶対安静の廻を背にして七星は空のもとへ向かう。
「あんた……バカじゃないの?」
七星が拘束されていた空の腕と足を解放する。すると、空は弛緩したように笑った。
「バカでもいいです。だって……格好いい七星さんが戻ってきてくれたから」
あまりに直球な空の発言に、七星は頬を染めた。感情の機微も忠実に再現されるレプリカ空間。
「あたしは……そんな格好いい人間じゃないよ」
もっと、みっともない人間だよ。
外聞ばかり気にして。
自分のことしか考えてなくて。
さらには自分を慕ってくれる人を、傷つけて。
こんな人が、ヒーロー名乗っちゃダメだよ。
そんな思いが、七星の発した言葉に影を落とす。
「でも、少なくとも僕にとってはヒーローです」
だけど、空の純粋な言葉が影を照らした。まさに空から降り注ぐ陽射しのように。
「逆境を跳ね返して、帰ってきてくれた。間違いなく、僕の憧れのヒーローです。それは誰が何と言おうと、絶対に揺るがない。何度だって言います。七星さんが、僕のヒーローなんです」
目頭がやけに熱くなって、七星は顔を背ける。余計な感覚までリアリティに溢れるレプリカの仮想現実が、過去最高に恨めしい。
「あれ、七星さん? どうしました?」
「……う、うるさいっ、何でもないっ」
ところが空は、その辺り全くの無自覚らしかった。こいつめ、と思う一方で、その無垢さに自分は救われたんだとも思う。
空は七星に、自分を救えと言った。
だけど実際は空の言葉、そのものに救われたのだ。
「空っ!」
「は、はいっ!?」
「あ……ありがとう」
「え、あ、そんな……」
今度は、空が赤くなる番だった。
「な、何今さら照れてんのよ! 言ったこっちが恥ずかしくなるでしょ!?」
「だ、だって七星さんが突然そんなこと言うから心の準備が……!」
さっきまでのピリピリした雰囲気が嘘のように甘酸っぱいものに変わる。
そんな様子を遠巻きから眺めるのは、すっかり蚊帳の外な廻だった。
「……やれやれ、2人で見せつけてくれるじゃないの」
悟った目で2人を生暖かく見守っていると、メッセージが1通送られてきた。さっと目を通して閉じる。
「へいへい、今行きますよ、っと」
HPは半分以上回復して、もう普通に動くには差し支えない。
廻は立ち上がると、文字通り「姿を消した」。
七星と空が廻の消失に気づくのは、もう少し後のことである。