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第8章 決戦 その2

 ルージャは両手を空に向かって広げる。飛竜のベコルアは大きく鳴くと、大きく羽ばたく。風、熱風が宮殿に舞い散る。ルージャの白い髪が風で揺らぎ、朝陽で光り輝く。


 「行きなさい!」

 ベコルアは羽ばたき、光る鳥に突っ込んで行く。


 ベコルアは光る鳥に炎を吐く。直撃を受けた鳥は燃えて落ちていく。ベコルアは突進し、鳥の群れに近づき、再び炎を吐く。鳥は大量に燃え、落ちていく。


 鳥は次々に穴から湧き出てくる。鳥は光っていた。眩しく、燃えるようだった。鳥は次々に湧き出て、ベコルアに矢のように突き刺さる。ベコルアに突き刺さると大きな光りを発し、消えて行く。


 「ギャアアアア!」

 ベコルアは三十ジュメはあろうかという巨体を上手にくねらせ、上空で鳥を躱しつつ炎を吐く。鳥が湧き出るのが終わる。無数の鳥が出現した。鳥の群れの大きさはベコルアと変わらない。


 鳥の群れは半分に別れ、宮殿に向かってくる。


 「弓の用意!」

 城壁にいるルガングが叫ぶ。光る鳥が近づいてくる。鳥は一ジュメはあろうかという、巨大な鳥だった。


 「抜刀!」

 アッシュールは槍を高く掲げる。兵達は剣を抜く。

 鳥が迫り、弓の射程に入る。


 「打て!」

 ルガングの指示で一斉に矢が放たれる。矢に射貫かれた鳥が剣を構える兵達に落ちていく。兵達は落ちてくる鳥を剣で払っていく。鳥の口は牙が生えており、恐ろしい形相をしていた。鳥は高熱を発していた。剣で払われた鳥は光りを発し、消えて行った。


 「近衛隊長、突撃用意」

 アッシュールは近衛隊長に指示を出す。


 「者ども! 行くぞ!」

 近衛隊長は大きく剣を掲げる。兵達は鳥に矢が放たれる中、剣を振り下ろした。

 兵は大歓声と共に一斉に前へ進み始める。


 「ママ、パパとララクおじちゃんが突っ込んで行くっちゃよ」

 城壁からココが叫ぶ。上空ではベコルアが炎を吐き、光る鳥どもの数を減らしていた。


 「任せなさい!」

 ベコルアは地上を進んでく大蛇に向かって炎を吐く。百匹はいるかと思われる大蛇の半数を焼き滅ぼす。ベコルアが地上に炎を吐いた瞬間、鳥は一斉にベコルアを突き刺した。上空にいた鳥が全てベコルアに刺さり、光りを放ってベコルアの炎の皮膚を焼いていく。光りの放出で炎を四散させていると言った方が正確だろうか。


 ベコルアは地上に落ちた。鳥が次々と突き刺さる。


 「ベコルア、もう一度炎を噴きなさい!」

 ルージャが叫ぶと、地上の大蛇に向かって炎を放つ。炎は二十匹の大蛇を燃やした。


 「もう駄目ね。ベコルア、戻りなさい!」

 ベコルアは鳥の攻撃を受けながら飛び上がる。大きさは最初の半分以下になっている。

 ベコルアは炎を吐き、鳥どもを焼き払いながら宮殿に近づく。


 ベコルアが宮殿に近づいたとき、残っていた鳥がベコルアに一斉に突き刺さった。ベコルアは再び地上に落ちるが、光る鳥も居なくなった。


 ベコルアは人の子供程度に小さくなり、城壁に戻ってきた。

 ベコルアの生還に、城壁の弓兵は沸き立った。

 ルージャは目眩を感じ、城壁に座り込んだ。


 「ルージャさん、大丈夫?」

 ジアンナがルージャに近づく。


 「ジアンナさん、立たせてくれますか。私もアッシュールを見届けないと」

 「アッシュール! 行くぞ!」


 アッシュールとララクは槍を右手に持ち、右脇で槍を押さえる。

 二人は馬を全力疾走させ、大蛇の群れに突っ込んで行く。


 「突撃し、一度突き抜けます! 反転し、再び突き抜けます! 繰り返して群れを分散させます!」

 「承知!」


 ララクは短く答える。

 二人は騎乗しているため、徒で続く兵達より早く大蛇の群れに到達した。


 「槍は固定したまま突っ込みます!」

 「うおおおお!」


 ララクが絶叫する。

 アッシュールは突き抜けられる隙間を見つける。アッシュールの槍は大蛇の頭を斬る。大蛇達が噛みつこうとするが、馬の速度に追いつかない。大蛇は五ジュメ程度、頭の数は二つもしくは三つだ。比較的小型といえる。


