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すぐに、2人は現場へ急行した。
そこはラボからもほど近い、柏の葉公園の敷地内だった。
「たぶん、この辺りだな」
「でも全然気配感じないね」
七星の想像では、いかにも敵っぽい見た目のマルウェアが好き勝手に暴れているようなイメージがあった。しかし、そんな様子は一切ない。パッと見、平穏そのものである。
「まだ動かないで、どこかに隠れているかもしれない。七星、手分けして周辺を探そう」
「うん、わかった」
「何か少しでも気になったものがあったら、俺にすぐ連絡してくれ」
2人はそこから、別行動を取って捜索することにした。ここからは人力である。情報があっても、それがマルウェアの撹乱によるフェイクの可能性がある。だから、最後は結局自分の目で確認するしかない。『どんなにVR空間が発達しても、最後に信用できるのは自分自身』だと、研修でも教わった。
七星は、まず子供向け遊具のある広場へと向かった。
子供の頃、兄とヒーローごっこをするために何度も足を運んだ場所。それがまさか、自分がヒーローではなく魔法少女になって同じ場所に戻って来るとは想像もしていなかった。当時の自分にこんな未来を話したら、絶対信じないだろう。正直今の自分だって、まだ信じたくない。
広場の中は、もう黄昏時のせいか閑散としていた。怪しい人影はもちろん、普通の通行人すら見当たらない。あるのは昔から変わらない、木造の城の形をした大きな遊具と、その傍らにいる木馬だけ——
木馬。
「いやいやいや! おかしい!」
危うくスルーしかけたところを、慌てて戻る七星。
レプリカでは、リアルに存在している建物が忠実に再現されている。しかし、逆を言えばリアルに存在しないものは、レプリカでは絶対に存在しないということ。
七星の記憶が正しければ、こんな木馬はリアルに存在していなかった。つまり、それが意味することは。
「見つけた……!」
大至急で、七星はボイスチャットを光星に繋げる。光星は1回目のコールですぐに出た。
『見つかったか』
「見つかった! 今あたしがいるお城の遊具があるすぐ近く! 見たことない木馬がいる!」
『木馬か……間違いなくトロイだな』
光星の言葉で、七星も思い出した。新人研修中に学んだ、マルウェアの種類について。
トロイの木馬型。
ギリシア神話におけるトロイア戦争のストーリーから名づけられたマルウェアであるトロイの木馬型は、マルウェアの中でも古参と言われ、インターネットがまだ一般に普及していなかった1980年代から存在が確認されている種類である。直接プログラムに攻撃を加えるものは少ないが、個人情報の抜き取りやデータの書き換えなど、スパイ的な用途に長けている。
発見から40年以上が経った現在でも、トロイの木馬型は未だ現役。インターネットの海で増殖と拡散を続けては、世界中のプログラムに危害を加えている。そして、レプリカもその例外ではなかった。彼らは街の中で擬態して、虎視眈々とプログラム改変のチャンスを伺っている。今、七星の目の前にある木馬のように。
『すぐに行く。七星はターゲットを見張っててくれ』
「了解っ!」
光星からのボイスチャットが切れる。それからすぐに、敵は動きを見せた。
木馬の背中にあたる部分。そこから何かがぴょこん、と顔を出した。ちょうど顔文字で表すと『(●▼●)』みたいな顔をした、ヘルメットを被った小人。彼はきょろきょろと周囲を見渡して。
七星と目が合った。
小人はじっとこちらを見て動かず。七星もどうしていいかわからずに固まる。流れること数秒の沈黙。
「…………ど、どーもー……」
何故か、恐る恐るに挨拶してしまった七星。
すると、小人の『(●▼●)』だった顔は『(´●▲●)』に変わり、それから『(`●▲●´)』に切り変わった。
「あ、ダメっぽいなこれ」
やはり人類とマルウェアは分かり合えないらしい。
「キィィィィィィィィィィィィィィ‼︎」
七星とにらめっこしていた小人が、突然叫び出した。まるで、威嚇する小動物の鳴き声のような。
そこからの彼らの動きは早かった。
木馬に、いくつもの小窓が開く。そこから何人もの小人が、地上に飛び降りてきた。さらに、最初の1人が顔を出した背中の窓からも続々と。馬の腹からはロープが垂れ下がり、そこからもするすると同じ顔の小人達が滑り降りてくる。ざっと数えて、30人くらい。
こいつら全員と戦うのか、と思いきや。
「キィ! キィキィキィィィ!」
全員が地上に降り立つと、再び大勢いる小人のうちの誰かが鳴いた。さっきよりも言語に近い、抑揚のある鳴き声。その声に、残りの小人が一斉に反応した。そして、彼らが取った行動は。
「キキッ……キィィィィィィ‼︎」
「「「「キィィィィィィ‼︎」」」」
逃げた。
揃った鳴き声と同時に、四方八方に散開していく小人達。
「あっ、ちょっと待ちなさい!」
しかし、当然そう言って大人しく留まるはずもない。すばしっこい小人の姿がどんどん見えなくなっていく。
その様子を見た七星は。
「…………やるしかないかぁ」
嫌々、覚悟を決めた。




