7
七星は、ヒーローである兄に憧れていた。しかし、まだヒーローとして戦う兄を見たことはなかった。
レプリカで戦うヒーローは、テレビに映っていたような特撮ショーではない。だから当然、詳細は一般人には秘匿されている。それはこれまで一般人だった七星も例外ではなかった。
初めて見た。
ヒーローとして戦う兄を。
「今は、シャドーだ」
シャドー。
それが、神崎光星のヒーローネーム。
いつの間にか変身も解け、倒れたままだった七星に光星改めシャドーが手を差し伸べる。そっと、その手に掴まる七星。
プロテクターに覆われ、まるでロボットのような手。触感も、金属のように硬質で冷たい。
「驚いたか?」
「いろいろと、驚いた」
光星が訊いて、七星が答えた。今度はボイスチャットではなく、直接の声で。バーチャルの中では、どちらも大差ないのかもしれないけれど。
七星の身体を軽々と引き上げる。ふらつきながら、七星は何とか立ち上がった。それから、引き上げた勢いのまま光星は七星を抱きしめた。
「よかった……もう間に合わないかと思った」
「VRなんだから、そんな大げさな」
「それでも、あれを助けられなかったら……辛すぎる」
七星は、少しホッとした。
冷たい鉄の身体に、見慣れない風貌。それが兄だと言われても、どこか信じきれない自分がいた。でも今なら、目の前にいる存在が光星だと確信できる。
しかし、そのすぐ後で七星の心押し寄せてきたのは、また異なる感情だった。
それは、近ければ近いほど痛感した、光星との距離。
ピンチに駆けつけてくれた。一瞬で敵をやっつけた。まさに、ヒーローの体現だった。
一方の自分はどうだろう。何もできず、ボロボロになって足を引っ張っただけ。見た目はもちろん、中身だってヒーローの姿には程遠い。情けないったらありゃしない。
「派手にやられたが、動けるか?」
「一応は……」
さっきほどの痛みやしびれはない。しかし、至る所に傷跡が残っている。もちろん、折れたステッキもアイテムボックスの中で使用不可の表示が貼り付けられていた。
「ひとまず身を隠せる場所で回復しよう。それまでは残党に狙われないように、周囲を警戒しておくんだ。おそらく、まだ何体か近くに残っている。いいな?」
「わかった……」
満身創痍のまま、七星は兄を追って歩き出す。
その背中はやけに大きく、遥か遠くにあるような気がした。