 アッシュールは大蛇の群れを突っ切り、群れの後ろで葦毛のタルボを振り向かせる。


 「男と女がいたな。男がエルニカだな。女は化け物か。狙うか。行くぞ!」

 ララクが叫ぶと、二人は駆け始めた。大蛇は二人に近い二、三匹が振り向いたが、他は正面の兵達を向いている。


 「後ろ向きのを狙います!」

 「承知!」


 タルボはアッシュールを乗せて全速力で駆け抜けていく。

 後ろ向きの大蛇の頭を一つ落とした。ララクは大蛇に槍を突き刺し、屠っていた。


 「いたぞ、男と女だ! やるぞ!」

 アッシュールは男に近づく。男は口で何かを唱えている。何かの祈りをし、アッシュールを屠ろうとしているようだ。


 「させない!」

 アッシュールは右手に位置する男、エルニカへ槍を振り回す。エルニカは祈りを止め、回避する。


 「竜の村の生き残りか!」

 エルニカは苦々しく叫ぶ。ララクは女、作られた女神コネルコへ槍を繰り出す。コネルコの動きは緩慢だった。ララクはコネルコの喉元を切ることに成功する。コネルコの血しぶきが舞い上がる。


 「獲った!」

 ララクは叫ぶ。しかし、コネルコは首を押さえると何事も無かったかのように立ち上がる。

 アッシュールとララクは群れを突っ切り、兵達に合流する。


 「女の首を斬ったが死なない!」

 「ええ、化け物ですから、何度でも斬らないと!」


 アッシュールは涼しい顔して言い放つ。ララクはアッシュールの平静な声で心が落ち着いた。

 アッシュールとララクが大蛇の前で正対する。兵達がアッシュールの後ろで立ち止まる。


 「エルニカ! 赤い世界の名において! 我、赤い世界の棟梁、赤い世界の清い風が先代の雨降に命ずる! 全ての竜の力を我に返せ! 竜の力を行使することは許さない!」

 アッシュールは槍を兵に渡すとグアオスグランを抜く。


 「槍持ちを中心に、班を作れ! 剣持は槍持ちの周囲を護れ!」

 アッシュールは叫び、タルボを大蛇の群れに突っ込ませる。


 アッシュールは噛みつこうとする大蛇をタルボの速度で躱しながら、エルニカに肉薄する。アッシュールはエルニカに剣で突きを繰り出す振りをする。エルニカは剣を中段に構え、守りに入る。


 アッシュールはエルニカの頭上をグアオスグランで薙いだ。

 アッシュールはタルボに騎乗したまま、闇夜に閉ざされた。アッシュールはほくそ笑む。エルニカの精神に入り込めたのだ。


 足下にはベラフェロの白い毛並みが見えた。ベラフェロは唸っている。前方にエルニカが立っている。記憶がある。竜の村を出てすぐにであった一団にいた。


 「お前は何者だ、生き残り! 何故我の心に入り込んでいる!」

 エルニカはうろたえているが、正確に事象を判断していた。流石、先代の雨降だ。


 「誰に向かって無礼な口をきいているのですか。四代目の竜である赤い世界の倫理の代理、竜の全ての行使を任された棟梁です。雨降ごときが口を挟むとはなんたる無礼、控えなさい」


 アッシュールが振り向くと、赤い巨大な竜がいた。傍らにはキユネが立っている。キユネが通る声でエルニカに命じている。


 「控えろエルニカ」

 アッシュールが命じると、エルニカは片膝を付く。エルニカの後ろに祠があった。緑色の石らしき物が見える。


 「竜だと、今更竜だと」

 「お前が魔物を作り出している間にご光臨されたのだ、エルニカ」

 キユネが高らかに宣言する。


 「貴様の竜の血の力を全て返して貰う」

 エルニカは動いてキユネに襲いかかろうとする。


 「動くな、エルニカ」

 「グッ。なんたることだ。本当に竜神が復活したのか。逆らえない」

 アッシュールに命じられるとエルニカは動かなくなる。


 「そうだ、逆賊。我らの街まで滅茶苦茶にしやがって」

 傍らにはルガングがいた。ルガングがエルニカの集魂の石を持ち、アッシュールに手渡す。アッシュールは集魂の石をルージャに投げ渡す。ルージャは口を開け、集魂の石を飲み込んだ。


