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第8章 決戦 その1

第八章 決戦


 雨だ。大雨になった。門は通常、二名の番兵を配しているが、二十名の兵が配置されていた。指揮官に近衛隊第一隊長が任ぜられている。第一隊長は降りしきる雨を疎ましく見ていた。身を隠す場所もなく、雨風に吹きさらされている。雨は体温を奪い、視界も悪化させる。


 「隊長、何か音がしませんか」

 兵が空を指差す。第一隊長は何かが飛んでいるのを確認した。


 「総員! 戦闘態勢! 弓の準備を!」

 第一隊長の指示で兵は弓を構える。音は益々大きくなり、耳を押さえる必要が有るほどだ。強烈な風が目の前を通過し、七名の兵が吹き飛ばされた。風の後に轟音が響き渡る。


 轟音は中庭で小さくなり、聞こえなくなった。第一隊長は中庭に目を移す。信じられない光景が目に入ってきた。女神だ。聖堂で信仰の対象になっている女神が舞い降りた。白い翼の生えた少女がふわりと浮かんでいる。見たことがある。ルガング王子が義弟殿と言う、手練れの娘だった。


 「おっちゃん、王子しゃまとパパから伝言っちゃ! 弓でうちを打たんといて! 今からそっちに行くっちゃよ!」

 ココは翼を広げて、城壁の上に舞い降りる。城壁は一ジュメほどの幅があり、第一隊長以下十名が駐屯していた。


 「王弟殿の娘さんはめ、女神だったのか」

 第一隊長は動揺を隠せていない。他の兵もココの廻りに群がってきた。


 「説明は後っちゃ! パパと王子しゃまから伝言があるきに! 誰に話をすればいいっちゃ? あ、おねえちゃん。今行くっちゃよ!」


 ココは宮殿の三階の窓が明けられ、キユネの姿を見つけた。ココは翼を広げ、窓を目がけて飛び立った。ココが飛んだ衝撃で兵が再び飛ばされた。

 ココは窓に飛び入った。


 「おお! なんだ?」

 ココは王の間に詰めていた兵達の上に落下する。


 「ココちゃん! どうしたの!」

 キユネが近づいてくる。兵達がざわつき始める。「女神様だ」という声があちこちから聞こえ始めた。


 「ちょっと! うちは翼を持っているけど女神様じゃないっちゃよ! もう! いい加減降ろしてっちゃ!」

 ココはふくれながら立たされる。


 「棟梁様とルガング様になにかあったの、ココちゃん」

 キユネがココの背に合わせてしゃがみ込む。


 「うん、エルニカの狙いは大雨だって、大雨で街を流していっぱい人を殺すつもりだって。街の人を逃がすように言われたっちゃよ」

 ココが言った瞬間、キユネに大量の魂が見えた。魂が大量に生まれていた。すなわち、大量に人が死んだのだ。


 「あっ、そんな。今、川の上流で沢山の人が死にました」

 キユネは窓から川を見る。


 「川の上流に間違い無いか、キユネ」

 王はキユネに問いかける。キユネが頷く。


 「それは第二王女エンナの嫁いだ街だ。川に流されたのか」

 王はしばらく考え込む。


 「この地は、平らで川よりも低く、逃げる場所が無い。それこそ棟梁殿の村まで逃げる必要がある。おい、川の様子を」

 王は小さな声で第四隊長に指示した。第四隊長は「は!」と返事をすると第四隊を率いて部屋を出て行った。


 キユネは窓から外を眺める。キユネは何か意を決すると、外に出ていった。慌ててココが着いてきた。キユネは外に出ると、大雨のなか両膝をついて両手と額を地面につけた。大地に対して祈り込め始めた。


 「赤い世界の始まりの妹にして眷属たる我、赤い世界の飛ばざる物が赤い世界の始まりの祝福を受けた大地にお願いいたしまする。竜の大地は大雨にて全てを失い、全てが死んでいく。赤い世界の棟梁たる赤い世界の清い風、伴侶の四代目の竜、赤い世界の真理の名において命ずる。この地を山とし丘とし、川より護らせたまえ」


 キユネが祈りを終えると小さな地震が起きた。キユネは肩で大きく息をした後、息を整えると祈り始めた。再び小さな地震が起きる。キユネは周囲で兵達が見守る中、祈りを続け、小さな地震を引き起こした。


