11
七星とセレクターが、部屋に足を踏み入れる。
襖を閉めきると、センサーが反応したかのように明かりが灯る。しかし、その役割を果たしたのは電灯ではなく蝋燭。照らされて、闇に包まれていた室内の間取りが見えてきた。
部屋の四隅に置かれた燭台と、揺れる小さな炎。窓はなく、奥には床の間。飾られているのは、年季の入った掛け軸に重厚感あふれる甲冑。それから、鞘に収まってもなお鋭い雰囲気を醸し出す日本刀。
「もしかして、これがあたしの装備……⁉︎」
想像する。甲冑を身に纏い、日本刀で戦う自分。正統派なヒーロー像ではないかもしれないが、このスタイルなら剣道で培った技や経験も活きる。悪くない。むしろいい。
「あたし、これで戦えます! むしろ戦わせてください!」
「お主の装備はこいつじゃないぞ」
「へっ?」
違うの?
「これじゃ」
セレクターが指し示す。床の間に、いつの間にか頑丈そうな箱が置かれていた。うっすらと、金色の光を纏っている。ゲームならばレアアイテムや強力な武器が入っていそうな、宝箱に近い形状の箱。
「開けていいの?」
「構わん。鍵もないからすぐに開けられる。じゃが、最初に開けたらすぐにヒーローアバターが起動して、自動的に装備される仕組みになっとる。じっくり心の準備を整えるなら、今のうちじゃぞ?」
「開ける前に教えてくれないの? どういうタイプのアバターか、とか?」
「それは開けてからのお楽しみ、じゃな」
セレクターは腕を組み、にやにやしている。相変わらず、表情豊かなAIである。
七星は思う。彼女は自分にはヒーローなんて務まらない、と思っているんだろうか。それで、あんな人をバカにしたようにニヤニヤ笑っているんだろうか。
だとしたら、盛大に見返してやりたい。ヒーローアバターを徹底的に使いこなして、最強のヒーローになってやる。自分のヒーローに対する思いは、彼女が考えるほど生半可なもんじゃない。
期待と不安、それ以上に負けん気が風船のように膨らんでいく。
ついに、箱に手をかけた。
一気に開けた。
その瞬間、周囲が眩し過ぎるくらいの光に包まれた。
それから、時間の感覚が飛んだ。
光に塗りつぶされた七星の視界が、徐々に戻ってくる。相変わらず薄暗い、武家屋敷のような和室。正面には、もぬけの殻になった宝箱が転がっている。
七星は、宝箱を開ける前と同じ場所に立っていた。どれくらい立っていたのかはわからない。一瞬だった気もするし、何分も同じ場所に立っていたような気もする。
「気分はどうじゃ、『ティンクル』?」
「うーん…………うん?」
ティンクル?
「ティンクル。それがお主のヒーローネームじゃ。見た目にぴったりだと思うんじゃがの?」
え、そんな可愛らしい名前なの?
せっかくヒーローになったのに?
普通に、似合わないでしょ?
ぴったりだなんて、ご冗談を。
すると、目の前に透明のウインドウが現れた。その内側に、うっすらと銀色の膜が張られていく。
「今のお主の姿じゃ、見てみるがよい」
ウインドウが、澱みない艶やかな銀色の鏡になる。そこに映っていたのは。
ピンク成分多めのドレス。
至るところに飾りつけられたフリル。
胸元と手首にはハート型のアクセサリー。
頭には大きなリボン。
手に持った、無駄にカラフルなステッキ。
そう、その姿はまさしく——
「魔法少女じゃないの————‼︎⁉︎」
かくして、ヒーローに憧れていた少女の、魔法少女生活が始まった。