 「我の終わりか。まぁ良い。若造。女神は既に降臨されている。我の願いは成就した」

 エルニカは視線をアッシュールに戻す。


 「エルニカ、慈悲を与えます。自害なさい」

 キユネがエルニカに命ずる。エルニカは力の限り体を動かすまいと、全身に力を入れるが、両手は意志に反して剣を持ち、剣先を口に当てる。


 「まて、エルニカ。お前が女神という化け物は、集魂の石に魂を纏わせた物体だろう。詳しく話せ」

 「若造、ご明察だ。恐れ入る。でもな」


 エルニカは言葉を切った。全身が震え、大量の脂汗が流れる。エルニカは自害とアッシュールからの質問と、二つの命令に縛られている。エルニカは力の限り質問から逃れることを選択した。結果として自害の命令が強くエルニカを支配した。


 「うごけぇぇぐぼお」

 エルニカは嫌な声を発しながら剣を飲み込んだ。剣は喉を突き破り、骨を折り、後頭部から突きだした。


 ベラフェロが大きく吠えた。

 「ウォオオオン!」


 アッシュールは目を空ける。騎乗したまま、大蛇の群れの中にいた。

 エルニカは喉に自分の剣を突き刺し、事切れていた。エルニカは喉に剣を突き刺したまま、倒れ込んだ。


 兵達から大歓声が上がる。


 「おのれ! お前達、エルニカに何をした! お前達、元の物体に戻りなさい!」

 コネルコは叫ぶと、左手を突き上げた。掌に光りが充ちる。


 「ララク、危ない!」

 アッシュールはタルボを駆り、ララクの前に立ちはだかる。


 一瞬、音が消え去った。

 アッシュールは目を疑った。兵が百人、鎧や剣を残して居なくなっている。兵が居たところに黒い粉と、白い粉、砂鉄らしきものが散乱している。大蛇も全滅していた。コネルコの廻りの全ての生物は消え失せていた。アッシュールとララクを除いて。


 「あっちが宮殿だった! 消えていなくなれ!」

 コネルコが叫ぶと、轟音と共にコネルコに矢が飛んでいく。矢はコネルコの胸を貫通し、大蛇の胴体をも貫いた。


 ココは矢をつがえる。

 ココは恐ろしい風景を見ていた。立った今、女が手を挙げ、光った瞬間にアッシュールの廻りの兵がいなくなった。二回目、女が手を挙げた。ココはアッシュールが危ないと思い、矢を放った。矢は正確に飛んでいき、女の胸に突き刺さった。突き刺さったはずだった。


 現実は、ココから左側の兵達が鎧と剣だけを残し、黒や白、赤茶けた粉だけを残して消え失せていた。


 「娘殿、我らの死など気にするな! 棟梁を護るのだ! 矢を放て! おかしな術を使う時間を与えるな! 矢ぐらいではあの女は死なない!」

 ルガングが叫ぶ。


 「ココちゃん、飛びなさい! 空から確実に当てなさい!」

 ルージャの声でココは翼を広げ、宙に舞った。


 「パパを殺させない!」

 ココは轟音と共に矢を放つ。矢は正確にコネルコを貫通する。コネルコは体勢を崩すだけで、殺せなかった。


 アッシュールはタルボから飛び、勢いを付けてコネルコを袈裟斬りにした。グアオスグランがコネルコの左肩と首の間から切り裂き、肺まで到達した。アッシュールは右足でコネルコを蹴飛ばし、グアオスグランを引き抜いた。コネルコは蹴り飛ばされて後方に倒れる。


 獲ったと、アッシュールは思った。コネルコは笑みを浮かべながら立ち上がる。立ち上がると同時に傷は塞がり、血が止まる。


 コネルコは左手を上げる。

 アッシュールは兵達が消される前に、胸を水平に薙いだ。コネルコの胸から血が噴き出す。アッシュールは剣を左から右に薙ぎ、コネルコの胸を斬った。反動を利用して、一回転する。再び大きく剣を振り回し、コネルコの首に剣を当てる。


