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ヒーローたるもの、困っている人は助けなければならない。
そして、そんなヒーローの資質を試されるようなシチュエーションが、向こうからやってきた。
場所は、学校から帰宅途中の通学路。小さな公園の片隅。地元民でなければ見逃してしまいそうなロケーション。
そこで、小さな少年が不良に絡まれていた。
「てめぇ、タダで済むと思ってんのか? あぁ?」
「こりゃタダじゃ済まねえなー、ボスのこと怒らせちまったんだもんなー!」
「半殺しは覚悟しといた方がいいぜ、ボウズ!」
少年が1人に対して、ガラの悪い男子高校生3人がイキっている。誰がどう見ても、弱い者いじめの構図。
見かけた以上、放っておくわけにはいかない。
なぜなら、神崎七星はヒーローだから。
公園の敷地に入る。七星は迷いのない歩調で、不良の背中に近づいていく。邪魔な防具袋は近くのベンチに置いて、竹刀袋は持ったまま口の紐を緩めておく。
「あんたら、何してんの?」
「ああ?」
ぎろり、と3人分の鋭い視線が七星に集中した。しかし、七星は怯まない。それどころか、さらに1歩詰める。
「何してんだ、って聞いてんのよ。このチキン野郎共」
空気が固まった。七星に向く殺気の密度がぐんと濃くなって、蚊帳の外になった少年の顔は青ざめていた。少年の口が小さく「ヤバいヤバい」と動く。
「おいおいおい、可愛いお嬢ちゃんが何のつもりだぁ?」
「おぅ、あんまり調子こいたこと言ってっと、女だからって無事には帰さねえぞ?」
「誰に向かって口聞いてんのかわかってんのか、このチビ」
カチン、ときた。
「……言ったな?」
「あ?」
何を言われても、七星は動じないつもりだった。あくまで、相手から手を出してきたら抵抗する。最初はそのはずだった。
しかし、最後の一言だけは聞き捨てならなかった。
「チビって……言ったなあああ⁉︎」
考えるより先に手が出た。真っ直ぐ伸びた突き。鳩尾あたりにめり込んだ竹刀袋。声を失う、チビ呼ばわりした不良。
「あ……やっちゃった」
我に返った七星の、気の抜けたつぶやきと同時に悶絶して倒れ伏す男。
「ボス⁉︎ 大丈夫っすか⁉︎」
「てめえやりやがったな!」
残り2人。うち1人が仇を討とうと殴りかかる。
しかし、意外と喧嘩には慣れていないのかもしれない。放ったパンチは大振りで隙が多い。こうなったらやるしかない。七星は気持ちと姿勢をすぐに切り替えて、その懐に潜り込む。
イメージはできた。練習試合で、廻から奪った1本目と同じ。いや、ガードが甘い分、廻よりもずっと容易い。攻撃が止まって見える。袋に入ったままの剣先が、相手の急所に吸い込まれていく。
抜き胴。身体の中心を鋭く抉る一撃。
「がっ……⁉︎」
振りかぶった腕は空を切り、そのまま2人目の身体が地面に崩れ落ちた。
あと1人。
「ふざけやがって!」
最後の1人が、ポケットに右手を突っ込んで何かを取り出した。その手元には、鈍色に光る刃物。サバイバルナイフだろうか。
「これくらい、ハンデでも何でもないだろ? お前だって武器があるんだ、これで平等だよなあ⁉︎」
七星が何か言う前から、言い訳を並べ始める不良の残党。喋れば喋るほど、ダサさが上乗せされていく。黙っていればいいのに。
「おい、なんか言えよ!」
すると、七星は袋に入れたままだった竹刀を取り出した。抜け殻になった袋は足下に落ちて、中段の構え。竹刀の先が、喉元に狙いを定める。
「……ここで大人しく逃げたら、見逃してあげるけど」
「っ、ざけんなっ!」
ナイフを振りかぶった。しかし、見た目の勢いほどの殺気は感じない。きっと、本気で切りつける覚悟は、彼にはない。
七星は冷静に分析する。その後で七星の剣が静かに、流れるように動いた。
捉えた。右手首。
「がっ⁉︎」
苦痛の声と共に、ナイフが落ちる。それを七星は手の届かないところまで蹴り飛ばし、再び竹刀の先を喉元に突きつけた。
「……ここで大人しく逃げたら、見逃してあげる」
もう一度言った。これが最後通告だ。
しかし、そこに迫る1人の影。
「うらぁっ!」
倒していた1人、抜き胴で倒した男がいつの間にか立ち上がっていた。
「やばっ」
七星は、1発もらうのを覚悟した。
ところが、その前に男の身体が傾いた。
少年による、真横からの捨て身のタックル。
「今です!」
「ナイス!」
ファインプレーに、思わず七星が声を上げる。充分な隙ができた。
反撃の男へ真一文字に、胴を切り裂くように。敵は倒れる。その竹刀を返して、再び動こうとしていたナイフの男に竹刀を向けた。
これでようやく観念したらしい最後の1人が、震えた声で訊く。
「お前……一体何者だ……?」
よくぞ聞いてくれました。七星は、不敵な笑みを浮かべて言った。
「あたしは神崎七星。未来のヒーローよ」