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第6章 神殿 その6 赤い世界の秘密

 牢の対面の壁は、びっしりとレリーフが刻まれていた。細長い窓から差し込む陽で、レリーフが浮いて見えた。レリーフの文様は竜や人のようだ。洞窟も刻まれている。


 「このレリーフは赤い世界の一族の歴史が刻まれています。一番上に火山が見えるかと思います」

 キユネフルーガスは一度言葉を切ったあと、蕩々と話し始めた。


 「初代は竜の島でお生まれになりました。島には竜が沢山住んでいました。竜は体が大きく、生きて行くには大量の食べ物が必要になります。島には食べ物となる獣がいなくなり、次々と竜は死んでいきました。初代は島に集魂の結界を張り、血の力の維持につとました」


 「しかし、島だけの集魂の結界では足りず、また住んでいる人も増え、移住を決意しました。初代は私に洞窟堀を命じます。洞窟がこの宮殿まで到達したら皆で島を出ました」


 「全てを取り仕切ったのは棟梁です。棟梁は人なのか、竜なのかはっきりしません。同行は竜が飛ぶ時の供回りの者、特別に竜の血の力を使うことを許された雨降と配下の隠し剣、そして民衆を率いた護衛です」


 「島は水に乏しく、また火事が起きやすいため雨を降らすことが必要でした。雨を降らすことの出来る者も、ほとんど竜の様な人でした。護衛に、竜の隠し剣という息の根を止める力を持つ者を付けています」


 「地下の街で暮らしながら、私はさらに地上へ出るための洞窟を掘りました。掘り終わると大陸に出ました。大陸は草も木も生えない荒涼たる土地でした。初代は大地に祝福を与え、木々が育ち、草が生える緑豊かな大陸に生まれ変わりました」


 「初代は集魂の結界を張りました。棟梁は山の盆地へ、飛ぶ時の供回りの者は森へ、雨降と隠し剣も森へと移って行きました。民衆を率いた護衛は平地に、川沿いに住むことを命じられました」


 キユネフルーガスは一度口を閉じた。


 「集魂の結界って何ですか」


 「棟梁さま、死者の魂を竜に集める結界です。竜の血の力は、集められた死者の魂なんです。川沿いに住んでいる人達は、魂を集めるために住まわされた人達です」


 「そうか、だから祈りの言葉が、竜の中に入り込むような言葉になっているのか」


 「棟梁様、その通りでございます。しかし、三代目の御代になると初代の考えたからくりか狂って来ました。街の人が増えすぎて、三代目に必要以上に魂が入り込んだのです。三代目は私の前で血を吐き、体がふくれあがり破裂して亡くなりました。川が氾濫することで必要以上に人口を増やさないようになっていたのですが、最早街は大きく、竜の体では魂を受け入れられなくなっています。四代目の姫様、望んだのかわかりませんが竜の血の力を剣に移し、代わりに血の力を失ってしまったのは生きるために仕方のない事かと思います」


 「ご先祖様が守ってくれたのかしらね」


 「姫様、短命にならないと生きて行けないのです。竜の形のままに結界を解くと、あっという間に血の力が尽き、動けなくなり死に至るでしょう」


 「エルニカが持ち去った集魂の石は結界を張るための石ですか」


 「棟梁様、その通りでございます。初代は集魂の石を沢山作り、この宮殿に安置していました。初代の血から生まれた集魂の石ですが、既に最後の一つとなっています」


 「アッシュール、集魂の結界を解いた方がいいわ。私は既に短命になっているし、アッシュールもグアオスグランに今以上の力は必要ないでしょう」

 アッシュールは頷いて同意する。


 「姫様、では集魂の石を割ってくださいませ。」


 「おいおい、ちょっと待ってくれ。俺たちは死んだら竜の元に帰ると言われて育ってきたんだ。俺たちが死んだら魂はどうなるんだ」

 ララクがキユネフルーガスに詰め寄る。


 「棟梁の眷属の方、魂は大地に吸収され、消えていくと思います」

 キユネフルーガスがララクを見る。


 「そうか、なんだか寂しいが仕方ないな」

 キユネフルーガスは小さく頭を下げた。


 「なるほど、大体わかりました。エルニカは集魂の石を持ち出し、死者の魂を集めることによって新たな竜の様な存在を作っているのか。竜の血の力は祈れば、不思議な力が与えられる所があるから、出来るのだろう。キユネフルーガスさん、集魂の石に魂を集めることは出来るのでしょうか」