 首を落とした。

 アッシュールが確信したが、コネルコは首の半分を斬られながら、後ろにステップしていた。


 「なるほど、棟梁とやら! 女神のわらわを斬るとは強い剣です! お主の剣は他とは違い、剣を振り回すだけでは無いですね。斬るときには前に、剣を受けるときは下がりながら、後ろや斜め後ろを駆使しながら剣先を躱し、連撃を繰り出すのですね。お主の剣はたった今私が全て覚えました」

 コネルコは剣を抜くと、中段に構える。


 「わかります、わかります。剣はこの位置に構えると防御と攻撃が両立するのですね」

 コネルコは言うと同時に中段から頭を狙った。


 アッシュールは女に違和感を感じた。しかし、何の違和感か判断が出来なかった。

 アッシュールは左にステップし、剣を躱すと相手の手首にグアオスグランを叩き入れる。グアオスグランはコネルコの手首を切り裂き、剣を叩き落とした。


 アッシュールは手首を切った反動で剣を上段まで繰り上げ、思いっきり頭上へ繰り出す。

 必殺の剣が、頭をかばうコネルコの両腕ごと頭蓋骨を叩き斬った。


 ココは懐が温かいのに気が付いた。懐に手を入れると、虎の牙が暖かい光りを放っていた。虎の牙は、現在の雨降、ナンムと二人で分けたものだ。アッシュールからお守りとして貰っていた。


 ココは蒼白になる。ココは虎の牙を見た後、コネルコを見る。

 ココは顔にも覚えがあった。見覚えではない。ココが街で別れた少女が成長したとき、コネルコの顔になるかも知れないと感じた。


 「パパ、虎の爪がひかっちょる! その女はナンムしゃんじゃなか!」

 ココがアッシュールの側に降り立つ。左手には光る虎の牙を手に持っている。


 アッシュールは既に傷を塞ぎ、立ち上がるコネルコを見る。コネルコは二、三度、口から血を吐いた。手に何か持っている。

 コネルコはにやりと笑うと、アッシュールに投げた。アッシュールは左手で受け、手の物を見る。牙だ。虎の牙が光りを放っていた。


 違和感の正体。アッシュールにも今理解出来た。ナンムの面影があったのだ。


 「甘いわ」

 コネルコは呆然と立つアッシュールに上段から斬り降ろした。コネルコの剣はアッシュールの兜に当たると曲がり、切る事が出来なかった。

 アッシュールは咄嗟にココを突き飛ばしたが、脳天を叩き付けられた衝撃で倒れ込んだ。


 「ん? この剣はあおがねと言うのね。棟梁とやらの兜はくろがねなのですね。くろがねはあおがねより硬く、強いのですか。助かりましたね。でも終わりです。あなたは私よりもお強い。剣では刃が立ちませんでしたわ。流石に竜とやらの物の怪を統べるだけあって、お強いわ。できれば私はあなたの子を産みたいわね。でもね、私は降臨した女神なの。わかりますか。所詮あなたとは格が違うのです。私の夫になるならば命は助けてあげますよ」


 コネルコは勝ち誇り、笑みを浮かべる。笑った顔はナンムそっくりだった。


 「お前はナンムに中心に、死者の魂を集められた存在だな。ナンムは集魂の石を埋め込まれたのか。集魂の石が魂を集め、お前は竜と同じような存在となったのだな」

 アッシュールはなんとか立ち上がる。頭は酷く痛み、目の焦点が合わない。吐き気が酷い。アッシュールは咳をして、口の中の血を吐き出す。


 「ご名答。流石ね。おつむも一流ね。もう勝負は付いたわ。今からあなた以外を消し去ります。二人で子を産み、育てましょう。ナンムとかいう少女の願いでもあるのよ。聞いてあげて」

 アッシュールはララクに寄りかかる。


 「お前は、女神ではない。竜の名において、四代目の竜、赤い世界の真理より竜の剣グアオスグランを賜り棟梁に指名された、赤い世界の真理に代わり、我らの眷属、雨降を用いて生み出されたお前に言い渡す。今からお前を魔物と称し、全ての生きる人の敵となす。ここにいる我らが倒れて死のうとも、必ず誰かがお前を討ち滅ぼす。首を洗って待っていろ、魔物め」