 キユネの真剣な祈りに、兵達は天幕を張り、雨を遮った。廻りに火を焚き、キユネの細い体を温めた。時間が経過するにつれ、キユネが何を行っているのか皆が理解し始めた。門から伸びる道は、傾斜も無く平らであった。しかし、今は傾斜がつき、坂になっている。門や宮殿が坂の上になっていた。

 異変に気が付いた王がキユネのいる天幕にやってきた。


 「王、宮殿が盛り上がって来ています。姫様が、姫様が」

 兵の一人が王に報告する。


 「よい。静かにせよ」

 キユネは目を閉じ、一心不乱に祈りを捧げる。顔色は徐々に悪くなり、青白くなる。誰の目にも明らかだった。命を賭けて助けようとしてくれていると。


 「申し上げます! 川の水位は危険なほど上昇しています! 民衆が総出で川の氾濫を防ぐよう、土手を築いています! 我が第四隊も土手を築いています!」

 第四隊長が王に報告する。


 「駐屯隊長!」

 王は大声を出す。王は街に駐屯している部隊長を呼んだ。人員四百名の最大の部隊だ。四師団に別れている。宮殿にいるのは第二師団だ。


 「第二師団を川に向かわせろ! 残りの師団を集めろ! 土手を築かせろ!」

 王の声に短く返事をすると、駐屯隊長が飛んで行った。


 アッシュールは荷を虎退治した沢に捨て、タルボとカルボを走らせた。タルボにアッシュールとルガングが、カルボにはルージャとジアンナが騎乗している。ララクと兵は徒で竜の村に戻るよう指示してある。


 「ルージャさん、しっかり!」

 ルージャは大雨の中、ジアンナに支えられて騎乗していた。目は虚ろで、先ほどから言葉が無くなっている。


 「ルージャ! 聞こえるか! これからベコルアを出す! 出来るだけ大きくしろ! 僕が動かす! いいか!」

 アッシュールの叫びに、ルージャは小さく目を明けて頷いた。急激に竜の血の力が高まってきたとルージャは言った。アッシュールにも理由がわかった。グアオスグランが教えてくれた。街の北側で大量の人が死んだのだと。確か街があると言っていたはずだ。食料が足りず、農地の奪い合いを行うと言っていなかったか。ルージャの力の源は死者の魂だ。しかし、ルージャの先代、三代目の竜は多すぎる死者の魂のために命を失った。今、ルージャにも同じ事が起きていた。急激に大量の魂が入り込んでいるのだ。


 「ベコルア、出でよ! 出でてルージャの竜の力を行使せよ!」

 アッシュールは騎乗しながら天に向かってグアオスグランを抜き放った。アッシュールの頭上で巨大な炎が巻き起こる。


 「炎よ、巨大な竜と成れ! ルージャの竜の力を使い果たせ!」

 アッシュールの前に、巨大な飛竜が出現した。三十ジュメはあろうかという巨大な火の塊である。最初に見た、ルージャの本当の姿、竜の姿と同じ大きさだ。飛竜のベコルアは上空に位置しているものの、熱気が地面まで伝わってくる。雨はベコルアで蒸発し、アッシュールまで降りかかってこない。


