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第2章 出会い その1 出発

第二章 出会い


 アッシュールは村を出て、川沿いの小道沿いに、歩を進めていく。右手には槍を持ち、左手はタルボの手綱を握り、用心深く進んでいく。トカゲや大蛇がいるかも知れず、緊張の色は隠せない。


 竜の盆地を南北に川が貫いている。アッシュールは川を南に下っていった。川は三ジュメほどでそれほど大きくないものの、川岸に小道が通っている。川は渓谷を南下し、街道に出る。アッシュールは一度街道に出て、街を目指そうと考えた。アッシュールは村から出たことがないが、村長は街と交易をしていたと聞いている。

 

 村で取れた麦や鉄細工、鍋やフライパン、鍬、毛皮などを街に卸す。代わりに金を貰い受けたり、縄や麻、絹などを仕入れてくる。街は豊かで人が多く、王が治めていると聞いた。街も竜神を信仰しており、同じ言葉を話すという。


 アッシュールは川を南下していく。川は渓谷を流れるが、左右の山々は比較的低い。

 タルボが不意に歩みを止めた。アッシュールはタルボから降り、木に手綱を結ぶ。


 「何かいるんだね、タルボ。様子を見てくるよ」

 アッシュールはタルボから槍を外し、穂先の布袋を外す。アッシュールは槍を構え、左右を見まわす。息を殺し、周囲の音を聞く。前方で、何かが這う音がする。


 アッシュールは静かに深呼吸すると、音を立てないよう前方に歩いて行く。石に隠れながら、川の様子をうかがう。


 川岸に生物がいる。大きいが、小さい。二ジュメ程度か。アッシュールには生物の正体がすぐに判明した。トカゲだ。やっかいなトカゲがいる。トカゲとしては小さい。アッシュールは気が付かれないように近づいていく。見つかった場合、火を噴かれる。火を噴かれた人間は全て一瞬で炭化してしまった。吹かれたら最後、助からない。


 幸いにも川岸は身の丈ほどの石や、木々が生い茂っており、身を隠す場所に事欠かない。しかし、風がアッシュールの方からトカゲへ吹いていた。


 トカゲは匂いでもしたのか、アッシュールの方を向き、周囲を伺っている。アッシュールはそれでも気が付かれないよう、三ジュメまで接近した。

 アッシュールは石を拾うと、トカゲの向こう側に投げた。投げた石が大きな石にぶつかり、乾いた音を立てる。


 トカゲが石の方に振り向いた。

 「あああああ!」

 アッシュールは雄叫びを上げ、槍を正確にトカゲの頭部に突き刺した。アッシュールは剣を抜き、頭部切断を狙って降り下げる。剣は首の真ん中まで到達し、トカゲは血を吹き上げた。


 アッシュールは剣の血糊を川で洗い、鞘に戻す。槍も引き抜き、血を洗いながらタルボに戻る。カルボの荷物からナイフと火打ち石、オリーブ油を取り出した。


 アッシュールは薪を集め、トカゲの死骸に乗せていく。枯れ葉を集め、菜種油を少量振りかける。火打ち石を叩き、火花を散らすと枯れ葉は勢いよく燃え始めた。

 

 枯れ葉に小枝を乗せ、火を大きくしていく。小枝に火がついたら、太めの薪を乗せ、火を大きくする。アッシュールは周辺の枯れ木を集め、トカゲ にどんどん乗せていく。火は大きくなり、トカゲを覆い尽くした。


 「臭い!」

 アッシュールは燃えさかるトカゲから出る異臭に思わず後ずさる。燃やしてしまわないと、数日後に腹から大蛇が出てくるため、遠巻きに薪を投げ入れる。


 アッシュールは薪を山のように積んだのを確認して、トカゲを後にした。タルボとカルボに近づくと、タルボは二、三度匂いを嗅ぎ、後ずさった。


 「臭うかい。でも我慢してくれ。怪物を焼くとあんなに臭いとは思わなかったよ。タルボ、かんべんな」

 嫌そうな顔をするタルボの頭を撫でると、荷物を背負ったカルボはアッシュールから遠ざかろうとする。


 アッシュールはタルボに乗ると、再び歩を進める。右手に槍を構え、注意深く進む。陽はようやく輝きを増し、ひんやりした空気を暖めてくれた。


 違和感。アッシュールは違和感を感じ、周囲を見まわす。聞こえて来るのは川のせせらぎと風で草が動く音だけで、大型の生物や怪物が動いている感じはしない。先ほどはタルボが異常を感じとった。生物が持つ危険回避能力だろうか。


 「お前は何にも感じないかい、タルボ」

 アッシュールはタルボに声を掛けてみるが、タルボは嫌な顔をするだけであった。


 アッシュールはゆっくりと歩を進めた。左手の林の中。黒い影が見えた。アッシュールはタルボから降りると、木に手綱を結ぶ。息を殺し、慎重に歩を進める。五ジュメの地点で立ち止まるが、影は動こうとしない。アッシュールは石を影の向こう側に投げ入れる。石と石がぶつかる音が渓谷に響き渡る。