 アッシュールはグアオスグランの剣先を何とかコネルコに向ける。斬っても死なない。見た物をすぐ学習し、自分の物にする。お手上げだった。


 「ココ、逃げろ」

 「嫌っちゃ、パパと一緒にいるっちゃ。もう離れないっちゃよ。一緒に死ぬっちゃ」

 ココはアッシュールに抱きついて来る。


 「何を言うか! わたくしは、降臨した女神! 何の理でわたくしを化け物の扱いするのですか!」

 コネルコは激高し、アッシュールに恐ろしい表情を向ける。


 「何を言っている。我らの眷属に過ぎないエルニカが、我らの眷属に過ぎないナンムを使って、我らの所有物である集魂の石を使い、我らの眷属を殺してお前が成り立っているのだ。確かにお前は、竜の力だけを見たら女神だよ。だけど、お前を構成するのは全て竜の、赤い世界のものだ。僕は赤い世界の棟梁、竜の一切を任されている。お前の中身が竜の眷属で出来ている以上、僕はお前を人に仇なす魔物と言うことが出来る」


 「うぬぬ! 女神であるわたくしの夫にしてあげるといっているのに!」

 「本当の事を言われると辛いだろ」


 「あああああ! お前ら、皆死ね!」

 アッシュールは観念して目を閉じる。ココの感触が心地よかった。ココが苦しまずに死ねるのが唯一の救いだった。


 「ん? 魔物よ、控えよ」

 コネルコの動きが一瞬止まる。アッシュールは勝機を見いだした。コネルコは眷属で出来ている。眷属の誰かがアッシュールの命令を聞き入れている。


 「何をしたのですか!」

 コネルコは動けなくなくなり、代わりに恐ろしい表情をアッシュールに向けた。


 「ココ、ナンムに会いに行くぞ!」

 アッシュールはコネルコの頭上をグアオスグランで薙いだ。

 目を空けると、ベラフェロが威嚇し続けている。時折、走って何かを追いかけている。


 「アッシュール、ここは何処かしら」

 人の姿のルージャが立っていた。


 「ママ、あの女の中っちゃよ」

 ルージャはココを見る。


 「あの化け物の中ね。あの化け物は亡者で出来ているのね。可哀想に。皆、死を受け入れられていないわ」

 アッシュールは視線を正面に向ける。暗闇に、無数の亡霊がいた。亡者なのかもしれない。何人いるだろうか。数え切れない亡者がコネルコの中で渦巻いていた。


 「何故俺は死んだ・・・」

 首の無い男が叫ぶ。


 「胸が痛い、痛い!」

 胸から血を吹き出している女が叫ぶ。


 「溺れる、溺れる!」

 「空気を、空気をがぼがぼ」

 「コリケ、早き逃げなさいごぼごぼ」

 「行かないでくれ、俺は泳げないごぼごぼ」

 「家が、家がぁ!」

 「木が倒れてギャ」

 溺れている人が多数だ。他には首の無い者、胸から血を吹き出しているもの。無情に殺された魂達が集まっている。


 「う、うえ、うぇぇぇ」

 ココが吐き出した。


 「ココ、余り見るな」

 コネルコの中で、魂達が苦しんでいる。魂は救われなかった。死しても尚、コネルコの中で死に続けている。


 「パパ、酷い、酷いよ。こんなの無いっちゃよ。死んでるのに、どうして又苦しむの。ね、パパ」

 アッシュールはココを抱きしめる。ココの言う通りだった。これ以上、魂達を苦しませる訳にはいかない。


 「ルージャ、どうやらナンムに集魂の石を埋め込む事により、魂達が引き寄せられたようなんだ。どこかにナンムがいるかと思う」

 ルージャは亡者の一角にスペースがあるのを見つける。


 「あそこじゃない」

 ルージャは指差す。


 「どきなさい」

 ルージャは強く言葉を発すると、亡者は道を空けた。道の先に宙にぶら下がるナンムがいた。


 「いやぁああああ!」

 ココが絶叫を発する。


 「嫌ぁう、うぇうぇうぇぇぇ」

 ココが地面に両手を置き、吐き始めた。


 「ナンムしゃん、ナンムしゃん」

 ナンムはゆっくりと目を空けた。ナンムは左右に揺られていた。吊られていた。首つりだ。首にロープを巻かれ、ぶら下げられていた。

 アッシュールはココを抱き上げ、ルージャに渡す。


 「ココちゃん、大丈夫よ。アッシュールが助けてくれるわ」

 「無理っちゃよ、ナンムしゃん胸が、胸が!」

 ココは大きな声で叫ぶ。ナンムの胸は縦に引き裂かれ、肋骨が体から飛び出ている。肋骨の隙間、心臓があっただろう場所に、集魂の石が置かれている。


 「あ、アッシュール、さま」

 アッシュールは首のロープを切り、ナンムを地面に置く。

 ナンムの口から血が零れる。


 「聞いているぞ、ナンム!」

 アッシュールはナンムの右手を握りながら声を掛ける。ナンムの惨状に大丈夫だ、とは言えなかった。


 「たくさんの人を、殺して、しまいました。と、取り返しが、つかない、です」

 「ナンム、今送ってあげる。竜の中へ、送って上げる」

 アッシュールは死者へ贈る祈りの言葉を口にしたが、ナンムは竜に帰れなかった。


 「ありが、とう。でも、私は死ねない、の」

 ナンムは涙を流す。ぼろぼろと涙を流し続ける。


 「昔、アッシュール様より、木を頂いてます。私は、大きなオークの木、になって魂達と別れ、ます。最後に、会えて、うれし、かった」


 ナンムの胸の中の集魂の石から、芽が出た。芽はどんどん大きくなり、ナンムの細い体を貫いて根を張った。

 芽は根を張ると、成長していった。アッシュール達が何も言えないで見つめ続ける。幹はあっという間に太くなり、ナンムを飲み込み、成長を続けた。幹の太さが二ジュメになるころ、はみ出ていた手足も幹に飲み込まれ、ナンムの姿が見えなくなった。