 「棟梁様、私ではわかりかねます」

 「キユネフルーガスさん、概ねわかりました」


 「棟梁様、では私の首をお刎ね下さい。棟梁様の村の鎮魂とさせて下さい。棟梁の剣であれば、私を斬れると思います」

 キユネフルーガスはアッシュールの前に膝を突き、頭を垂れた。


 「ちょ、ちょっとアッシュール」

 ルージャは驚いてアッシュールを見る。キユネフルーガスが本気で死ぬつもりなのを知り、驚いているのだ。竜の一族の言葉に、裏はない。ルージャが一番知っている。


 「キユネフルーガスさん、あなたに罰を与えます。いいですか」

 「はい。ようやっと初代の任から解放されます。最早掘る場所も無く、無意味に時を過ごしておりました。私の役割はないのに、死ぬことが許されておりません。ありがたき幸せです」

 キユネフルーガスは目を閉じた。


 「パパ、パパ!」

 ココも二人の言葉が本気なのを知り、アッシュールに詰め寄る。


 「キユネフルーガスさん、あなたはルージャのように剣を振るったり、一緒に荒野を旅したりする体力は無いように思います。違いますか」


 「棟梁様、その通りでございます。体を動かしたことなどありません」

 「料理や洗濯、畑仕事など出来ないですよね」


 「はい、した事がありません」

 「では、この中であなたの世話を出来るのは一人しかいません。僕たちはこれから世界の果てまで旅を続けます。あなたを連れて行けないと思うんです」


 「パパ!」

 「アッシュール!」

 ココとルージャはアッシュールを見る。アッシュールはルガングの方を向き、にやりと笑う。


 「赤い世界の護衛の妻となり、人として生きて下さい。これより、初代の命令は無効といたします。護衛と共に年を取り、人の子を産み、共に生きて下さい。あなたの竜の血の力をこれから奪います。人として生き、短命の死ぬべき運命を受け入れて下さい。これがあなたへの罰です。あ、そのトカゲは出しちゃ駄目です」

 ララクが吹き出した。


 「そりゃいい、ルガングさん美人でいいじゃないか」

 「おい、棟梁殿、話が早すぎるぞ」

 ルガングは慌ててアッシュールに詰め寄る。


 「さっき美人だって言っていたじゃないですか。すごい嬉しそうな目で見てましたよ。僕たちは連れて行けないし、そもそもルージャもいるし、ララクさんだってジアンナさんという綺麗な奥さんもいるし、独身なのはルガングさんだけです。ルガングさんの宮殿なら料理も洗濯もしなくていいでしょう」

