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それから、3人はちゃぶ台を囲んで座る形になった。ご丁寧にお茶や和菓子まで用意されている。
「まずは親睦を深めるのが一番じゃろ? そんなわけで、訊きたいことがあれば何でも訊いてよいぞ!」
「えっと……聞きたいことがありすぎて何から質問していいか……」
「ははは、やっぱそうだよなあ! 光星だって最初に会った時目が点になってたもんな!」
「そりゃそうですよ。最初のインパクト抜群ですもん、彼女」
「よせよせ、そんなに褒められたら照れるではないか」
褒められてるのか? と疑問に思いつつ、七星は最初の質問をぶつける。
「最初の質問ですけど……何でこんなところに和室と日本庭園があるんです?」
「それはな、ワシの好みじゃ!」
セレクターはドヤ顔で言った。
「いいじゃろ、和室からのこの眺め! ぼーっとしているだけで心が和む! まさに究極の癒しじゃよ!」
「あの……セレクターさんって本当にAI……?」
「なんじゃ、疑っておるのか?」
「だって、AIが何でわざわざそんなおばちゃん臭い喋り方なんですか?」
七星の言葉に、セレクターはわかりやすくムッとした。そんな表情豊かなところも、無駄に人間臭くて逆に怪しく思えてくる。
「おばちゃんとは失礼な! こういう喋り方の貫禄があっていいじゃろが!」
「いや、そうするとむしろ子供が背伸びしてるような……」
すると、七星の足下がカパッと開いた。
「へ?」
まともなリアクションを取らせる余裕もなく、「いやああぁぁぁぁ……」という叫び声とともに足下の暗闇に吸い込まれた。すぐに穴は閉じて、畳敷きの床に元通り。
「あーあ」
「こりゃひでえな」
万里と光星の適当なリアクションから、間もなく真上の天井が開いて。
「ぐえっ」
縄に縛られ吊された状態で、さっき下に落とされたはずの七星が上から降ってきて宙ぶらりんになった。
「何? 何が起きたのこれ⁉︎」
「ま、ヒーローアバター運営管理AIのワシの手にかかれば、そこらへんのVR空間をいじくることくらい造作もないということじゃ。そうやって室内に庭と和室も拵えたわけじゃからの。どうじゃ? わかったかのぉー小娘?」
「こ、こむっ……⁉︎」
「そこらへんにしとけ、七星。セレクターは本物のAIだ。お前が対抗できる相手じゃないさ」
「ぐぅ……」
光星に忠告され、反論の言葉を飲み込む七星。
「ははは、しかしあれだな、この怖いもの知らずな感じはマジでお前の妹って感じだな!」
「マサトさんどういう意味ですか、それ」
「そのまんまの意味だよ。今じゃそれなりに丸くなった気もするがな。セレクター、そろそろ降ろしてやったらどうだ?」
「そうじゃな。このままじゃ大事な話もできんからの」
「ぶへっ」
縄が唐突に消失して、七星はものすごく雑に降ろされた。降ろされた、というより落とされた、に近い。パンツスーツでよかったと思う。
うつ伏せで情けなく倒れる七星に、「むふふーん」と見下したような視線を浴びせてくるセレクター。
とりあえず、彼女と七星の親睦は深まりそうになかった。むしろ、変なライバル意識が芽生えている予感すらある。
これ以上無駄話をさせていても、ろくなことにならない。そう判断したらしい万里が、本題を切り出した。
「よし、そろそろヒーローアバターについての話をしようか! セレクター、準備はできてるんだろう?」
「もちろんじゃ! そこは抜かりなく用意しておるぞ!」
「おお、ヒーローアバター!」
さっきまで倒れたままだった七星だったが、ヒーローアバターと聞いたとたんに生き返った。「ヒーロー」という単語が、七星に無限の活力を与える。
「期待しておれ。お前にピッタリのを用意しておいたぞ」
そんな七星を見て、セレクターは含みのある笑顔で言った。いかにも何か企んでいそうな顔つきのセレクターだったが、そこはもうヒーローアバターのことで頭がいっぱいな七星。細かい表情の機微まで気づくことはなかった。
「七星のアバターは、もうここにあるんですか?」
「ここにはない。じゃが、隣の部屋に用意してある」
セレクターがおもむろに立ち上がると同時、奥の間に続く襖が自動的に開いた。白衣が、マントのように翻る。
「ついてこい、神崎七星。あの部屋の中に、答えがある」
セレクターが指し示す奥の間。さっきの落とし穴に似た物々しい暗闇が、七星を待ち構えていた。