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1時間後。
犯人から指示された場所に、七星はやってきた。
今までヒーローの活動では、いつも近くに光星がいた。七星は言わば見習い。いいところで補佐役。しかし、今日は違う。ここで敵に立ち向かうのは、七星だけ。
不安がないと言えばウソになるかもしれないが、戸惑いや迷いの類は全くなかった。これは、七星自身がケリをつけないといけない問題だ。だから、1人きりで殴り込むのは、使命なのだ。
薄暗い階段を下りていく。そこは、柏駅から徒歩圏内にあるライブハウスだった。リアルでは駆け出しインディーズバンドの、レプリカでは地下バーチャルアイドルの活動拠点。かつて10年程前に一世を風靡した覆面歌手『MiX』が無名の頃にライブを行った場所、とも噂されているが、その真偽は定かではない。
階段を最後の1段まで下りると、彼らは待ち構えていた。
「よう、来たな」
ステージ上に立つのは、4人。まるで時代錯誤の世紀末みたいな、デスメタルなアーマーに身を包んだ3人。それから、彼らに包囲される形で捕縛される1人。
「な、七星さん!」
「空! 無事なの!?」
ステージで倒された状態のまま、空が叫ぶ。幸い、目立った大きな傷は見当たらない。
空のことは気がかりだが、その前に城壁のように3人の巨体が立ち塞がる。揃ってステージから飛び降りて、七星と対峙する。予感としてあった心当たりが、確信に変わる。
「やっぱりあんた達……」
「お前、俺達のこと覚えてるか?」
「今日みたいに空に絡んでたとこを、あたしに叩きのめされた残念な雑魚キャラ達。合ってる?」
3人の表情がわかりやすく歪んだ。正解。
「このクソガキが!」
「調子に乗りやがって……!」
「ふん、だがそう調子に乗っていられるのも今のうちだ! 今の俺達はリアルよりもずっと強いからな!」
すると、3人は揃ってアイテムボックスから武器を顕現させた。大剣。ハンマー。モーニングスター。揃いも揃ってパワー系である。そして、それが意味することは。
「アンチアバター……」
七星がつぶやいた。
基本的に、一般のアバターがレプリカ内で武器にあたるアイテムを所持することは許されない。もし所持していることが発覚したら、その時点でレプリカに仇なす敵性アバター、すなわち『アンチアバター』として扱われる。
だから目の前にいる3人は、間違いなくヒーローアバターにとっての敵になった。七星の視点で3人の頭上に現れる、赤いHPとMPのゲージ。
だったら御託や言い訳はいらない。やつらは躊躇なく懲らしめるまで。空の悔しさも肩代わりして、絶対に容赦しない。
「3名をアンチアバターと認定。これより、ヒーローアバター権限に則り……お前達を駆逐する!」
アイテムボックスから実体化して、七星の右手に実体化されたステッキ。それを高々と、真上に掲げて。
「変身! マジカルミラクルチェーンジ!」
七星の周囲、ぶわっと空気が舞い上がる。光の粒子を孕んで。次の瞬間、七星を包み込む無数の星のエフェクト。
「うおっ!?」
怯む不良グループ。その後ろ、息を呑んで変身を見守る空。
驚きに包まれた空気の中、現れたのは相変わらず小柄な魔法少女姿のヒーローアバター、ティンクル。
それを見たアンチアバターの3人。数秒間の沈黙と困惑の後で、一斉に吹き出した。
「ひはははは! おめぇ、何だよその格好はよう!?」
「バカかよ! それで俺らに勝てると思ってんのかあ!?」
「魔法少女ごっこはおうちに帰ってからやれよおチビちゃんよぉ!」
明らかにティンクルを見下した罵詈雑言。今までのティンクルなら逆上して感情的になっていたかもしれないが、今回は冷静だった。
今のうちに、言いたいだけ言わせてやれ。
「ごちゃごちゃうるさいのよ、雑魚。そんだけ言うならかかって来なさい」
「んだとゴラァ!」
逆に感情的になった相手の1人がモーニングスターを振りかざして飛びかかる。それに釣られて、残りのハンマーと大剣も攻めてきた。
ティンクルは、その瞬間を待っていた。