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不良達を打ちのめした現場から早々に離れ、2人は周囲を警戒しつつ駅から近いコメダ珈琲に入る。少年がお礼をしたいということで、まだ時間もあるのでご馳走になった。実際のところ、七星は何度か断ったのだが彼はどうしてもと譲らず、結局七星が折れた形である。
そんな意外と押しの強い少年は、名前を夏井坂空と言った。
「……えっと、神崎さん、でしたよね?」
「神崎七星。七星でいいよ。君のことは……空って呼べばいい?」
「はい、大丈夫です」
空の話には、まだ固さを感じる。初対面だから無理もないが、元々の性格が生真面目なようにも見えた。小柄でまだあどけなさが残る、空の全体像。しかし、対面してみると第一印象よりもきりっとした顔立ちに見えた。真っ黒な瞳に、真っ直ぐな意思を感じる。
「失礼します、ホットのミルクコーヒーでお待ちのお客様」
淡い香りと湯気の立つミルクコーヒーが、2人の前に置かれる。10月も半ばを過ぎて、暖かい飲み物が美味しい季節になってきた。
「改めて、さっきはありがとうございました」
「いいのよ、お互い怪我はなかったんだし。こちらこそ、コーヒーありがとね」
挨拶もそこそこに、七星は早速気になる質問を投げかけた。
「で、それよりも、どうしてあんな奴らに絡まれたのよ?」
「それは……」
空の口調が、歯切れの悪いものに変わる。
「ああ、なんかごめん。話したくないなら、無理に話さなくていいから」
「いや、そんなことないです! ただ、ちょっとかっこ悪い話なんで……笑わないでくださいね?」
空は若干泳ぎ気味な目のまま、事件の経緯を話し始めた。
「実はあれ、最初に絡まれてたのは僕ではなかったんです」
「ほぅ……というと、別にもう1人被害者がいたってこと? 空の友達?」
「いえ、全く見ず知らずの他人でした」
「んん? てことはつまり?」
「状況としては、最初に七星さんが僕に会った時と同じです。ある女の子があの3人組に絡まれていて、逃がすところまではできたんですが……さらにその先の状況を打破する力が、僕にはありませんでした。それで囲まれて、万策尽きたところにやってきたのが七星さんだったんです」
なるほど。ようやく話が見えてきた。
同時に、七星は空に感心した。
彼は、ただの一方的な被害者ではなかった。結果はどうあれ、誰かを守るために戦ったんだ。
そんな彼の心は、まさにヒーローと呼ぶに相応しい。笑うだなんてとんでもない。自分も、見習わないといけない。
「何だか、カッコ悪いですよね。自分から突っ込んでおいて自滅なんて……」
「いや、あんたすごいわ」
「へっ?」
「他人を助けるために自分の身を顧みないで動くなんて、そうそうできることじゃないわよ。大抵はみんな、見て見ぬ振りをするんだから」
「……見て見ぬ振り、ですか」
「そう。そういう人、結構多いよ。だから空が困っている人を見捨てなかったということは、誇るべきことだと思う。もっと、自信持っていいんだよ」
しかし、まだ空は煮え切らない表情を浮かべている。口をつけていないコーヒーの湯気が、徐々に薄くなっていく。
「……自分は、ずっと強い男を目指していました」
言葉を丁寧に拾い集めるようにして、空は口を開いた。
「いざという時に大切な人や困っている人を助けられる男に、僕はなりたかったんです。だけど、僕は弱い。身体は小さいし、ずば抜けた運動センスもない。これじゃあ、誰も守れない。今までそう考えていました」
だんだん、空の話す言葉に熱がこもってくる。
「でも、さっきの七星さんの戦いぶりを見て、思いました。身体の小ささとか、運動センスとか、そういうのは甘えだって。僕みたいなチビでも、大きな相手に工夫次第で戦えるんだって」
ここまで話して、話しているうちに熱くなった空は、温くなったミルクコーヒーをぐいっと呷った。まるで風呂上がりの牛乳のように飲み干したカップの中身は、一滴残らず空になる。
「そこで、1つお願いがあるんです」
「……何かな?」
「七星さんって、『ヒーロー』なんですよね?」
「う、うん」
ひしひしと感じる熱意に、七星は気圧される。不良グループとの対峙よりも強く、環との試合にも並びそうな迫力。
「ならば——」
そして、ぐつぐつと内側で煮詰まっていた彼の情熱が、爆発した。
「僕を、弟子にしてください!」
周囲の客や店員が振り返るような大声で、空は懇願した。