 「アッシュール、だいぶ良い感じだわ。もう大丈夫よ」

 ルージャはジアンナに倒れかかっていた体を起こし、手綱を握る。


 「ココ! 今すぐ来い!」

 アッシュールはルージャが平静を取り戻したことを確認すると、大声でココを呼んだ。

 しばらく騎乗で走り続けると、大きな爆音が響き渡る。


 「パパ! 来たっちゃ!」

 アッシュールは右手でココを捕まえると、タルボの足を止める。右手で抱きかかえたまま、皮袋に入ったブルーベリーを渡す。


 「力は足りるか、ココ。ブルーベリーをいっぱい食べろ」

 ココは言われると一目散にブルーベリーを食べ始める。翼の人達、ココの叔父コリと叔母クコもブルーベリーを好んでいた。飛んだ後の疲労回復に良いのだろう。


 「ココ、川はどうなっている。氾濫していないか」

 「パパ、もうすぐ氾濫しそうっちゃ」

 ココはブルーベリーを懐にしまう。


 「よし、ではベコルアを連れて川に行け。ベコルアに川の流れを変えさせたり、蒸発させたりして氾濫を防げ!」

 「わかったっちゃ! ベコルアしゃん、行くっちゃよ!」

 ココは爆音と共に飛んで消えて行った。


 「さぁ、我々も急ぎましょう!」

 アッシュールはタルボに駆け足を命ずる。ルガングは何も出来ない我が身を呪いながら騎乗していた。


 「戻ったら兵隊の指揮を頼みますよ! ルガングさん!」

 アッシュールの声でルガングは少し救われた気になった。

 兵達は川岸で、土嚢を積んでいた。


 「今が踏ん張り時だ! 決して川を氾濫させるな! みんなで街を護るのだ!」

 第四隊長は川に戻り、大声を上げながら街の人と兵と共同で土嚢を積んでいた。皆理解している。街は水害に弱く、堤防が切れると逃げる場所が無いことを。


 第四隊長は降りしきる雨が急に弱くなるのと同時に熱気が立ちこめたのを感じた。

 兵達も土嚢積みを止め、大空を眺めている。


 「竜だ、竜だぞ!」

 「女神様が竜を連れて来てくれた!」

 兵と人民が大きな歓声を上げる。


 「おっちゃん!」

 ココが第四隊長の前に降り立った。


 「うちがベコルアしゃんで川を崩して流れを変えちゃる。壊せそうな場所ないっちゃか」

 もの凄い熱気が飛竜から降り注ぎ、土嚢を積んでいる皆の衣服が乾いていく。


 「ココちゃん、この街から上流は少し山に向かって行くんだ。谷になる。曲がりの頂点の山を崩すと崖になっているはずだ!」


 エンアンがココに答えた。皆、ココの翼と、巨大な飛竜であるベコルアに気を取られてしまっている。ココの正体を知っている鍛冶屋のエンアンの子エンアンが冷静に答える事ができた。


 「あんちゃん、ありがとっちゃ! よし、行って川の水を減らしちゃる!」

 ココは爆音を響かせ、大空に登っていく。地上から、手を振りながら頼んだという声が聞こえてきた。ココは川を上空から眺める。川は平地を進むが、やがて山地に入り、標高が上がってくる。大きく蛇行する川の頂点の西側が崖になっていて水を流すことが出来そうだった。


 「ベコルアしゃん、あの丘を壊して水を流すっちゃ!」

 ココが丘を指差すと飛竜は真っ直ぐに飛んで行った。


 ベコルアは巨大な炎を噴いた。丘に向かって炎を吹き続けると、崖は赤みを増し、溶岩と成って流れ始めた。崖は穴となり、徐々に直径と深さを増していく。


 大音量の爆発音と衝撃波がココを襲った。熱せられた溶岩に水が触れ、水蒸気となって爆発を生じさせたのだった。


 爆風は更に崖を吹き飛ばし、川の水を大量に崖下に流し始めた。流れ出る水は崖下をみるみる覆い、湖を形作り始めた。


 ベコルアは炎を吐き、更に崖を崩し、流れ出る水の量を増やして行く。一時的であるが、川の水位が下がったように見えた。


 「ん? またパパの声が聞こえるっちゃ。なになに、宮殿の中庭に避難させろって言ってるっちゃね。わかったっちゃよ」

 ココは懐から革袋を取り出し、ブルーベリーを頬張りながら街の川縁、皆が堤防を築いていた場所に戻った。

 歓声が聞こえて来る。


 「やったぞ!」

 「水位が下がった!」

 「女神様のおかげだ!」

 ココが第四隊長の前に降り立つ。傍らにはエンアンがいた。


 「ココちゃん。やったな!」

 エンアンが嬉しそうにココの小さな両手を掴む。エンアンの行動を発端として、皆がココに押し寄せてきた。


 「ちょっと! おっちゃん! パパから伝言や! 今すぐに宮殿に避難しろって! 街の人全員や! わかったかちゃ!」

 第四隊長はココの発言に疑問を感じた。街全体は平らで、逃げることの出来る高台は無いはずだったが、ココの言葉を信じることにした。先ほどから恐ろしいほどの力を見せつけられている。


 「皆の物! 女神様が宮殿へ待避するようにおっしゃられた! 今から待避を開始せよ! 近衛隊第四隊は皆の誘導にあたれ! 一般兵は一軒一軒待避を伝えろ! 物は持つな! 良いな!」

