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ティンクルを見下ろす巨体が襲い掛かってくる。
確かに、威圧感のある攻撃。しかし、一発が大きいパワータイプの武器には2つの弱点がある。
弱点その1。攻撃の前後にどうしても大きな隙が生まれる。素人が使えば当然、その弱点はより顕著に出る。
そして、その隙を突いて敵の懐に潜り込むのは小柄なティンクルの、また接近戦に慣れた七星の得意とするところだった。
敵の振りかぶった瞬間に、ティンクルのステッキから光速の横一閃。
これまでのステッキとは比べものにならない、鋭い物理攻撃が牙を向く。
「……!?」
まともな声を出す前に、最初の1人が体力ゲージを全損させた。白い砂のようなエフェクトを散らして消失。持ち主を失ったモーニングスターがどすん、と床に墜落した。
「なっ……!?」
続いて攻め込んでいたハンマーが驚きで動きを止める。ティンクルは背後に回り込む。その速さに、ハンマーがついてくることはできない。
弱点その2。小回りが効かない。だから、動きの速い相手には面白いように翻弄される。
ティンクルの立ち回りは、それら2つの弱点を見事に突いていた。
勢いをそのままに、2人目と3人目の間を一瞬で抜ける。その刹那に周囲の空間、位置関係、相手の目線と表情まで把握する。
子供の頃から、何度もイマジネーションとシミュレーションを繰り返していたことだ。
もし自分が正義のヒーローなら、どんな風に敵の戦闘員達を蹴散らすか。囲まれたら、窮地に陥ったらどのように切り抜けるか。味方はどう助ければいいか。考え、想像して、光星とのヒーローごっこで実践した。
その頃の感覚を思い出しながら、躍動するティンクルは2人目を仕留めにかかる。
この時、ハンマーの男にはどのように見えていたのか。
最初にティンクルの姿を認めたのは、真正面だった。それも、前方には先陣を切ったモーニングスターがいて、さらにその向こう側。互いの攻撃が当たらない程度の間合いはあったはずだ。
それが、いきなり消えた。しかも、前にいたモーニングスターを一撃で葬って。
速すぎるの展開を目の当たりにして、ハンマーは困惑した。だが、その困惑はすぐに恐怖へと変わる。
後ろにいる。
実際に見たわけじゃない。それでもはっきりとわかった。背後から、数秒前に仲間を消したそれと同じ殺気を。
ハンマーは、ほとんど反射で動いた。計算や理性が働く前に、怖れを振り払うように、横薙ぎに。
そして、そこにいたのはティンクル、ではなく。
「ごふっ⁉︎」
大剣を構えていた、味方の男だった。
「なっ……⁉︎」
不覚にも味方から会心の一撃を受けてしまった大剣の男。結局、自慢の武器を一度も振るうことなく、まさかの同士討ちで退場となった。
呆然とするハンマー。そこに再び、背後からの殺気。
振り返る。
斬られた。
最後に残ったハンマーの男も、あえなくフェードアウト。
ライブハウス、観客側の中央に立つティンクル。一瞬にして、一撃で、3人のアンチアバターを駆逐した。今までなら、絶対に不可能だった立ち回り。
その秘密は、光星から新しく授かったステッキにあった。
いや、厳密にはステッキではない。
左手に輝く、鋭利な鈍色の刃。
「強い……!」
自分で動いてみて驚いた。まさかこれほどとは。
『――それは、仕込み刀じゃよ。遠距離なら魔法で戦えるし、物理攻撃で壊れることもない。どうじゃ、お主にぴったりじゃろ?』
新たな相棒を受け取った時の、セレクターの言葉を思い出す。
「あいつ……できるなら、最初からこうしてくれればよかったのよ」
改めて、相棒をきつく握り直す。しかし、その感慨にしみじみと浸る前にまずは空のことを――
斬撃。
舞台袖の方向。
ティンクルは間一髪で感知して回避。かまいたちのような鋭い衝撃波が掠める。そのすぐ後ろにあったベンチを、真っ二つにへし折った。
「……っ!?」
あまりにも突然で、声が出なかった。しかし、それでも敵の姿は視認できた。
舞台袖の影と同化しているかのように立つ、1人。漆黒の、シャドーに似た細身のボディースーツ。顔はやはりプロテクターに覆われている。十字軍のグレートヘルムをスリムにしたような形状で、顔つきは全くわからない。だがその身体のラインから推察するに、女性かもしれない。
視界に相手のデータが反映される。だが、それはアンチアバターと認識していない。敵の情報として表示されたのは、銀色のHPとMPのゲージ。それと、グレーの文字で一言だけ。
『unknown』




