1話 ロボに生きる
始まりは突然だった。真っ白い、上も下も横も前も何もない世界にいきなり連れてこられた。もはや、驚き過ぎて逆に冷静。だから逆に怖い。
『君を異世界に送ってあげるよ』
そんな実に胡散臭い上に、ありがた迷惑な話を持ちかけてきた男が僕に話しかけてきた。部活帰りで疲れてたのに、だ。
『行ってみたいって言ってたじゃん』
僕こと大高真紀の願いは1つ。超文明のインフラで何不自由なく異世界でハーレムしたい。そんな僕からは眉唾物の話をしてくる目の前の奴。ただ、それは二次元世界だからいいのであって、物語の主人公でも無い僕にはなし得ない偉業。異世界に行ければ良いって訳じゃないの。分かる?
「貴方は?異世界ってなんの事?これは夢?ここは何処?異世界って安全?チートくれるの?そもそも異世界ってどこ?もしかして僕死んだの?転生するの?」
少し、時間が経って少しずつ不安になってきた。これどゆこと?
『そうだね、ボクは神で異世界はテンプレ。現実だしここは精神世界、君を一時的に引き抜いているのさ。異世界は結構危険だし、それに見合ったチートをあげるよ。異世界は中世ヨーロッパ風の地球とは全く関係無い別の世界で君は生きている。転生はせずにこのまま異世界に召喚する。これでいい?』
凄いな、もはや自分でも覚えていない質問内容をスラスラと答えやがった。神って記憶力いいんだね。
『他にもボクの存在の確証や、異世界に送るボクの利益とか色々と聞きたいことはあるだろうけどまぁ何となく納得してるようだし、いいよね?まぁ、決定事項だから答えは聞かないけど』
そう言うと、神は僕の意見も聞かずに僕の意識を飛ばした。
『気になるチートは君のよく知るゲームだよ』
神は最後にそう呟いた。
「神、やれば出来るじゃんか」
僕は目覚めると『何か』の操縦席っぽい場所の座席に座っており、手首に何かが巻かれていた。僕も一瞬何か分からなくて混乱したが、神の『ゲーム』という単語を思い出し、この操縦席は僕に与えられた何かしらのチートなのだと憶測する。そしてよく知るゲームにある、よく似た操縦席を思い出す。
『autogear metalcore』【オートギア メタルコア】通称amは、ギアーズと呼ばれる人型兵器に乗り込み操縦する、臨場感溢れるハイスピードロボットアクションVRだ。僕はこのamの発売前、異様に楽しみでならなかった。
ただ、問題があった。それは溢れる臨場感が仇となった事だ。只でさえ酔いやすいVRで、ハイスピードアクションとなれば酔うのは必須。更に、操縦席視点固定なのでもっと酔う。だからam発売までの人気は凄かったのだが、発売から1週間でオンラインが超過疎った。つまりクソゲー。
まぁ、やってみれば意外と面白く、酔わない程度に1日30分くらいで僕は細々とやっていた。オンラインも過疎り気味なだけで、ゼロじゃないからな。
「まぁ、amはロボゲーだから十中八九ギアーズが使える能力とかだろうな」
僕の願いはただ一つ。超文明で異世界ハーレム。そのうちの超文明はクリアだ。多分他に美味しい物とか、生活インフラとかはゲーム内設定であったはずだから多分大丈夫……のはずだ。腕に巻かれている物はいわゆるメニュー画面を操作するアイテムで、物の収納や他のプレイヤーとの通話等、メニューを開く以外にも色々出来る『デバイス』だ。とりあえずゲームと同じ感覚でメニューを開いてみる。なんとびっくり開けるじゃないか。ただの空間に半透明のメニューウインドウが表示される。
「あった、ショップ」
メニューの『ショップ』から並んでいるゲーム内アイテムのうち、当面必要になりそうな食料を見てみる。am内での食料の立ち位置は回復アイテムがメインだった。中にはバフ効果のある料理などもあったが、大体が回復。しかも料理毎に効果や回復量が違う為か、無駄に量が豊富だった。とりあえず、本当に食べられる物なのか確認したい所だが、如何せん金が無い。今の僕は部活帰りで制服姿のままだ。一応日本円はもっているが、メニュー画面のプレイヤーステータスを見ると所持金が0になっている。多分、ゲーム内通貨じゃ無いと購入出来ないのだろう。
「でもまぁ、超文明に変わりはないな。流石神」