 「やめろぉお」

 「やめろ」

 「我々の姿が保てなくなる」

 「地上にいれなくなる」

 「やめろろろ」

 亡者が騒ぎ始めた。


 「戻るよ、ルージャ、ココ」

 アッシュールは目を空けると、コネムコが居なくなり、代わりに大きなオークの木が出現していた。

 兵達はざわめき始める。


 「終わったのか」

 「化け物が消えたぞ!」

 兵達は歓声を上げる。


 「まて! 今すぐ逃げろ!」

 アッシュールは大声で叫んだ。兵達の歓声が一瞬で収まった。

 巨大なオークの木から無数の魂が抜け始める。


 「我らが、我らを保てない」

 「消えゆく、我らが消えゆく」

 「ならば、この者どもも巻き添えぞ」

 「無念、無念」

 魂は一つに集まり、輝き始める。


 「みんな、逃げろ、逃げろ!」

 アッシュールは叫ぶが、走って逃げても仕方が無いことがわかった。逃げても逃げられないと、直感が告げた。

 アッシュールは呆然と光り輝く魂達を見つめる。


 「ココちゃんとアッシュールは殺させない」

 ルージャは衣服を全て脱ぎ、全裸になる。ルージャの美しい肢体があらわになった。


 「さようなら、アッシュール。ココちゃん、アッシュールの面倒をお願いね。二人とも、愛しているわ」

 「ルージャ!」


 アッシュールを含め、ルージャの余りの美しさに動くことが出来なかった。

 ルージャの下半身が赤くなり、鱗が生え、竜と化した。ルージャは翼を広げ、空に駆け上がると上半身も竜となった。口を広げ、魂達を飲み込むと遙か上空へ飛び立った。


 「ルージャ」

 アッシュールが力なく座り込む。

 ルージャは東へ飛んで行った。


 遙か遠くで、何かが破裂し、飛び散った。


 「ママが! ママが!」

 ココが叫ぶ。

 上空から何かが落ちてきた。鱗だ。赤い鱗が一枚落ちてきた。

 アッシュールは鱗を拾い上げる。掌ほどの大きな鱗を見つめ続けたが、意を決して顔を上げた。


 「ココ、立ちなさい。まだすることがある」

 「パパ、何をするの」

 アッシュールはオークの木の前に立ち、グアオスグランを抜いた。


 「ベラフェロ、ナンムの位置をおしえてくれ。まだ生きている。お前にもわかるだろ」

 ベラフェロは走って木の洞に近づいた。大きな声で大きく吠えた。


 「ココ、おいで。ナンムが見えるだろ。引き出すよ」

 ココは木の洞を見る。ナンムが膝を抱えて座っている。気を失っているようだった。


 アッシュールはナンムを洞から出した。ナンムは全裸で、胸が開かれ、肋骨が露出している。アッシュールは懐から集魂の石をとりだし、ルージャの胸の中に入れる。


 「グアオスグラン、ナンムの胸を閉じ、生き返しなさい」

 アッシュールはグアオスグランをナンムの胸の上に置くと、肋骨は独りでに閉じ、皮膚が再生した。

 ナンムはゆっくりと目を覚ました。


 「アッシュール様。あ、ルージャ様が、ルージャ様が」

 「目を覚ましたかい。大丈夫かい」

 ララクが気を利かせ、ルージャの衣類をナンムに手渡す。


 「アッシュール様、私は沢山の人を殺してしましました。今も、ルージャ様まで犠牲にしてしまいました。殺して下さい、殺して下さい」

 ナンムは力なく呟いた。目には精気が無く、虚ろだ。


 「ナンム、君は確かに沢山の人を殺したかも知れないが、それは君ではない。君は悪く無い。でも、君に罰を与えないと行けない」


