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「それって……あんたは一体……?」
ティンクルの問いに、相手は答えない。その代わり、瞬速で斬り掛かる。日本刀の鈍色。弧を描く。
しなやかな、流れるような斬撃。それなのに、ずっしりと重い一撃。それが続けざま、畳み掛ける連撃でティンクルに襲いかかる。
「ぐっ……!」
ティンクルは受け止めるのが精一杯で、一気にライブハウスの壁際まで追い詰められた。どうにか回り込んで壁際を避けても、再び押し込まれる展開の繰り返し。明らかな劣勢。すぐには埋められなさそうなアバターの能力差を、肌で感じる。さっきまで戦った3人とは、まるで格が違った。
しかし、ティンクルの力の差を、神崎七星の剣道で培った技術でカバーする。どうにか攻撃は届かせず、全てを防御し、躱し、受け流す。
正面に強い一撃。
バランスを崩し、ティンクルの刀が手から離れた。
とっさに、落ちていた金属パイプを掴む。さっき破壊された、ベンチの残骸。
止めを刺そうとした次の一撃を、片手で持ったそれで間一髪受け止めた。
「ちっ……!」
肉薄した敵から、短く舌打ちしたのが聞こえた。前蹴りで突き放す。すぐに足元の刀を拾い、ひしゃげたベンチの一部を投げ捨てる。耐久力がマイナスになった残骸は、床に転がった瞬間にポリゴン片となって霧散した。
互いに刀を突きつけ、膠着。ちょうど、刀の先端が触れ合う一足一刀の間合い。そこから火花が散りそうな空気。一触即発。
空気に強烈なデジャヴを感じる。
剣道場の空気だ。
動いた。
相手は面を狙ってくる。畳み掛けてくる積極的な攻め。それを全て捌き、躱してティンクルは好機を伺う。流れるように仕掛けてくる攻撃の中から、ほんの僅かな綻びを探し出す。
綻びは、焦りとか怒りとか、僅かな心の揺れ動きから生まれる。今のティンクルには、それがよく見えた。この瞬間、戦いの感覚が冴え渡っていた。
なぜならティンクルは、神崎七星は、ヒーローだから。
面が来る。
これまでよりもやや大振りな面。そこに生まれる、コンマ数秒の隙。
狙いすました。頭の中に一瞬だけよぎったイメージの通りに、太刀筋をなぞる。
抜き胴、一閃。
「っっ……!!」
わかった。
一瞬、よろめく相手。しかし、ティンクルは止めを刺さない。その代わり、言葉で核心に迫る。
「あんた、廻でしょ?」
目の前にいる『unknown』は何も言わない。
「物的証拠なんてないし、あたしはそもそも探偵になりたいわけじゃない。だけど、あたしにはわかる」
しかし、取り巻く空気が少し変わったように感じられる。
「何度も、リアルで戦ってるからわかった」
力と速さを兼ね備えた戦闘スタイル。
畳み掛けるような攻撃パターン。
やや大振りでも、隙の少ない一撃。
そして、後半に苛立ちや焦りが出ると隙を見せ始める弱点も、それらはまさしく。
「リアルの廻と、同じ太刀筋だから」
『unknown』は何も言わない。が、顔のプロテクターを解除した。
「やれやれ、もうちょい隠せると思ったんだがなー」
後ろで束ねた、鮮やかな金髪が揺らめいた。