ただ、一抹の不安もない訳では無い。むしろ意外と心配な事が多々ある。まず、ゲーム内通貨『C』の入手法だ。amはオープンワールドゲーで、だだっ広いフィールドで国家相手にロボバトルをしたり(PVP)、武装組織や指名手配犯や野良モンスターを鎮圧したり(PVN)、資源を採集しながらギアーズの技術ツリーをレベルアップさせていき、強いギアーズを手に入れていくという流れで進めていくのだ。その中で技術ツリーをレベルアップしていく上で必要になる必要ランクとゲーム内通貨のうち、ランクは戦闘を繰り返す中で、上がっていくが、ゲーム内通貨『C』は任意で受けられるクエストを受注したり、倒した相手から奪い取るの二択が基本だ。つまり、異世界ではクエストなんて発生しないだろうしゲーム内通貨を持ってる奴もいなさそうではある。だから食料を手に入れられない可能性がある。
「最悪食べ物は狩りとかしてなんとかなるか」
幸いにも、手元には人型兵器のギアーズがある。狩りくらい容易いだろう。
問題はこのギアーズだ。今僕が乗っているこのギアーズの操縦席、見覚えがある。この操縦席は技術ツリーの最初も最初、ランク1から20まであるうちの1。いわばチュートリアル後の最初の相棒みたいな、初期機体『ベリアル』なのだ。別に『ベリアル』が弱い訳では無い。連射は出来ないが威力のあるライフルキャノンを装備して、高感度センサーカメラも付いているし、脚部に車輪があって高速機動も取れる。ただ、最初の機体なのだ。僕は異世界召喚前に、ランク11のギアーズ『インペリアルフォース』を使っていたから『ベリアル』は使っていないはずなのだ。それに現在の所有ギアーズは『ベリアル』一機。本来25機あったのにだ。所持金は100万Cはあった筈。だが今は0。つまり、
「データが初期化されている状態で、スタートしている?」
Amのチュートリアル終了直後、それが今だ。100万あったゲーム内通貨も、25機あったギアーズも全て初期化されている。
「とりあえず、拠点を設置しないと」
現在、僕はギアーズに乗って草原に立っている。少し先に森はあるけど、町や村は見えない。そしてチュートリアル通りに進めるならば、拠点を置くのが正しい流れ。拠点には発電施設があり、ギアーズに電気を供給出来る。つまり、動力に困らなくなる。
「最初はテントしか無理か」
拠点といっても初めはテントしか設置出来ない。後はゲーム内通貨を払って順次アップグレードしていく方式だ。
僕はメニューウインドウを開き、ショップから施設建設へ飛び拠点Lv.1を設置する。
すると、人が5~6人程は入れそうなそこそこの大きさのテントが出現する。
「とりあえず拠点は完了、2日以内に装備充実...できるかな?」
チュートリアル中に設置する、この拠点Lv.1のテントは設置から2日間バリアが張られる。そのバリアは、ゲーム内の如何なる攻撃をも無効化するらしい。その為に、2日以内に拠点の強化や装備の充実が望ましいのだが...。
「ゲーム内通貨のCをどうやって入手するべきか」
前述した通り、ゲーム内通貨を入手するアテがない。amでは何をするにも基本ゲーム内通貨が必要だった。
「とりあえず周辺の地形情報の収集を...って、ちょっとまずいかな」
僕はコックピットの操縦桿を握って分かった。操縦方法は意外と分かるが、慣れるまでに時間がかかる。
スイッチやレバーの役目は分かるが、その操作をした後にどうすればいいのかが分からない。例えば、ペダルを漕げば進むと分かるのに、どうすればバランスを取れるのか分からない初めて乗る自転車のような感じだ。様々な方法を試して、慣れる必要が有る。自転車の場合はバランスを取る方法が分かればいいが、ギアーズはそうは行かない。脚部の動かし方一つとっても難易度超絶級。キックやジャンプ等はコックピット内の足下にあるペダルを踏み込む角度や強さによってそれこそ無限に変化を付けられる。しかし、キックやジャンプ後も同様に適したペダル操作をしないとギアーズが倒れてしまう。でも流石に歩行やダッシュは、自動車でいうアクセルペダル1本で行える。自動車同様踏み込んだ分だけ速度が増す。ただ立ち止まる時はアクセルペダル以外のペダル、ジャンプやキックに使うペダルで踏ん張らないと転げてしまうが。つまり、下半身だけでもこんなに手間がかかるのだ。これを上半身、しかも武器を使ったり、回避をしたりしながら行っていくと考えるとかなり慣れるまでに時間を要しそうだった。
「慣れるまでは練習するしかないか」