 ナンムは頷いた。


 「君に、キユネさん、ルージャの姉から分けて貰った集魂の石を埋め込んだ。集魂の石の力で、君は竜に劣らない存在となるはずだ。君の罰は、その力をナンムの心が良いと思うこと、人を殺すのではなく助ける事のみに使って欲しい。この罰は、竜であろうと、棟梁である僕であろうと、何者も解除できない。君はこれから人を助ける為だけに生きるんだ。いいね。でも、だれか、結婚したい人がいれば、人として子を産み、老いて死ぬ事を許すよ。僕と結婚したいというのは駄目だぜ」


 「あ、あの」

 「パパ、それ罰じゃなかと」

 ココに少し笑顔が戻る。


 「その前に、頼まれて欲しいんだ。ナンムも、ココも」

 「何っちゃか?」

 ココはようやく涙を止めた。


 「ベコルア、出ておいで」

 アッシュールの掌に小さな炎が上がり、小さな、トカゲ大の大きさの飛竜が現れた。


 「ギャ」

 「あ、ママのベコルアしゃんが」


 「うん。ルージャは死んでいない。ベコルアが消えない以上、ルージャは生きている。必ずどこかで生きている。ベコルアがこんなに小さいから、竜の血の力をほとんど失っているのは間違い無いと思うんだ。もしかしたら、またどこかで眠り続けているのかもしれないね。もちろん探しに行くよ。旅の用意だ、ココ。ナンムも手伝ってな」


 「はい!」

 「わかったっちゃ!」

 ナンムとココは大きく返事をした。

 兵達も半数を失ったのを忘れたのか、ルージャが、竜神が生きていることを知って大きく歓声を上げた。


 「王弟殿、勝ったな」

 近衛隊長が笑みを浮かべてアッシュールの肩を叩く。


 「しかし、兵たちが沢山死んでしましました」

 近衛隊長は首を振る。


 「兵は死ぬのが仕事さ。おかげで、民衆は大半が生き残った。勝ったんだ。ルージャさんも生きているんだろう? 勝ったんだよ。さ、大将、鬨の声をあげな」

 アッシュールはグアオスグランを空高く掲げた。兵達は息を飲んだ。


 「みんな! 化け物どもは退治された! これから、街を再建するという大変な問題に直面する! しかし! 我々は前を向いて歩こう! さぁ、帰ろう! みんなが、家族が待っている宮殿へ!」


 アッシュールの声に、兵達が歓声を上げた。固唾をのんで待っていた宮殿にいる民衆にも届いたのか、宮殿でも大歓声が上がった。


 アッシュールはタルボにココとナンムを乗せ、手綱を引き始めた。傍らではララクが負傷兵をタルボに乗せていた。


 アッシュールは宮殿の方を向いた。皆が、兵以外の民衆達も城壁から帰りを待ちわび、手を振ってくれている。アッシュールには、皆がおかえりと、言っているように聞こえた。

本編は本稿で終了です。あとで、エピローグをアップいたします。

数ヶ月にわたり、連載を行いました。

残念ながら人気作と言えませんでしたが、

拙作を毎日読んで下さった方がいらっしゃると思います。

この場をお借りして、御礼申し上げます。

ファンタジー小説がゲーム化していく中、なるべくリアルに書きたいと思い、

本作を立ち上げましたが試みは上手くいかなかった様に思います。

長い間、お付き合い頂きありがとうございました。 <蘭プロジェクト>

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