優しいウソと優しいホント
逆さ虹の森を一匹のリスが軽快に駆けていました。
アライグマが後を追いかけていますが、まったく追いつく様子はありません。
「このっ! こいつめ! いつもいつも!」
眠っている鼻先に水滴を垂らされたアライグマはかんかんです。
「そんな怒んないでよ~、わざとじゃないよ~」
あははっ、とリスが笑ったその時です。あたりの根っこがしゅるしゅるとうごめいて、いたずら好きのリスを捕まえてしまいました。
「えっ、ウソ!? なんで!?」
そこは根っこ広場。飛び出したたくさんの木の根っこは、ウソをついた悪い子を捕まえてしまいます。普段は近づかないようにしているリスですが、逃げるのに夢中でうっかり飛び込んでしまったようです。
「助けて! 助けて!」
リスはアライグマに助けを求めます。らんぼう者のアライグマのちからなら、こんなほそい木の根っこなって簡単にへし折ってしまうでしょう。
ですが。
「ふん! いい気味だ!」
普段さんざんからかわれているアライグマは、そう言って笑うと、リスを置いて行ってしまいました。
さして太くない根っこですが、非力なリスのちからではどうにもなりません。しばらくもがいていたリスですが、すぐに諦めて助けを待つことにしました。
がさがさっ、と草を揺らす音がします。
「助けて! 助けて!」
通りがかった臆病なクマは、リスの声にびっくりして逃げてしまいました。
「えー……」
森の仲間の中で一番おおきな体をしたクマが、いちもくさんに逃げていくのを、リスはげんなりと見送りました。
次に通りかかったのは、食いしん坊のヘビです。
「助けて! 助けて!」
リスが助けを求めます。
「んー? 助けたら何かおいしいもの、くれる?」
「あげるあげる! ヘビくんの好物がある場所、知ってるよ!」
喜び勇んでリスが言うと、しゅるしゅると、リスにからみつく根っこがまた増えました。
「なんだ、ウソか」
ぷい、と顔を背けて、ヘビも行ってしまいました。
「あーあ、失敗した。次はもっとうまくやらなきゃ」
ぼやいたリスの声に、なんと答えが返ってきました。
「なにをうまくやるの?」
いつからそこに居たのでしょう、コマドリが木の枝にとまってリスを見下ろしています。
「えっ、あー……あの! 助けて!」
上手ないいわけが思いつかず、とりあえず助けを求めたリスですが、これにコマドリは首を振ります。
「それはムリよ。わたしのくちばしに、その根っこは太すぎるわ。気分てんかんに歌を聞かせてあげましょうか?」
声を整えるように、歌上手のコマドリは短くさえずります。
「いらないよ! ボクは動けなくて困ってるんだ! 歌なんてなんの役にも立たないじゃないか!」
リスがそうどなると、コマドリは怒って飛んで行ってしまいました。
それから先は、何時間も、何時間も、誰も通りかかりませんでした。
「こんなことなら、歌を聞かせてもらってればよかった」
そう後悔し始めたころに、ようやくリスが待っていた相手が姿をみせました。クマのようにさわがしく草を揺らすこともなく、静かにするするっ、と森を抜けて来たのは、キツネです。
「助けて! 助けて!」
リスは大声で叫びます。しめしめ、お人好しのアイツなら、きっとボクを助けてくれるぞ、と思いながら、そんなことはちっとも顔には出しません。さすがにこれ以上失敗はできませんから。
大きな声にびっくりしたキツネですが、根っこに捕まったリスに気付くと、ふたつ返事でうなづきます。
「わかった! すぐ助けるよ!」
キツネが根っこに跳びかかります。
けれど、どうしたことでしょう。リスを捕まえた根っこは、ひょいと動いてキツネをよけてしまいます。
「あ、あれ? なんで?」
なんどもなんどもキツネはとびつきますが、
なんどもなんども根っこはよけてしまいます。
「もう! なにやってるのさ、どんくさいな!」
ついつい、リスはそんな文句を言ってしまいました。
キツネは必死に助けようとしてくれているのに。
「……じゃあ、もういいよ! ずっとひとりで捕まってればいいんだ!」
さすがにお人好しのキツネも怒ったのか、今まで聞いたこともないような声で叫びました。
「あ。」
リスは今ごろになって怖くなりました。キツネにまで見放されたら、本当の本当にひとりぼっちになってしまいます。
……すると。
するすると、うごめいた根っこがなぜかキツネを捕まえます。
「えっ……なんで……?」
リスにはわけがわかりません。どうしてキツネが捕まったのか。
「ひどいこと言ってごめんね」キツネが言います「でも、こうすればボクもいっしょには居られるから」
言われて、ようやくリスも気付きます。リスを助けられなかったキツネはウソをついたのです。
ずっとひとりで居ればいいという、ウソを。
「バカじゃないの!?」
リスはどなります。
「うん、ごめん」
キツネがなぜか謝ります。
「なんで謝るのさ! ボクなんてほっとけば良かったんだ!」
しゅるしゅると、リスに巻き付く根っこが増えます。
「うん。ごめん」
またキツネは謝りました。
「いたずら者で、嫌われ者のボクといっしょに捕まるなんて、バカのやることだよ!」
しゅるしゅる、しゅるしゅる、どんどん、どんどん、根っこがリスにからみつきます。
「うん。ごめんね」またまたキツネは謝って、
「でも、ボクはキミのこと、嫌いじゃないよ」
そう、続けた言葉が、根っこにおおい隠される直前の、リスの耳に届きました。
「バカだ」
もう声も届かないのか、キツネの返事はありません。もし聞こえていたら、あのバカはまた「ごめん」と謝ったことでしょう。
「バカキツネ! 大バカキツネ! なにやってるのさ、本当に!」
リスは「ボクなんてほっとけばよかった」というウソをつきました。本当は「ひどいことを言ったボクを助けようとしてくれてありがとう」です。
いっしょに捕まるなんてバカだ、と言ったのもウソです。本当は、そこまでしてくれてすごくうれしかったのに。
「根っこさん、根っこさん」リスが必死に語りかけます「ウソつきをこらしめる根っこさん、どうかお願いです。お人好しすぎていつもバカを見ている、あの優しいキツネだけは放してあげてください。どうか、どうか、お願いです。キツネは何も悪く無いんです。悪いのはボクだけなんです。どうか、どうか、どうか……」
リスは心からそう願いました。
心から、本当のことを言ったのです。
『ウソはほどほどにね』
という声が聞こえた気がしました。そしてリスを捕まえていた根っこが、一本、また一本とほどけていきます。
あたりのようすが見えるようになるころには、キツネはとっくに開放されて、リスを助けようとぴょんぴょん跳ねまわっていました。
そんな必死にならなくても、許してもらえたのに。そんなのんきなことを考えていたリスを叱るように、根っこがほどけるのが最後の二本を残して止まりました。
どうやらちゃんと言わないと許してもらえないらしいぞ、と、リスは根っこを恨みがましくにらみます。
「ありがとう、キツネくん」
しゅるり、と根っこがほどけて、のこりは一本です。
「……ボクも、嫌いじゃない……」
最後の一本も、ほどけました。
こうしてお人好しのキツネは、いたずら好きのリスの一番の友達になったのでした。
めでたしめでたし。
バナーに気付いて見に行って、企画内イベントを読んでおはなしを思いついたのですが、参加表明期間が既に終わってました(笑)
せっかく思いついたんで書くだけ書いて、タグだけつけて投下します。