 アッシュールは動こうとしない影を生物では無いと判断し、近づいていった。


 「何と言うことだ。酷い」

 アッシュールは思わず声を漏らした。


 四名の死体が転がっていた。男と女、子供が二人の死体が転がっている。死体には、頭が無かった。全て首を切り落とされている。死体は蛆がわき始め、異臭を放ち始めていた。アッシュールは林の奥に黒い球体があるのに気が付いた。


 「パブヌさん」

 竜の村の元住人、生き残った酒屋のパブヌだった。


 「生き残ったのに、どうして」

 周囲を見まわすと、二振の剣が落ちていた。アッシュールには一降りは鍛冶屋のエンメンが打った剣だ。剣に竜の印が打ってある。エンメンが打った剣や刃物は竜の印が必ずある。もう一降りは竜の印が無く、村以外で打たれた剣だった。


 「誰かがパブヌさんを殺したのか」

 アッシュールはやりきれない気持になった。パブヌの頭を胴体に戻してやる。カルボとタルボに戻ると、スコップを取り出し、四人に土を掛けた。


 「死にすぎだ。どうして、どうして」

 四つの土盛りに声を掛けるが、死人は教えてくれなかった。

 墓標の代わりに剣を突き刺す。


 「旅人さま、どなたかが亡くなりましたか」

 アッシュールは不意に届いた声に、驚いて振り向くと、黒衣の集団を後に、黒衣の上に赤い衣を纏った人物が近づいて来た。


 「我々は神殿を守る、つまらない者どもです。旅人が亡くなられたのであれば、一言お祈りしたく、参上いたしました」

 アッシュールは黒衣の中年男性を見た。険しい表情と柔和な印象が同居する印象を受けた。


 「大丈夫です。この者は私どもの村の者、村の祈りを捧げます」

 「そうでしたか。では、祈りだけでもご一緒させてください」

 アッシュールは頭を下げると、祈りの言葉を口にした。驚いたことに、途中から黒衣の男性も祈りの言葉を口にした。


 「良き祈りの言葉でした。もしかして、川上の村の方でしょうか。では、良き旅を」

 黒衣の男性は向きを変え、去って行った。黒衣の集団に合流すると、川を遡る方へ進んでいった。

 アッシュールは黒衣の集団を見送る。川の上流は全滅した竜の村があるだけであるが、気になったがすぐに脳裏から消え失せた。


 「パブヌさん。僕は行きます。さようなら」

 アッシュールはタルボに跨り、出発した。旅の当面の目的は、街に行くことにした。アッシュールは、無性にララクとジアンナに合いたくなった。もう、村の息の生き残りは三人となってしまったからだ。


 「ララクさんは、パブヌさんと街で合流すると言っていた。街に出るのだろうか」

 不安はあるが、明確な目的も無いため、街をとりあえずの目標とすることにした。


 槍を構え、慎重に歩を進める。青かった空が、紅く染まっていく。斜光が時折、アッシュールの目を刺した。アッシュールは天を仰ぐ。陽が落ち始めている。アッシュールはタルボから降りると、木に手綱を結ぶ。カルボから火打ち石と麻縄を取り出す。周囲を見まわし、白樺の木を見つけると、皮を剥ぐ。剥いだ白樺の皮をナイフで毛羽立たせる。川の石を集め、竃を作る。川岸の乾いた枝を集め、ナイフで枝を払っていく。


 竃に落ち葉を置き、上に白樺の皮を置く。火打ち石とほどいた麻縄を一緒に持ち、火を打つ。三度目で麻縄に小さな火がついた。アッシュールは息を吹きかけ、火を大きくする。火種を白樺の皮に落とすと、毛羽だった皮に火がつき、勢いよく燃え始めた。枯れ葉を入れ、火を大きくする。

 

 枯れ葉に火がついたら、小枝を入れていく。小枝が燃え始めたら、指ほどの太さの枝を入れる。指の太さの枝に火がついたら、拳大の枯れ枝をくべていく。火は炎となり、大きな焚き火となる。アッシュールは周囲から燃えそうな薪を集め、焚き火の横に置いた。


 アッシュールはカルボから鍋を取り出し、川から水を汲むと焚き火の上に置いた。湯が沸くと、麦と干し肉を入れ、岩塩を削って簡単に味を付ける。麦が煮えたら麦かゆを啜った。麦も、干し肉も村の産物だが、塩は街から仕入れたものだ。塩は村では産出しなかった。塩を入手する上でも、街に行くのは正解なのかも知れなかった。


 麦かゆを半分残し、蓋をして傍らに置いた。拳より太い薪を平衡に並べてくべる。薪は煙を上げ、やがて着火した。最初は炎を上げて燃えたが、次第に熾きに変わった。アッシュールは熾きになったのを確認すると、マントにくるまって寝た。タルボとカルボは周囲の草を喰み終え、既に座り込んで寝ている。


新章スタートです。

徐々に物語が動き始めます。

お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

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