 第四隊長は大声で叫び、兵を動かしていく。兵は誘導を開始するが、人々は疑問を口にする。


 「でも宮殿に行っても水は来るだろ」

 「宮殿は余り高くないぞ」

 当然の発生する疑問であるが、第四隊長は大声で否定する。


 「女神様のお達しだ! ごちゃごちゃ言わないで避難しろ!」

 民衆は女神という言葉に弱いのか、ゆっくりと避難を開始する。


 「水に飲まれるならば皆一緒の方がいいかもな」

 後ろ向きの意見も聞こえて来るが、仕方の無いだろう。

 ココは民衆に見送られながら、川岸を後にした。宮殿まで飛竜のベコルアを連れて飛んで行く。轟音が聞こえて来ると、兵達は大歓声で迎えてくれる。


 ココは異変に気が付いた。宮殿が丘の上に建っている。見渡す限りの大平原だったはずだ。


 「ココ! ここだ!」

 ココは両手で手を振るアッシュールを見つける。

 「パパっちゃ!」

 ココはアッシュールに向かって落下を始める。途中で翼をしまい、アッシュールの胸に飛び込んだ。


 「パパ、水を流して来たっちゃよ!」

 「よくやった! さ、おいで」

 アッシュールはココを地面に降ろす。


 「ココちゃん、お帰り」

 ルージャはココの頭を撫でる。


 「あ、おねえちゃん」

 「ココ、静かに。キユネさんは祈りの途中なんだ。いま、必死にみんなが水から逃げる場所を作ってくれているんだ」


 キユネは王やルガング以下皆が見守る中、一心不乱に祈りを捧げている。祈り、後に小さな地震。宮殿が建つ地は徐々に丘に変わり始めている。


 「申し上げます! 民衆の避難を開始いたしました!」

 「ご苦労、第四隊長。驚いただろう。まさか宮殿が丘になっているとな。王も義弟殿、近衛隊長、少しよろしいか」

 ルガングの求めで主だった面々が集まってきた。


 「義弟殿、川の様子はどうです」

 ルガングはアッシュールを見る。


 「代わりに報告いたします。王弟殿の娘様のお力により川の一部を崖下に流れていきました。水位は一時期より下がりましたが、今は徐々に上昇しています。避難は必要かと思います。娘様の登場に皆々が女神様が来たと、評判です」

 第四隊長が報告する。ココは少し照れる。


 「よくやった、ココ。ありがとう」

 アッシュールはココの頭を撫でる。


 「第四隊長、避難なのですが病人とご老人はどうしています。自力で逃げることの出来ない人々を見殺しにしないで下さい」

 アッシュールは第四隊長を見る。


 「細かな指示はしておりません。至急対応いたします」

 「近衛隊長、荷駄馬車を出せ、二台あるだろ。問答無用で荷駄に乗せろ。老人、病人、子供は一階に収容しろ。王、申し訳ございませんが、病人を王付きの薬師に当たらせます。義弟殿、貸しですぞ。よし、行け。一般兵第一師団が揃っている。使え」

 ルガングの指示で第四隊長は去ろうとしていた。


 「ちょっと待って、必ず、慈悲深いルガング王子の命令だ、と付け加えるように。必ずお願いします」

 アッシュールは近衛隊長をみると、近衛隊長は嬉しそうな顔をした。アッシュールの意図をわかってくれたようだ。今後、街はかなり混乱するはずだ。少しでも王家の人気が上がればいい。


 「さて、これからどうする、義弟殿」

 ルガングはアッシュールを見る。

 「まずは炊き出しの準備を。徹夜の作業になるんじゃないですか。冷えてきますし、民衆への施しも必要でしょう」

 ルガングは渋い顔をする。


 「お前さんは金がかかるな。施さないと義弟殿は嫌な顔をしそうだな。わかりましたよ。やりますよ。頼みます、近衛隊長」

 「は。第二隊長! いるか! 大鍋で粥を作れ! 兵や民衆に炊き出せ! 残っている師団を使え!」

 第二隊長も去って行った。


 「エルニカはどうなりました。宮殿に被害が出ているように感じます」

 アッシュールはルガングを見る。ルガングが近衛隊長に報告せよと命ずる。


 「リムリーギ第三王子が人狼となり、宮殿内へ攻め入ってきました。後に我が町の民衆数十名が死人や白骨の状態で宮殿に攻め入りました。姫様が宮殿内の石像に命を吹き込み、撃退しております。この戦いで、執政官以下二階にいた宮殿勤めの大半が死亡いたしました」

