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数の暴力が、ティンクルに殴りかかってくる。
ついでに言うと、そこは広場のど真ん中。到底隠れられそうな場所はない。
だけど、逃げるという選択肢はティンクルの中にはなかった。逃げたら、ヒーローになった意味がない。
「こうなったら……」
最初の1体が、ティンクルに正面から飛び込んでくる。
その、一瞬の隙を突いた。
飛び込んで、大きく身体が空いたところに抜き胴を叩き込んだ。
ステッキで。
「ギュッ⁉︎」
先端に咲いていた花束が盛大に散って、キラキラなエフェクトと化した。相手は苦しそうな呻き声と共に吹っ飛ばされる。その身体は後続の集団の中に突っ込んで、ドミノ倒しになる。
後ずさり、間合いを空けて態勢を立て直す。ステッキの先端。その照準、列を乱した集団の真ん中に合わせる。さっきのように、ただ突きつけるのではない。臨戦態勢。
もうなり振り構ってはいられない。
右足を半歩前に出し、左足の踵を浮かせて。
ステッキを左手で握り、右手は添えるだけ。
その先端は敵集団の中心に突きつけたまま、背筋をピンと伸ばして正対する。
到底、魔法少女らしからぬステッキの構え。しかし、リアルの七星にとっては最も馴染みのある構え。
正眼の構え。
剣道において、最も基本となる構えの姿勢。それゆえ、どんな相手にも対応できる変幻自在な構えである。
一方、再び立ち上がった小人チーム。さっきとは少し様子が違うことに気づいた何人かは、「キィッ?」と疑問に感じたらしい。それでも、数の上では圧倒的に有利であることに変わりはない。
「キィッ! キキィィィィィィィ!」
「「「キィ————ッ‼︎」」」
再び彼らは突撃する。最初に飛びかかってきたのは、左右から2体。
ティンクルには、その2体はスローモーションに映った。隙だらけだ。
最小限の動き。手首のスナップだけで、左の敵を払う。バランスを崩して地面に落ちた。続けて、文字通り返す刀で右の敵へ。目が合った。
Σ('◉▲◉’)
確か相手は、こんな顔をしていたような気がする。しかしティンクルは容赦なく、その顔面をなぎ払った。急所に当たったらしく、その一撃で体力を全損。キラキラと輝くエフェクトとなって霧散した。
「あんたらに負けてたまるかっての……かかってきなさいよ!」
まさかの返り討ちに、一瞬だけ集団は怯んだ様子を見せた。しかし勢いは止まらず、続けてティンクルに突っ込んでいく。
3体目、4体目、5体目、と数えながら相手を躱し、いなして打ち落とす。だけど、途中から数える余裕もなくなった。
そのうち、弱るティンクルの隙を突き、背後から攻める者も現れた。
「邪魔っ!」
「ギェッ!」
それを気配だけで察知し、薙ぎ払う。しかし、やはり大きなダメージには繋がらない。
最初にKOした1体も、あれは運良く撃破できただけらしい。それ以降は決定的なダメージを与えられなかった。元々打撃武器ではないステッキである。それでいくら叩いたところで、最初のような会心の一撃が出なければ敵はすぐに起き上がって加勢する。打開策の見当たらないジリ貧な状況に、次第に追い詰められていく。それに比例して、得物のステッキも激しく消耗していた。
リアルに忠実なレプリカには、武器の寿命も存在する。だから正しい扱い方をしなければ、当然耐久力も大幅に落ちて、やがて壊れてしまう。ティンクルの手にしていたステッキは、まさにその典型だった。
そして、ついにギリギリの均衡は破られる。
ティンクルの感覚で、もう20体近くは打ち払ったかという時。右横から突っ込んできた敵にほんのわずか、反応が遅れた。
その結果、余計な力が入った。
強引に態勢を立て直して放った一撃。それで、強度に限界の来ていたステッキが悲鳴を上げた。
小人が飛ばされていくと同時に、ステッキの長さが半分になった。残りの半分は、ガラス片のようなポリゴンの残滓を残して霧散。
「くぅっ……!」
もうステッキは使いものにならず、撤退する隙もなかった。
1体目。横から体当たり。ダメージは微々たるものだがバランスを崩した。
2体目。左手にはたき落とすような攻撃。鈍い痛みと衝撃で、ステッキだったものが手元から滑り落ちた。
3体目。右腕に噛みつく攻撃。ダメージを受けた上に重心がかかり、とうとうティンクルは地面に倒れた。
それから、小人はここぞとばかりに群がり、絶え間なく攻撃してきた。顔文字のような愛嬌のある見た目とは裏腹な、いじめっ子軍団のようなえげつない袋叩き。
「くそっ、離れろ……っ!」
一発の攻撃力は低くても、束になって受けるのは流石に堪える。リアルと変わらない痛みが、全身にビリビリと響く。口の中で、血の味が広がっている気がする。
ここで初めて、ティンクルは体力ゲージを意識した。
ヒーローに変身すると、様々な数値が視界の隅に表示される。そのうちの体力ゲージが、まるで吸い取られているかのようにみるみると減っていく。半分を切って、ゲージの色が黄色く染まる。
ここで初めて、ティンクルは死を意識した。
もちろんレプリカの世界で「死んだ」としても、リアルで命を落とすことはない。レプリカから強制的にログアウトさせられるだけ。リアルでは無傷だ。
だけど、そうだとわかっていても。このあまりにも現実的な痛覚。段々と狭まる視野。朦朧とする思考。それらが生々しく死を訴えかけていた。
ああ、リアルで死ぬ時も同じような感覚なのかな。
そんなことを、働かなくなってきた頭で漠然と考え始めたその時。
音もなく、ティンクルの上にいた何体もの小人が横っ飛びで吹き飛ばされるのを見た。