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その瞳には、強さが宿っていた。
どっしりとした、一本太い軸を真ん中に据えたような強さ。
「OKだ。なら、この不利な状況をまずは切り抜けてみろ」
すると、すぐ横に転がっていたステッキをシャドーは蹴り飛ばした。数メートル先に離れていく。
使える武器がなくなったところでシャドーの手が迫る。それは、獲物の喉笛に嚙みつこうとする毒蛇の顎にも見える。
でも、その動きはティンクルの眼にしっかりと捉えることができた。さっきまで速すぎて全く見えなかった、シャドーの動きが自分でも驚くほどに見えていた。今までの自分は、一体どれだけアバターに縛られていたのか。
今まさにティンクルの頸動脈に飛びかかろうとした、その手首を払いのけた。わずかにシャドーが重心を崩したところで、ティンクルは包囲を抜け出す。体制を立て直しながら、一度は手放したステッキを再び拾い上げた。エリアの中央に舞い戻り、それを強く握りしめる。
逃すまい、とすかさずシャドーが数メートルの距離を一気に詰める。本当に魂を刈り取りそうな、死神の如き静かなる気迫。
鎌を振るかのように、跳び蹴りが飛んでくる。詰めた勢いをそのまま片足に乗せて放つ、強力な一撃。
あと3メートル。
ティンクルはステッキを正面に構えた。
2メートル。
右足を半歩前に出し、左足の踵を浮かせて。
1メートル。
左手で握り、右手は添えるだけ。
肉薄の刹那。トロイの木馬と戦った場面と重なる。
あれと同じシチュエーション。だが、あの時は必要に迫られてのなし崩し的戦法。ただのやけっぱちだった。
今は違う。確固たる信念を持って、ティンクルはここに立っている。この戦い方を選んでいる。
衝突。
視覚がおかしくなりそうなほどの、まぶしい閃光と火花のエフェクトが目の前で弾けた。爆散する衝撃波。痺れる腕。鋭く破裂する金属音。
手加減ではないインパクトを肌で感じながらも、ティンクルはステッキ一本で防ぎ、持ち堪えた。
ダメージが入ってないと見るや、そこから絶え間なく肉弾戦に持ち込むシャドー。魔法少女なら本来苦手な近距離戦。しかし、ここにいるのはただの魔法少女じゃない。神崎七星だ。
1発、2発、3発。もはや目で見るより先に身体が動いて、俊速で展開される攻撃を捌く。
コンマ数秒、フレーム単位の戦い。その一瞬一瞬で打ち合う度に、研ぎ澄まされる神経。防戦一方に見えるかもしれない。だが、確実にティンクルに宿る七星の感覚は「掴みかけて」いた。
七星には、いつの間にかこの場所が剣道の試合場に見えていた。
真っ白な空間に、観客が見える。3人の旗を持つ審判が立っている。床は木造で、2人を中心に大きな白い正方形が縁取っている。手に持つのは、ステッキではなく竹刀。
ここは、自分のホームグラウンドだ。
だったら、負けるはずはないのだ。
シャドーから放たれる連続攻撃。その一瞬に、見つけた綻び。少し、攻撃が大振りになる。
その一発を狙って、七星は攻撃を受け流した。下から上へ。
「くっ!」
上体が逸れる。わずかな隙で、胴が空く。
剣道で小柄な人が大きな相手と対峙する時。狙い目となるのは小手と、胴である。
七星の攻撃が、残像で弧を描く。
横一文字に、シャドーの身体を捉えた。ど真ん中。コンマ数秒、遅れて光が迸る。白い光。会心の一撃を示すダメージエフェクト。
切り抜けて、すぐに振り返る。シャドーは数メートル先で立ったまま。それから、時が止まったような静寂がやってきた。シャドーもまた、ゆっくりと振り返る。そこに攻撃の意思は見えない。そして、シャドーは変身が解けて光星の姿に戻った。
彼は剣先を突きつけたままの七星に一言。
「お見事」
初めは言葉の意味が理解できず、後から戦いが終わったんだと悟り、そこからじわじわと実感が沸いた。
「お前の勝ちだ、ティンクル……いや、七星」
勝った?
勝った。
「勝った……!」
どっと疲れが出た。同時に、変身が解ける。トレーニングエリアだから、目に見える数値では何の変化もない。しかし、目に見えない部分で七星はギリギリだった。
だけど、そのギリギリの中で見えたものはあった。ようやくヒーローアバターの、ティンクルの本質を掴むことができそうな――
『良い! 実に良い戦いぶりであったぞお主ら!』
そこへ、唐突に聞き覚えのある声が響きわたった。