 ルガングは顔を顰める。

 「オヤジ殿が亡くなったのか。そうか」

 「残念ながら、惜しい方を無くされました。リムリーギ第三王子も亡くなられています」

 ルガングは小さく頷いた。


 「リムリーギは弱い心を突かれたのだ。あの馬鹿ものが」

 王は渋い顔をする。


 「賊の首領と思われる人物は、地下の洞窟へ移動していました。姫様が扉を閉じて下さいました」

 「姿を見たか」

 ルガングの問いに、近衛隊長は首を振った。


 「扉を閉めた後、男性の声が聞こえました。男性は姫様に首を洗って待っていろと言い放ちました」

 アッシュールは頷いた。


 「王様、川の上流に街ですが、恐らく川の水に流され、大量の死者が出た模様です。大量の死者の魂が一気にルージャに流れ込みました。竜の力の源はこの地に住む人々が生を全うしたあとの魂なんです。一気に流れ込んできて、ルージャは危険な状態になったためのように眷属である飛竜を巨大にし、竜の血の力を使うことで平静を保っています。エルニカの作り出した何者かも、多量の魂を纏い、恐ろしい化け物になっているはずです。民衆を収容次第、警備が必要かと思います」


 王はアッシュールを見る。


 「あの化け物は来るのか」

 「わかりません。来ると思っていたほうがいいでしょう。キユネさんに売り言葉を掛けたようですし」

 アッシュールは王に向う。


 「わかった、義弟殿。避難が終わったら交代で見張りを行うよ。では、各々方、炊き出しが出来たら食べてくれ」

 ルガングは皆の解散を宣言した。しかし、皆は場を離れず、一心不乱に祈り続けるキユネを見守った。キユネはひたすら祈り続ける。千年近くキユネは祈り続けた姿を皆が目の当たりにしている。


 「お姉様、お姉様!」

 ルージャはキユネに近づく。


 「もう良いわ、お姉様。もう力が無いじゃない。もういいわ」

 ルージャはキユネを立たせるが、キユネは体に全く力が入らない。


 「四代目、来てくれたんですね。私の竜の力は全て使い果たしました。ようやく、死せる短命になれました。後はお任せいたします。エルニカを討ち取って下さいませ」

 キユネは力なくルージャに体重を掛ける。ルガングが近づいて来て、抱き上げた。


 「よくやった、キユネ」

 キユネは首を振る。

 「私はもう竜の血の力がありません。お力になれないかと思います」

 「十分だ。落ち着いたら式を上げようぞ。いまは二階で休め。義弟殿も、休めるうちに休んで下さい。明日から陣を構えて待ち構えますぞ」


 アッシュール達は二階の部屋に戻る。ベコルアは一度グアオスグランの中に入って貰った。

 アッシュールは窓から外を見る。民衆が続々と宮殿にやって来た。夜半になり、新たな避難民は居なくなった。雨は未だに強く降りしきる。


 アッシュールとルージャ、ココは一緒のベッドで寝た。明日からエルニカとの戦が始まるかも知れなかった。アッシュールは気が高ぶったが、ルージャの綺麗な寝顔と、可愛いココの寝顔を見たら眠くなった。


 翌朝、鳥の鳴き声で目を覚ました。雨は降り止んだが、宮殿は巨大な湖に浮かんでいた。。雨が川を氾濫させ、宮殿の廻りに湖を作り出したのだ。


 アッシュール達は外に出る。城壁の上に登ると、辺り一面水しか見えなかった。世界が全て水に飲み込まれたのだった。


 「パパ、凄い水っちゃよ。でも見てっちゃ。道は歩けそうっちゃね」

 「やぁ、おはよう。義弟殿。こっちの街道は通れそうだな。北側は水浸しですわ。奴さんが攻めてくるとしたらこっちですかね。参ったな、兵を開いて置く場所が無いですね。水浸しだ。城壁の前に兵を置くしかないな。しかしだ。街は完全に駄目だ。まだ助かったわけではないが、命があるだけでも良しとするか。奴さんのおかげで全てが滅茶苦茶だ」


