4
「どうした? もう終わりか?」
「くっ……!」
気合い充分で突撃した七星だったが、あっという間に跳ね返された。
ガンナーとしての戦いが主なシャドーだが、接近戦も普通に強かった。そして、全く手加減してくる気配はない。実戦そのものである。
身体がふらつく。トレーニングエリアでは体力ゲージが存在しない。表面上アバターに与えられるダメージは0だが、痛覚までは軽減されても遮断されることはない。確実に精神的ダメージは蓄積されていく。
「ティンクルに変身したらどうだ?」
七星は何も言わない。
「できないのか?」
やっぱり七星は何も言わない。が、肩がびくっと震えた。
「自分の思っていたヒーロー像と違ってがっかりか? 魔法少女は、恥ずかしいか?」
七星の心、触れて欲しくないところを的確に射抜いてくる。それこそまさに、狙撃手のように。
それを振り払うかの如く、七星は再び立ち上がって光星に飛びかかった。
「無駄だ」
シャドーが七星の振り下ろした拳を払い落とす。
バランスを崩したところにワンツーで拳を叩き込む。
よろめいたところに、とどめのミドルキック。
再び、七星は1発の攻撃も与えられずに壁際まで弾き飛ばされた。
やっぱり、強い。
「変身しろ、七星」
エリアの真ん中に立つシャドーが言う。
「今のままじゃ、勝負にもならない」
全くもって、シャドーの言う通りだった。
あくまでも、『アバターβ』はヒーロー候補生の訓練用アバターである。生身より強化されるとはいえ、個人専用のヒーローアバターと比べたら基本的な能力は大きく劣る。
ボコボコにされる悔しさと、変身することの一瞬の恥ずかしさ。その2つを天秤にかけて、ようやく七星は意を決した。
「……ミラクルティンクルチェーンジ!」
無数の星のエフェクトに包まれ、七星はティンクルに変身する。教えられていた最後の目元Vサインとウィンクはやらない。そんなの、やってられるか。
再び、ティンクルは立ち上がる。殴られて残ったビリビリとした痛みは、まだ全身に響いている。これがリアルだったら、肋骨の1、2本は折れていたかもしれない。
「ようやく本気になったか、長かったな。……ならば、こっちも全力でいこう」
「えっ――?」
コンマ数秒の世界の中。気づけばシャドーは、壁際にいたティンクルまでの数メートルを一気に詰めていた。反射に近い動きで、横っ跳びに回避。さっきまでティンクルがいた場所で、シャドーの拳が空を裂く。
間合いを取り、光弾を放とうとしてステッキを構える。しかし、そんな隙も見逃さずにシャドーは容赦なく間合いを詰めてきた。
速い、と七星は思った。
「遅い」と光星は言った。
左右から襲いかかる拳。逃げ切れない。
1発、2発、3発。躊躇なくサンドバッグにされ、またしても壁際まで飛ばされる。
「俺が武器もない状態で、こんなに強いとは思わなかったか?」
問いかけながら、シャドーが歩み寄る。ティンクルは鈍い痛みに支配され、まだ床に崩れ落ちたままその場から動けない。
「俺のヒーローアバターは、知っての通り遠距離攻撃向きだ。だが、それは俺の望んだ攻撃スタイルじゃない」
話しながら、シャドーはティンクルの目の前で立ち止まる。
「俺は、格闘スタイルで闘いたかった。俺達が子供の頃に見て憧れたヒーローのように、拳や刃を交えた熱い戦いがしたかった」
「それは……」
それは、七星が思うことと全く同じ。
七星と光星は、同じヒーローに憧れてここまで来た。見てきたものが同じなんだから、当然だ。
それじゃあ、今のこの違いは何なのか。
「だから、俺は自力で格闘スキルを高めることにした。生身の身体を鍛え、格闘技について学び、アバターのスキルに囚われない戦い方を目指した。その結果が、今だ」
シャドーが光星が、ティンクルを七星を見下ろしている。その視線が、問いかけている。
お前はどうなんだ、と。
「ヒーローアバターに、頼り過ぎるな」
シャドーは、淡々と言う。
「だがそれは、言い換えればヒーローアバターに縛られる必要はないということでもある」
「ヒーローアバターに……縛られる……」
痛みが和らいできた。ゆっくりと起き上がり両手、両足をまじまじと見つめる。
セレクターから不本意ながら授かった、魔法少女型ヒーローアバター。七星の追い求めていたものとは真逆な、可愛らしさと女の子らしさを前面に押し出した姿。
自分はそのイメージに、囚われ過ぎていたのか。
もっと、自分のヒーローを追い求めてもいいのか。自由に戦っていいのか。
たとえ見た目が、魔法少女だったとしても。
「もう降参するか、ティンクル?」
「いや……まだまだ……!」
ティンクルは、きりっとシャドーを睨みつけた。