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話は、数時間ほど前に遡る。
つまり七星がヒーロー引退を宣言し、それを聞いた空がショックを受けた、その直後。
空は、再びヤンキーに絡まれていた。先日の3人と、全く同じ顔ぶれ。
彼らはレプリカ内で空を見つけるやいなや、この前のリベンジを果たそうと息巻いて空に突っかかっていった。
しかし、結局彼らの復讐は果たされずに終わる。
「何だ? 見た目の割に弱っちぃなこいつら?」
5分後、彼らは3人仲良く地面に倒れ伏していた。全員、両腕両足を拘束されている。そして、そんな情けない彼らを見下ろして仁王立ちする金髪の女が1人。
言うまでもなく、脇谷廻である。
「あの……ありがとうございます」
「何、アタシは当然のことをしたまでさ。あんた、名前は?」
「夏井坂空です」
「空、あんた七星に惚れてんのか?」
「なっ……!?」
わかりやすく、空は動揺した。リアルに忠実な再現を目指すレプリカは、そんな彼の心理も細かく読みとって表現する。結果、空の顔は真っ赤になった。
「オーケーオーケー、何も言わなくていいぞ。その答えだけで充分だ」
「別に……そういうわけじゃ……」
顔の赤さが引かないまま、もにゃもにゃとうつむき加減で言い淀む空。だがそんな様子の空を廻は笑いもからかいもせず、そのまま本題に持っていく。
「空には悪いが、さっきの七星とのやり取りをちょっとだけ覗き見させてもらった。そこでズバリ訊きたいんだが、あんたは七星にどうしてほしいんだ?」
「七星さんは……」
相変わらずの、自信なさげな声。かと思いきや。
「七星さんは、僕の憧れなんです」
次に続いた言葉には、はっきりとした芯があった。
「でも、今の七星さんは僕の憧れた七星さんじゃない気がするんです。最初に会った時のような自信はなくて、何か大きな壁にぶつかって迷っているように見えるんです。……もしその予感が正しいなら、僕はそれを乗り越える手助けをしたい。自分は非力かもしれないけど、少しでも力を貸したいんです」
「…………へぇ」
意外と、ちゃんとモノを考えてるじゃないの。
空の言葉を聞いた廻は、いろいろと試してみたくなった。空の七星に対する気持ち。それから、七星のヒーローに対する気持ち。それらが、果たして本物なのか。
「そういうことなら、アタシが協力してやろうか?」
「いいんですか?」
「ああ。ただし、アタシに1つ考えがある。そのやり方に従ってもらう。いいか?」
すると空は難しい顔で考えたが、じきに意を決した表情に変わって。
「……わかりました。それで七星さんの力になれるなら、僕は従います」
「おう、いい返事だ。なら早速動き出すぞ。とりあえずは横になってるこいつらをだな」
廻は倒れたままでいた3人のうちの1人を睨みつけた。ついでに、持っていた漆黒の木刀を眉間に突きつける。
「ひっ」
相手は無言の威圧に負けて身を縮める。まさに蛇に睨まれたカエル状態。
「ここで会ったのも何かの縁だ、ちょっくら手伝ってもらおうか。ちなみに断るならもう一度シメるが……手伝うのとしばかれるの、どっちがいい?」
言うまでもなく、彼らの答えは前者だった。
かくして廻と空、その他3名による狂言誘拐の計画が始まったのである。