 ルガングがため息をつく。アッシュールは何を言って良いのかわからない。

 アッシュールが頷いたとき、城壁からルガングを呼ぶ声が聞こえてきた。


 「ルガング第三王子様! 王弟殿にお会いしたい者がいるそうです。緊急のため、追い返しいたします!」

 兵がルガングに告げる。

 「ちょっと待って、会いますよ」

 アッシュールとルージャ、ココ、ベラフェロは兵の後に付いていくと、荷物を抱えたエンアンがいた。


 「アッシュールさん。これを」

 エンアンはずた袋に入った荷物を差し出す。

 後ろには頷きながら見守るララクがいた。ララクは戻って着たようだ。


 「エンアン、いいのか」

 エンアンは頷く。

 「エンアン、ルージャ、手伝ってくれ」

 エンアンはずた袋から鎧を取り出した。赤い鱗で出来た竜の鎧だ。


 エンアンは脛当てをルージャに手渡す。ルージャはアッシュールの脛に装着する。次に

佩楯、腰の防護具を装着する。籠手、胴丸、首輪、袖。ルージャはしゃがみ込みながら順に装着させていく。皆息を飲んで見つめている。出陣だ。最後の戦いに出向く。そのような想いが見ている者にこみ上げてくる。鎧には王者の風格があった。アッシュールの着ている鎧は初代の竜の遠征を取り仕切った棟梁が着ていたものである。革の上に赤い鱗が配された鎧だ。鱗はくろがねだろうか。皆、古式ゆかしい鎧に目が離せない。鎧とは違った防具であった。


 エンアンは面をルージャに手渡す。ルージャは立ち上がり、面を受け取る。ルージャはアッシュールの方を向くと面をアッシュールに付ける。面と行っても、鼻から口を覆う防具だ。


 「素敵よ、アッシュール」

 ルージャはエンアンから兜を受け取る。


 「パパ、パパ。かっこいいっちゃ。本当に、竜に見えるっちゃよ」

 ココも笑みを浮かべながらアッシュールを見上げる。

 ルージャが手を伸ばし、アッシュールに兜をかぶせる。兜は竜を形取っていた。ルージャの目には竜が人型をとったように見えた。


 「棟梁様、片膝を突いてくださいませ。四代目、棟梁様の前にお立ち下さい」

 アッシュールとルージャは不思議そうにキユネを見るが、言われる通りの姿勢を取る。


 「皆の者、控えよ。竜の眷属どもよ」

 キユネが細い体から出る声と思えないような大きな、通る声を出す。皆、静まりかえってキユネに注目する。


 「この場にいる全ての者は、私の姉、始まりの竜である赤い世界の始まりより付き従い、命を育んだ竜の眷属である。今、棟梁様が戦の甲冑をお着になられた。今より、古き理により赤い世界の名において、棟梁様が戦に出られることを宣言いたす」


 兵達はアッシュール達に集まってきた。避難をしてきた民衆も集まり、キユネの言葉に耳を向ける。


 「棟梁様、竜の剣をお貸し下さい」

 アッシュールはグアオスグランを抜き、キユネに渡す。


 「四代目、お手を。少し指を切ります」

 キユネはルージャの右人差し指の皮を薄く切る。指に微量の血が浮かぶ。


 「四代目、血を兜にお流しください」

 ルージャは人差し指の血を兜に付ける。


 「四代目、出陣の言葉をおかけ下さいませ。我に成り代わり、逆賊を殲滅せよと」

 ルージャは息を吸った。アッシュールの鎧はルージャの、竜の血を吸うことで竜の血の力が高まっているように見えた。ルージャの言葉を加えることで、更に力が増すと確信した。竜の力の発現は、決まった言葉ではない。真摯な祈り、心から出る言葉を放つことだ。


 ルージャはアッシュールを立たせると、両手を握った。


 「私も、一緒に戦います。この街を、皆を護って下さい」

 ルージャがキユネからグアオスグランを受け取り、アッシュールに手渡すと、見ている皆、宮殿にいる人全員の胸を何かが通り過ぎて行った。通り過ぎた後、皆の心に熱い物がこみ上げてきた。


