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第6章 神殿 その2 依り代

 「ほう、竜神の木とは何かな。そのようなものは隠し村には無かったはず。覗かせて貰うぞ」

 エルニカは右手でナンムの頬を大きく叩く。体の軽いナンムは部屋の左壁まで吹き飛び、口から血が出る。エルニカはナンムの髪を掴み、もう一度右手で頬を叩く。


 「が」

 ナンムは叫ぶことが出来ず、左耳が聞こえなくなっていることに気が付いた。


 「おとなしくしろ」

 エルニカは左手でナンムの顎を押さえ、右手を頭の上に載せる。


 「なるほど、お前は既に雨降ではないのか。何年も前に竜に会っているのだな。ふむ。竜が、竜じゃないな。竜の村の生き残りでは無いか。何者なのだ、生き残りは。お主、既に竜の力の大半を奪われていたか。まぁよい。それでも我と同じくらいの力ではないか。ほう、この木が竜神の木か。お主の精神に生える木か。生き残りが何者でも、雨降でなくても関係なかろう」


 「止めて、頭を覗かないで! 止めて!」

 ナンムの叫びが部屋中に響き渡るが、エルニカは意に返さない。エルニカはナンムを床に押しつける。ナンムは逃げようとするが、喉に食い込むエルニカの左手の力が強くて外れない。


 「集魂の石を受け入れよ、ナンムよ」

 エルニカは右手でナンムの服を剥いでいく。ナンムの未成熟な胸があらわになる。


 「竜の盆地の若造でも良いのだ、依り代は」

 エルニカはナンムから手を離し、右手に集魂の石を持つ。


 「え」

 ナンムは驚き、アッシュールの顔を思い浮かべる。


 「お主の想い人でも良いのだ、依り代は。選ぶが良い。お主か、想い人の生き残りか。我はどちらでも良いのだ」


 「そ、そんな」

 ナンムには選びようが無かった。アッシュールに、恋い焦がれるアッシュールに、エルニカを近づけたくなかった。エルニカはナンムの先代の雨降だった。隠し村で多々の人殺しを行い、怪しい儀式を行った咎で放逐されたのだった。本来では処刑だが、竜の血の力が強く、誰にも手が出せなかったのだ。


 ナンムの胸に、アッシュールの逞しい腕の感触が蘇る。一緒に馬に乗り、アッシュールの体温を感じながら街まで旅をした。幸せだった。アッシュールにはルージャがいて、想いが実ることはないが、初めての想いに心が温かくなった。ナンムは無条件でエルニカの要求を受け入れた。心が抵抗を止めてしまった。


 エルニカは目を細め、集魂の石を取り出した。


 「集魂の石よ、今こそ蘇れ。集魂の石に魂を集め、本来の姿を現せ。集魂の石よ、隠し村の雨降ナンムの竜の力を用い、魂を集めたまえ」

 エルニカは集魂の石を両手に持った。寝そべるナンムの横に座り、集魂の石をナンムの胸に押し当てた。


 「集魂の石よ、隠し村の雨降ナンムの胸を裂きたまえ。集魂の石の本来の住処である心の蔵へ向かい給え」

 ナンムは恐怖で目を見開いた。呼吸が荒くなる。死ぬ。ナンムは覚悟した。さようなら、アッシュール様。アッシュール様。アッシュール様。


 ナンムは恐怖に負けそうになり、何回もアッシュールの名を呼んだ。ナンムの目から涙がこぼれた。さようならアッシュール様。もう一度会いたかった。


 エルニカはナイフのように、集魂の石をナンムの胸に突き刺す。鋭利な刃物でもないのに、ナンムの胸を引き裂く。


 ナンムは胸に激しい痛みを感じた。口から血が沸き出てくる。呼吸が止まったのを感じた。血液は既に体を巡っていない。もう殺して、殺してと叫んだ。もう死んでいるでしょう、死を与えて、死を与えてと必死で叫んだ。ここで死なないと、私はおかしな物に変えられてしまう。


 エルニカはナンムの肋骨を両手でつかみ、一気に開いた。ナンムの肋骨が開き、大量の血が流れ落ちる。エルニカは鼓動するナンムの心の蔵を見つけると、集魂の石を押し当てた。


 「が、は」

 ナンムは叫ぶことが出来なかった。心の臓が止まった。ナンムは自らの意識で死んだと理解したが、一方で無理矢理生かされていることも理解した。胸が燃えるように熱くなった。


 「こ、殺して」

 ナンムが懇願するが、エルニカはかまわず心の蔵に集魂の石を押し当て、同化させた。

 ナンムの体に何かが巡り始めた。瞬時で理解する。良くないものだ。


 「や、やめて」

 エルニカはナンムの懇願を無視し、立ち上がる。眼下には血みどろになり、肋骨がはみ出た少女が横たわっている。心の蔵は青黒く光っているが、鼓動していない。


 エルニカが右手を挙げると、ローブの男が縄で繋がれた中年の男女と、小さな男の子を連れてきた。意識が無く、無造作にナンムの横に並べられる。


 「最初は親族が良いのだ」

 エルニカが呟く。


 「とうさん、かあさん、ナガル」

 ナンムは口から血を吐きながら、家族を見た。


 「安心しろ。薬で意識は無い。苦しまずにお主と一緒になれる」

 エルニカは父親の胸に剣を突き刺した。父親から微かに光る拳大の魂が、ナンムに動いてゆく。魂がナンムに入ると、力任せに開かれた肋骨が治っていく。


 「とうさん! 止めて!」

 エルニカは母親の胸に剣を突き刺す。魂がナンムに入っていくと、完全に傷は無くなり、痛みも引いた。


 「もう止めて! 止めて!」

 エルニカはナガル、ナンムの弟に剣を突き刺した。小さな魂がナンムに入って行く。微かに体が動く様になった。


 「止めて、止めて!」

 叫ぶナンムを横目に、エルニカは右手をあげた。

 隣の部屋で物音がした。横で両親と弟が剣で突き刺されたときと同じに聞こえた。


 「何をしているの、止めて!」

 ナンムは頭が割れるような痛みを感じた。頭を抱え、のたうち回る。何かが入って来る。何が入ってきたのか瞬時で理解出来る。隣の奥さんと旦那さん。近所の子供達。いつも畑仕事しているおばあさん。隠し村の人の魂だ。隣の部屋で、知り合いが殺されているのだ。


 「二番目は親しい人が、馴染みやすいのだ。生き残りの村での実験ではそれが分からず、村を皆殺しにしてしまった。生き残りは、お主より失敗する可能性が高いのだ。どうだ、同じ村の魂は。いま、横の部屋でお主の為に殺させている。魂が入ってくるだろう。もう聞こえぬか。そろそろだろう」


 ナンムは頭が割れるのを感じた。意識が真っ黒になる。頭が何者かに支配される。何も見えなくなる。私は自分で死ぬべきだった。私は、何者かに作り替えられた。ナンムの意識は激しい後悔の念とともに消えて無くなった。


残念ですが、ナンムに集魂の石を埋め込まれてしまいます。


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