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「……本当に、あれでよかったのか?」
万里は話を切り出した。光星と七星は研究所を出て、もうここにはいない。今は万里とセレクターの2人きり。セレクターが「人」なのかどうかは別として。
「何がじゃ?」
しかし、セレクターはしらを切る。本当はわかっているくせに。七星にどんなアバターを与えたのか、万里だって把握している。
「もっと、向こうの希望に寄り添ってやってもいいんじゃないか、ってさ」
「お主は優しいのー。ワシにはその人間の優しさはわからんぞ、AIじゃからな」
都合いいなー、と万里は頭の中でぼやく。口には出さないが。
魔法少女型のヒーローアバターを受け取った後、七星はキレていた。顔を真っ赤にしていた。もしかしたら、魔法少女らしさ全開の衣装が恥ずかしかったのだろうか。人間の感情や表情について、レプリカはやけにリアルだ。
「七星に、何故あのヒーローアバターを与えたのか。理由は3つある。まず1つはあの体格。あの小柄な身体では肉弾戦は厳しい。だからワシは、遠距離攻撃に向いた魔法少女型を選んだ」
「なるほど。じゃあ2つ目は?」
「そんなの、お主ならわかっておるじゃろ?」
「まあ、いつものことだからな」
セレクターはヒーローアバターを授ける際、いつも候補生の希望から外れたものを用意する。それは組織からの指示ではなく、あくまでセレクターの判断で。それも、七星に限らず全ての候補生に。
まるで、セレクターの気まぐれな嫌がらせにも思えるチョイス。しかし、そこには彼女なりの理屈と信念があることを、万里は知っている。
「希望と相反するアバターのほうが、人は強くなる……か」
「その通り。やっぱりわかっておるではないか。それなら何故、神崎七星の心配をする?」
「心配というか、気になってな。七星が、というよりお前さんのことが」
「ワシか? ワシが心配される覚えはないぞ?」
セレクターが訝しげに小さな眉をひそめる。我ながら表情豊かなAIだ、と万里は思う。
「方針がブレないのはいつも通りだったが、普段よりムキになってたような気がしたんだ。違うか?」
「さあ、どうじゃろうな?」
「わからないか?」
「生みの親がわからんことは、ワシにもわからんよ」
「セレクターと話してると、自分が生みの親だったってことをたまに忘れるよ」
「たまにじゃなくて、いつも忘れとらんか? ん?」
「違いない」
万里は苦笑い。そういうとこだよ、忘れる原因は。
「全く、頼むぞ? ヒーローアバターシステムとセレクターの開発責任者さんよ」
「へいへい」
開発責任者、と呼ばれた万里は適当に相槌を返した。正直、この肩書きはあまり好きではない。そもそも、肩書きという存在そのものが煩わしい。そして、セレクターはその辺りを知っていてわざと言っている。そういうとこだよ。
話題を変える。
「ところで、もう一つ質問だ」
「何じゃ、今度は?」
「理由の3つ目は?」
「それはじゃな……」
すると、セレクターのメガネがキラーンと光った。光の加減ではなく、彼女自身が演出で出したエフェクトで。
「絶対似合うと思ったからじゃ!」
「あー……」
エフェクトが入ってきたあたりで、そんなことだろうとは思っていた。
「だってそうじゃろう⁉︎ あのミニマムな幼女体型には魔法少女になってもらわなきゃ損じゃろう⁉︎ いや、損どころじゃない、罪じゃ! あやつを魔法少女にさせぬは罪じゃ! 違うか⁉︎」
「そういうとこだよ!」
万里は思わず、今まで飲み込んでいた言葉でツッコミを入れてしまった。
「お前……まさか魔法少女姿を必要以上にからかったりしてないだろうな?」
「からかってはおらんぞ? ……少しばかり興奮しただけじゃ」
本当に、AIと話している気がしない。もはや発言がただの変態オヤジになりかけている。
そこに、緩みかけた空気を引き締めるかのように。
けたたましく警報が鳴った。