 側にいたルガングにも、王にも胸を打つ何かが通り過ぎた。


 「義弟殿、いや棟梁殿。出陣の檄を飛ばして下さい」

 ルガングは剣を抜いて空高く示すよう促す。


 「指揮官はルガングさんですよ」

 アッシュールの言葉にルガングは首を振る。


 「その鎧を着る前は確かに俺が指揮官です。でも、もうそうはいかないな。間違い無く棟梁殿が指揮官です。じゃぁ私がやりますよ」

 ルガングは皆の方を見まわした。誰もが息を飲む。


 「皆の者! 我々は今、千年前に行われた竜神のご光臨を目の当たりにしている!」

 アッシュールはルガングの言葉に焦り始める。竜神の降臨など大げさだ。昔の古い鎧を着ただけなのに。


 「お、おい大袈裟だよ。王家の権威が」

 ルガングはアッシュールの言葉を無視し続ける。これから、苦しい戦いが始まる。相手が人であれば、アッシュールを立てる必要はない。相手は化け物だった。兵達は比較的小さな大蛇でも恐れをなし、恐慌に陥った。兵は恐れが発生すると四散し、多くの兵が死ぬ。化け物に負けない鼓舞が必要だ。それルガングにとって劇薬だ。皆が認識するだろう。本当の王者はアッシュールだと。


 「皆の者、見ているであろう! 宮殿を護る、空に浮かぶ火の竜を!」

 ルガングは空を指差す。皆が大歓声発した。


 「火の竜は、ルージャさま、四代目であられる赤い世界という竜の眷属である! ルージャ様は尊い竜神様なのだ!」

 民衆からどよめきが起きる。ルージャは困ってアッシュールを見る。アッシュールはあきらめ顔だったのでルージャも諦めた。


 「ベコルア、火を空に噴きなさい」

 宮殿上に浮かぶベコルアは空に向かって大きく火を噴いた。民衆は大きく喝采する。


 「ああ、もう引き返せないっちゃね。竜神様夫婦のご光臨っちゃ」

 ココは笑みを浮かべながらベラフェロの頭を撫でる。


 「四代目の竜神であられるルージャ様は、たった今、目の前でアッシュール殿に戦の采配を申し渡された! アッシュール殿は竜の棟梁として、戦に向かわれる!」

 民衆がどよめく。


 「我々の街は卑劣な化け物どもによって水に浸かり、住めなくなった! しかし! 竜神様と、棟梁殿と共に手を取り新天地へ出向こうぞ! 打つは逆賊エルニカと化け物がもう一匹!」

 ルガングはアッシュールを見る。アッシュールは嫌そうな顔をするが、剣を上げろというルガングと、民衆の期待に負けてしまった。


 「出陣!」

 アッシュールがグアオスグランを天に掲げると、地鳴りの様な声が宮殿に響き渡った。


 「おおおおお!」

 「弓兵三百は城壁へ! 近衛兵第一隊、第四隊と第一、第二師団は城壁の前へ! 残りは城壁内で待機! 急げ!」

 近衛隊長の指示で兵達が動いていく。


 「ルージャ、じゃ行ってくる。ココは弓で僕の補助を頼む。飛んでもかまわないが、戦には参加するな。いいかい。ベラフェロはココのお守りを頼むよ」

 ココはこくりと頷く。ベラフェロはアッシュールの顔を覗き込む。

 正直、ココの弓は非常に強く、遠距離からの狙撃に向いている。アッシュールは子供に人を殺させるのは駄目だと思う。


 「ルージャは城壁からベコルアを操ってくれ。ベコルアで、速やかに決着を付けたい。火を吐くトカゲのような怪物をつれて来られていたら最悪だ。密集して戦う兵と相性が悪すぎる。何を連れて来るのかわからないが、問答無用でやっつけてくれ」


