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残り15メートル。
10メートル。
5メートル。
捕捉。
「キィッ⁉︎」
素早い動きで退路を塞ぐと、逃げていた小人は驚きの声を上げた。
小人の前に立ち塞がる七星。その姿は。
ピンク成分多めのドレス。
至るところに飾りつけられたフリル。
胸元と手首にはハート型のアクセサリー。
頭には大きなリボン。
手に持った、無駄にカラフルなステッキ。
見た目はごまかしようのないくらい、完全無欠の魔法少女『ティンクル』だった。
変身するにあたって、教わったあの『ウインクしながら目元でVサイン』のポーズも従順にこなした。ウインクの瞬間、涙がこぼれそうになった。こんなはずじゃないのに。変身の時、周りに人がいなかったことがせめてもの救いだった。
しかし、今は自分の境遇を嘆いている場合じゃない。本格的に逃げられる前に、しらみつぶしに敵を叩かなければ。
「キィ……」
後ずさりする小人。そいつに、七星改めティンクルはびしっとステッキを突きつける。
「あんたら、絶対に逃がさないからね」
「キィ〜〜〜〜ッ」
真正面から向かい合うティンクルと、威嚇する小人。舞台は整った。
だが、問題はここからだ。
深呼吸。
「わ、わ……」
「キィッ?」
一瞬つかえて、それでも強引に、かつ一気に捲し立てた。
「悪いコには、ミラクルステッキでお仕置きヨッ! ミラクルトゥインクルシューティングスター……!」
ああああああ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい————‼︎
頭に羞恥心をぎっちり詰めこまれたティンクル。今にもパンクしそうな状況で、到底魔法を操るイメージなんてまともに湧くはずがなかった。
構えたステッキから、かろうじて放たれた光の弾。それは大きな放物線を描いて、小人の遥か後方で着弾した。はずれるにも程がある。
「キィッ……キィ、キィ?」
一方、もう助からないと思っていたらしい小人。身構えていたものの、結局無傷だったらしい自分の身体確認して。
「キィ〜〜〜〜〜」
状況を理解したようである。「目の前にいる敵は、大したヤツじゃないかもしれない」と。それが表情にも見事に現れていた。
(´●▼●)
最近ではAIだけじゃなく、マルウェアまで表情が豊からしい。完全に舐めきった顔である。ティンクルは怒りと羞恥の最高潮で顔を真っ赤に染めた。
「何よその顔絶対許さない!」
続けて、ティンクルは2発目を繰り出す。今度は呪文は唱えない。逆に呪文を唱えるからダメなのだ。イメージの力が大事だと言うなら、そのイメージの力だけで何とかさせてやる。目の前の敵に、もう二度とそんなふざけた顔をさせないくらいの強烈なビッグバンを——
ぽんっ。
間抜けな音がした。
同時に、振りかざして突きつけたステッキの先から現れたのは、明らかにチープな作りの造花っぽい花束。それから、申し訳程度の紙吹雪。
「うがー! 誰が手品しなさいって言ったのよ!」
ティンクルはステッキを地面に叩きつけた。ふざけているのはどっちだ。
結果として、勢いづいたのは敵の小人のほうだった。
「キィ! キィ! キィィィィィィィッ! キィ!」
調子に乗った目の前の小人が、何らかの号令をかけた。耳にキーンと響く、遠くまでこだましそうな高音。すると、その呼び声に応じて同じ顔をした小人が何体も出現した。木陰。遊具の中。公衆トイレ。四方八方、至る所から顔を出した彼らは、あっという間に号令をかけた仲間の元に集結した。逃げたうちの半分以上は集まっている気がする。
本来、大して強い敵ではないはずだ。しかし、今は集団が1つの巨大な生き物になったような、気圧されそうなプレッシャーを感じる。最初の集合の方が数は多かったが、あの時の小人達は逃げただけだった。でも今は違う。敵は勝算があると考えた上で、戦う意思を示している。
ティンクルは一度叩きつけたステッキを慌てて拾い、小人軍団に向けて構え直す。
「これはもしかして、ピンチかも……?」
「キィッ……キキィィィィィィィィィッ!」
「「「キィ————ッ‼︎」」」
一斉に、小人が津波のように襲いかかってきた。