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倒すべき相手は、目の前に。
「はじめっ!」
主審の声と同時に立ち上がる。剣道場に響く、2人分の威嚇のような叫び声。互いの竹刀の先端から、ばちばちと見えない火花を散らす。
七星の練習試合の相手は、我らが柏陽高校の主将。3年生がいたころからのレギュラーで、先輩が引退した今では団体戦の大将を務める不動のエース。
そんな強敵と、七星は真正面で対峙している。
身長170センチ越えの恵まれた体格。身長140センチの七星からしたら、見上げるような位置に面がある。その有効打突部位には、七星の竹刀は間違いなく届かない。物理的に。
だけど、チビにはチビなりの戦い方が、剣道にはある。
「面——‼︎」
セオリー通り、相手は面を狙ってくる。畳み掛けてくる積極的な攻め。それを全て捌き、躱して七星は好機を伺う。流れるように仕掛けてくる攻撃の中から、ほんの僅かな綻びを探し出す。
綻びは、焦りとか怒りとか、僅かな心の揺れ動きから生まれる。今の七星には、それがよく見えた。この瞬間、戦いの感覚が冴え渡っていた。
なぜなら、神崎七星はヒーローだから。
面が来る。
これまでよりもやや大振りな面。そこに生まれる、コンマ数秒の隙。
狙いすました。頭の中に一瞬だけよぎったイメージの通りに、太刀筋をなぞる。
抜き胴、一閃。
「————‼︎」
七星の気合とともに、3つの審判旗が上がる。全て、七星側の赤旗。
「胴あり!」
さあ、次だ。
「2本目、始め!」
1本目以上の、ピリピリとした空気が激しくぶつかり合う。しかし、七星にはその空気を楽しむ余裕すらあった。
これだ、この空気、この緊張感だ。
ここでこそ、ヒーローは輝くんだ。
それから、試合は一瞬で動いた。
牽制し合う竹刀の先。ギリギリの駆け引き。攻め込まれる。躱して逆に間合いを詰める。手元が浮き上がる。
ここだ。
面を狙われる。それよりも速く、針を刺すように。
七星はピンポイントで、敵の小手を射抜いた。3つの赤旗。
「小手あり!」
決まった。
「勝負あり!」
竹刀を脇に収め、一礼して試合場を後にする。
試合の様子を見ていた顧問からのアドバイスをもらい、防具を外す。そこに。
「おい、七星ぇ!」
いかつい表情のヤンキーが迫ってきた。
後ろで束ねた鮮やかな金髪に、170センチ越えの風貌。下手な男も逃げ出しそうな威圧感を放つ彼女こそ、我らが柏陽高校女子剣道部の主将。つまり、さっきまでの対戦相手。名を脇谷廻という。
「お前、いつの間にそんな強くなりやがった⁉︎」
「ふふーん、まあこれがあたしの実力ってやつじゃないかしら?」
「かーっ! その伸びきった天狗の鼻へし折りてえ! 竹刀で叩き折りてぇ!」
「何とでも言いなさいな! これで今月は3勝2敗であたしの勝ち越しね!」
「畜生! カフェイン飲んでリベンジしてやる! レッドブルキメてやる!」
うがー! と吠える廻。そんな彼女の悔しそうな様子が珍しかったのか、近くにいた他の部員も七星に訊いてくる。
「本当に、あの無敵の大将によく勝てるよね。何があったの?」
その問いに、七星はにやりと笑って答えた。
「そりゃああたしは、ヒーローですから」