 「わかったわ。アッシュール、死んじゃだめよ。じゃタルボさんとカルボさんを連れて来るわね」

 ルージャはアッシュールの手を握る。

 「俺たちはアッシュールの側にいるぞ」

 振り向くとララクとジアンナがいた。二人とも槍を持っている。


 「ララクさん、僕がカルボに乗りますから、タルボに乗って下さい」

 「おう。二人で駆け抜けるか」

 ララクは槍を打ち鳴らす。


 「ジアンナさんは城壁でルージャとココを頼めませんか」

 「あら、私は夫と一緒でも構いませんよ」

 アッシュールはジアンナに向かって首を振る。


 「戦の最前線に出るのは男の仕事です。今更ですけどね」

 「アッシュちゃんが言うならしかたないわ。あなた、アッシュちゃんの足を引っ張ったら駄目よ」

 「大丈夫だ。俺たちの槍は鋭いから」

 ララクは頷きながらジアンナを見る。


 「タルボさん、カルボさん、アッシュールとララクさんを護るのよ」

 カルボは大きく嘶いた。アッシュールが頭を撫でると落ち着いた。タルボはアッシュールに頭を擦り付けてきた。ララクがカルボに騎乗すると、アッシュールもタルボに騎乗した。


 アッシュールとララクは門から外に出る。右手が川になる。川の氾濫は収まりつつあるが、川から右手は完全に湖となってしまっている。川の左手は宮殿が隆起したために水が捌けているが、兵を広く配置できる状態では無かった。


 アッシュールが門を出ると、兵は二つに割れてアッシュールの為に道を空ける。アッシュールとララクは兵の最前列に出た。最前列には近衛隊長が槍を持っていた。

 アッシュールは近衛隊長の胸当てを叩く。近衛隊長は顔を引き締めるとアッシュールの胸当てを叩いてくる。


 「頼みます、相手は化け物です。近衛隊長。生き残って下さい」

 アッシュールは頷く近衛隊長。アッシュールは兵達の方を向く。


 「これから、戦う相手は人外の魔物である!」

 アッシュールは高らかに声を上げる。アッシュールは魔物という言葉を口にした。四つ腕の灰色熊はそう名乗っていた。アッシュールのこの言葉以降、人外の怪物は魔物と称されることとなるのは後の時代のことである。


 「相手は、人の身で有りながら魔物を造り出した! 魔物を造り出すために幾多の人々が殺された! 君たちも川が氾濫し、街に住むことが出来なくなったが、北にある街は残念ながら魔物の為に全滅している!」

 兵達は固唾を飲んでアッシュールを見る。


 「我々は、この大地に住む最後の人だ! 我々は生き残り、子を産み、麦を育てこれからも生きていく! 我々が負けると、この大地に人はいなくなる! この大地は我々のものだ! 魔物のものでは無い! 千年も昔、竜神から我々に賜った大地なのだ! 我らはこの大地を護り、次の子供達に渡さないといけない!」

 兵達ははっとしてアッシュールを見る。戦いの意義が見えてきたのだ。


 「決して倒れても、後ろを向くな! 後ろは愛する妻や! 子供や! 家族が居る! 我々は撤退は許されない!」

 何人生き残れるのか。アッシュールは唇を噛みしめながら、次の言葉を吐かねばならなかった。本当の悪魔は自分かも知れないと、アッシュールは感じる。


 「例え死しても、後ろを向くな! 必ず仲間が魔物を討ってくれる! この大地を、愛する家族を護るのだ! 仲間を信じて前へ進むのだ!」


 アッシュールは槍を突き上げる。

 兵達は大歓声で答える。


 「アッシュール、来たぞ。大蛇どもがうようよしている。空には光る鳥がいるぞ」

 ララクがアッシュールに耳打ちする。


 「戦える者は胸を打ち鳴らせ!」

 アッシュールは胸を叩き、胴丸を打ち鳴らす。兵達の胸を打ち鳴らす音はまばらだ。


 「進むことの出来るものは足を打ち鳴らせ!」

 アッシュールは足の代わりに槍を地面に打ち付ける。今度は音が大きくなる。


 「戦える者は胸を打ち鳴らせ!」

 二回目は「おおおお」という声と共に胸が大きく鳴らされる。


 「進むことの出来る者は足を打ち鳴らせ!」

 「おおおおお!」

 大音量の声と、地面を打ち鳴らす音が響く。


 「凄いっちゃ」

 ルージャとココは城壁に立ち、アッシュールの檄を聞いていた。兵達が何度も胸を叩き、足を踏みならしている。地面が割れ、大蛇が這い出てきた。同時に光る鳥が上空に待機し始める。


 「さぁ、始まりよ。ベコルアさん行くわよ。まずは空に飛ぶ目障りな彼奴等をやっつけなさい!」

本分が書き終わったので、長尺でアップいたします。

さぁ、最後の決戦です!

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