 キユネフルーガスが立つと、トカゲが壁の石材に戻った。ゆっくりとルガングの前にたち、ルガングの両手を持った。


 「赤い世界の護衛。いやルガングさま。私ではお嫌でしょうか。お嫌でしたら、首を刎ねていただきとうございます」


 「凄い殺し文句ね。でも綺麗で少し嫉妬しちゃうわ。でもおめでとう、王子さん」

 ジアンナはキユネフルーガスを見て微笑む。


 「よ、よろしく」

 ルガングは目を白黒させながら答える。


 「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」

 キユネフルーガスはルガングに抱きついた。


 「キユネフルーガスさん。準備はいいですか」

 アッシュールはグアオスグランを抜く。


 「はい、棟梁様。私の竜の血の力を奪ってくださいませ」

 アッシュールはキユネフルーガスの頭上を、グアオスグランをで薙いだ。


 アッシュールは目を開けると、草原の上に立っていた。風が吹いた。風は初夏を思わせる心地の良い風だった。左右を見まわす。ベラフェロが裾を噛み、歩みを促す。


 「ベラフェロ、ここはキユネフルーガスさんの中かな」

 ベラフェロは裾を離すと、前を歩いて行く。しばらく歩くと、祠があった。小さい祠だ。石が安置してある。石は瑪瑙のようだったが、拳四つ分はあろうかという大きさだった。


 「キユネフルーガスさん」

 アッシュールは石を両手で持つと、手を通して雑多な記憶が流れ込んでくる。朝食、夕食、川遊び、結婚式、雪遊び、葬式、病気、怪我。記憶の主も老若男女入り乱れている。石そのものが多様な記憶を持ち、アッシュールに人生の記憶を語りかけて来る。魂だ。人々の魂の塊だった。


 「集魂の石じゃないかしら」

 アッシュールが振り返ると、ルージャがいた。


 「永遠に洞窟を掘るよう、集魂の石を埋め込まれたのかしら」

 ルージャが頭をかしげる。


 「僕は集魂の石がキユネフルーガスさんじゃないかと思うよ」

 「おばさんは死にたがってわね」


 「千年とか生きていたんだろ。最初の頃は地下の街に誰か住んでいたのだろうけど、ほとんどを一人で生きていたんじゃないかな。目的も無くさ。死にたい気持もわかるけど、僕は人を裁くのは嫌だし、出来れば生きて欲しい」

 ルージャは頷いた。


 「花嫁に対しておばさんは無いと思うんだよ。ルージャの姉で良いんじゃない。全滅した竜の村の生き残りということで」

 アッシュールは集魂の石を祠に納める。


 「わかったわ。お姉様。聞こえるかな。私の事を四代目っていっちゃ駄目よ」

 ルージャは集魂の石を右手で撫でた。


 「グアオスグラン、集魂の石を小さくしたい」

 アッシュールはグアオスグランを集魂の石に当てると、三つに割れた。アッシュールとルージャはそれぞれかけらを手に持った。かけらでも両手では持てない大きさだ。ルージャが持った集魂の石は消えて無くなった。


 「私の中に吸収されたわ。初代が作った石なのかしらね」

 「さぁ、戻ろう、ルージャ」


 アッシュールはルージャからザックを受け取ると、集魂の石を入れ、背負った。

 目を開けると、アッシュールの視界にキユネフルーガスが入ってきた。


 「あなたの竜の力をかなり制限しました。これから、ルージャの姉として生きて下さい。何か言われたら、僕と一緒で竜の村から来たと言ってください」

 アッシュールはキユネフルーガスに竜の村の話をした。麦がよく実ること、パンを焼くこと、麦酒を飲むこと、竜を祀っていること、全滅したことなど。話をしていて、郷愁で胸がいっぱいになった。


 「いてて」

 アッシュールは腹を押さえて座り込んだ。


 「アッシュール、大丈夫か。外の空き家で休もうか。ジアンナ、アッシュールの肩を持ってくれ。ルガングさんはあっちの家で休んでくれな。新婚さんだしな」

 アッシュールが向かう家から離れた家を指刺す。

「お、おい」

 ルガングは慌てるが、アッシュール達はかまわず一番近い民家に入り込んだ。民家は石を積んで作ってある。居間と寝室があるだけの小さな家だ。


 寝室と言っても、部屋があるだけだった。ルージャはアッシュールが背負っているザックから着替えを取り出し、床に敷いて布団代わりにした。


 「大丈夫、アッシュール。まだ傷が痛むのね。姉さん、本当に死ぬ気だったわよね。救ってくれてありがとう」

 アッシュールは脂汗を掻きながら頷くと、床に寝転んだ。アッシュールは目を閉じると、そのまま眠りについた。


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