そもそもamはビデオゲームで、コントローラーで簡単に操作出来た。だから今、急にリアルに操作させられて正直困惑している。ゲーム同様コントローラー操作も出来ない事は無いようなので、とりあえずはコントローラーで操作していく。しかし、物を掴んで別の場所に置いたり、蹴りの使い分け等の、ゲームでプログラムされていない細かい操作は出来なくなる。だが武器を撃ったり、振るったり、移動したり、ジャンプしたり素早く敵にAIM(狙いをつけること)するなどの戦闘の基本動作は明らかにこちらの方が早いだろう。少なくとも慣れるまではコントローラーで操作するしかないだろう。
「とりあえず近くの脅威の有無を確認しておかないとな」
拠点には2日間の無敵バリアがあるとはいえここは異世界でありゲームでは無い。つまり本当に無敵かは分からない。現に張られている筈のバリアが目視できない。まぁ、ゲームでも目視は出来なかったが。それにそもそも2日間をバリアで凌げても、2日過ぎるとただのテントだ。近くに熊でも居たらひとたまりもない。でも、熊くらいならこの『ベリアル』でひとひねりだろうが。どちらにしろ危なそうな動物が居れば拠点の移動も考える。拠点の移動には別に金が発生する訳でもないしな。それに、今日の飯になりそうな動物も捕獲しておきたいしね。
という訳で現在森の中。といっても、拠点から20~30歩進んだ先でしか無いが。ゲーム同様通った所はマッピングされるようでひとまず安心。これで拠点まで迷わない。
おっと、何か発見。とりあえずズームして対象を観察する。距離的には100mも離れて無いけど、ここは森だから入り組んでいて向こうはこちらが見えていないようだ。
「ありゃゴブリンか?」
緑の肌に、醜悪な面。汚いボロ布を腰に巻き、棍棒を引きづる。まさしく異世界ファンタジーの代名詞ゴブリンであった。
「あ!逃げられた」
よく見るために近付こうと歩を進めると、こちらに気付いたゴブリンが一目散に逃げていった。確かに落ち着いて考えると、こんなデカいロボットが近付いて来たら怖いか。僕も逃げる。
それにしても困ったな。こんなデカい図体で近付いたら逃げられちゃうじゃん。狩りなんて出来ないかも。
とか、思ってたらコックピットに表示されている『機体損傷箇所』の一覧で右脚の爪先がジリジリと削られていた。本来全てのパーツが100%となっている筈が、99.98%に減っていた。
「え、何だよ?」
足下を見てみると、なんと異世界ファンタジーのお約束、RPGの最初の経験値代表スライムがいた。流線型のボディに青い体色、見紛う事無くスライムだった。で、そのスライムが足にずっとくっ付いていた。脚部にダメージが発生している筈なのだが、スライムは見た所攻撃のモーションはしていない。
それに、ゲーム通りならばギアーズは銃や手榴弾、ましてや戦車砲なんかも耐えちゃう重装甲。そのうえミサイルなんかも種類にも寄るが、何発かは耐えられる。そう考えるとスライム如きにどうか出来るとは考え──。
「まずい!溶かしてやがる!」
ふと、そんな気がしてすかさずコントローラーでキックを入力する。『ベリアル』に足を振り上げられ、その反動でスライムは近くの木に叩き付けられる。スライムはベチャッと水気の多い物を叩き付けた時のような音を出し、グチャグチャになって潰れた。
「やっぱりちょっと溶けてやがる」
『ベリアル』の右脚を確認すると、少しだけ表面が溶けて爛れていた。右脚の損傷率を確認すると99.96%まで減っていた。ちなみに15%を下回ると、そのパーツは動作しなくなる。
「危ねぇな、銃弾ではそもそもダメージすら入らないギアーズの装甲にダメージを通すなんて」
この世界のスライムは触れた物を溶かすのか。歩いている時に足元にふと付かれたら気付くまで溶かされ続ける。しかも小さいから分かりづらい。かなり危険だな。
「でも今思えば、『ベリアル』壊したら終わりだよな。笑えねぇ」
ゲームではギアーズの建造だけでなく、修理にもCを使う。大した量は使わないが、補給出来ない今となっては大事だ。
「何か代案は...マジか!」
代案は無いかとメニュー画面を弄っていると、ステータス画面にとあるモノを見つけてしまった。
「2C入ってやがる!」
所持金の欄に2C入っていたのだ。確証は無いが、おそらくさっきのスライムを倒したからだろう。スライムを倒して手に入るのか、何かしらの魔物的な生物を倒せば手に入るのか分からないが希望は持てる。
「乱獲だな」
2Cではおにぎり一つと500mlのペットボトル飲料で無くなる程の少額でしか無いが塵も積もれば山となる。とりあえず沢山倒していっぱい稼ごう。