10
舞台は、市街地の大通り。
そのど真ん中、目の前に立つのは悪の巨人。全身が灰色の岩で組み立てられた、いわゆるゴーレムである。4車線の道路を跨ぐようにして、仁王立ちしている。
それと対峙するのは、まだヒーローアバターに変身していない神崎七星。
そして、怪人の大きな右手には。
「ぐっ……七星さん、僕には構わずこいつを早く……っ!」
何故か、傷だらけのまま捕らえられた空がいた。
「ぐはははは、力はないくせに威勢だけは上等だな坊や!」
「か、彼のことを離しなさい!」
「ぐはははは! 俺様がそんな素直に言うことを聞くとでも思ったか!」
巨人の大きな豪腕。空を握っていないほうの拳が、盛大に振り下ろされる。大通りのアスファルトが、まるで発泡スチロールのように容易く砕かれた。それを、しなやかな身のこなしで七星は間一髪回避する。さっきまで七星の立っていた場所には、クレーターのような大穴が空いていた。
「七星さん⁉︎」
「大丈夫……っ!」
今は無傷とはいえ、一撃であの威力。当然、七星が通常のアバターで勝てる相手ではない。選択肢は、1つしかないのである。
七星の手元が光る。まばゆい輝きの中から現れたのは、アイテムボックスから実体化されたステッキ。
「変身!」
七星はステッキを真正面に掲げた。持ち手の部分に埋め込まれた宝石が、一層強い輝きを放つ。その輝きは全身に広がって、七星を包み込んだ。そして、キラキラしたトランスフォームの後に現れた姿は。
ピンク成分多めのドレス。
至るところに飾りつけられたフリル。
胸元と手首にはハート型のアクセサリー。
頭には大きなリボン。
手に持った、無駄にカラフルなステッキ。
そう、その姿はまさしく、魔法少女。
「魔法少女ティンクル、参上っ!」
最後に目元にVサインでバチコーン! とウインクをキメる。
ちなみに、変身開始からここまでの動きは全て自動モードに設定されていた。よって七星の意思でキャンセルすることはできず、その目は心なしか涙目になっていた。
やっぱり恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
「ぐはははは! ぐはははは! お前、全然強そうじゃないな! そんなんで俺に勝てると思うのか? 思うのか? そんなわけ……ないだろう‼︎」
再び、比喩ではない岩の拳を叩きつける、強烈な一撃。それを、七星は余裕を持ってひらりと回避する。からの、すぐに転じる攻勢。
当然のことだけど、やっぱり変身すると身体が軽い。全体のパワーやスピードは桁違いに上がっている。そこは、ヒーローアバターの能力として認めないといけない。
ゴーレムは、振り下ろした拳をアスファルトにめり込ませている。一撃は大きいが、その後は隙だらけだ。
そのチャンスを、七星が見逃すはずがなかった。一気に距離を詰める。狙いを定めた。浮かび上がるロックオンのカーソル。空を捕らえる右手。その付け根。人間の手首に当たる部分へ。
そこにカーソルが合わさり、点滅した。
「いけっ!」
七星はエネルギー弾を放つ。それは狙い通り吸い込まれ、ダメージエフェクトが弾け飛んだ。
「ぐあっ⁉︎」
目に見えてゴーレムが怯む。空を拘束していた右手が緩んだ。すぐ下の地面に倒れる空。七星はすぐに空に近づいて救出する。
「空、大丈夫⁉︎」
「はい、僕は何とか……」
細かい傷が確認できるが、大きな怪我はなく意識もある。一先ず安心する七星。
「ところで、七星さん?」
「ん?」
「七星さんって……魔法少女、だったんですか?」
軽やかだった動きが止まる。
空にこの姿を見られたら、いつか指摘されることだとは思っていた。
止まった数秒の間。それが、致命的な隙になった。
「ぐはははは! もらった!」
気づいたら、岩の拳が唸りを上げて迫っていた。
「しまっ——」
手遅れだった。
真正面から会心の一撃を食らった七星。空の身体もろとも、紙切れのように飛ばされる。
もともと打たれ弱い七星のアバターは、あっという間にライフを全損させた。そして、浮かび上がるお決まりの8文字。
『GAME OVER』