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第6章 神殿 その1 ヘガルの死

第六章 神殿

 「来たか。通せ」

 男は立ち上がり、黒いローブの上から赤の袈裟を羽織る。袈裟は豪華な刺繍が施されている。部屋は古い巻物と羊皮紙に囲まれている。男は椅子に座り直した。


 「エルニカさん。返して貰いに来ました。あなたが持っているのでしょう。出して下さい」

 エルニカは目の前の少女を見る。人型の犬と、従者を連れているだけだ。エルニカは従者の名を思い出す。ヘガルという名だったはずだ。少女は見覚えが無い。頭が犬の人間も覚えがない。確か、隠し村にはいなかったはずだ。


 「エルニカ。集魂の石は隠し村の宝なのだ。返して貰おう」

 ヘガルがエルニカに詰め寄る


 「隠し村では使わないだろう? お主達は集魂の石が何なのかわかっているのか?」

 ヘガルは詰め寄るヘガルの前に右手を出し、牽制する。ヘガルは思わず立ち止まる。

 エルニカは少女を眺める。


 「ふん。血の力が強い。依り代にちょうど良かろう。竜の村の生き残った若造を捕まえるのに苦労しているからな」


 「エルニカさん。今なんと言いました?」

 「おや、知っているのかね。竜の村の生き残りを依り代にしようかと思ったのだが、お主でも良いかと思ったのだ。名を聞こう、少女よ」

 ナンムは大きく目を見開き、驚きの表情を見せる。


 「私の名はナンム。アッシュール様を、何かに使うつもりなのでしょうけど、私は許さない」

 エルニカはため息をつく。


 「あの生き残り、アッシュールと言うのか。安心しろ。ナンム、お主に決めた。こっちへ来い。来たら集魂の石を返してやる。本当だ。我々とて、集魂の石をどうやって使うのか、理解していないのだ」

 エルニカは警戒するナンムに手をさしのべる。差し伸べた手には、大小様々な指輪が趣味悪く付けられていた。


 「ナンム様、いけませんぞ」

 ヘガルはナンムの前に立ち、エルニカからの楯になった。


 「ナンム、お前は今代の雨降か。知ってるか。雨降と集魂の石は関係ない物なのだ。そもそも、数百年にわたり雨降を継承してきたが、何のためにあるのか理解出来ないではないか。何なのだ、雨降とは。隠し村は雨が多く、どちらかと言うと晴れが欲しいではないか。我々は新しい道を歩かねばならないのだ。前を向いて、進歩しなくてはならないのだ」


 エルニカの言葉に、ヘガルは怒りがこみ上げてくる。

 「何が進歩だ、笑わせるな。怪しげな実験と、人を殺めるのが進歩なのか。村では何人も殺して何が進歩だ。集魂の石をお主が行っている人殺しの実験に使うんだろう。決して許さぬ。エルニカ、お主は狂っている」


 「ほう、思い出したぞ。ヘガル、お主は竜の隠し剣だったな。人殺しが仕事の隠し剣から面白い言葉が出てきたな。お主には負けるよ、ヘガル。隠し村で最も竜の血の力が強く、眠った様に魂を抜き取るお主にはな。お主ならわかるだろう。雨降と隠し剣は同じ一族では無いか。お主の母親と父親は姉弟だぞ。私の両親は従兄弟同士だ。竜の血を血を薄くしないため、近親婚を重ねているではないか。お主の兄弟はお主しか育っていない。私の兄弟も一緒だ。兄と弟は気が触れて離れに監禁されているのだよ。むしろ、お主達のように頭が正常な方がおかしいと思わぬか。私は狂っているのを自覚しておるぞ。おかしいのは我々の一族なのだぞ、ヘガル」


 エルニカはほくそ笑むと、懐から拳大の宝石を出した。青白い瑪瑙の石だ。


 「ナンム様、気が狂ったエルニカとは会話が出来ません。力ずくで取り返します」

 ナンムは小さく頷くが、目は動揺の色が見える。


 「エルニカ、先代の雨降とて容赦はせぬ。死ぬがよい」

 ヘガルは胸の前で手を合わせて祈り始めた。


 「竜神よ、大いなる竜神よ、大いなる力でこの者エルニカの魂を捕まえ、御身の元へ返したまえ。この者は竜神の名を汚し、人を殺め、害悪この上なし。速やかに魂を捕まえたまえ」

 エルニカは胸を押さえ、必死に抵抗する。


 「ナンム、お主とて変わらぬでは無いか! お主も竜の力を笠に、人殺しを行っているのだ! 私とナンムと何が違うのだ!」

 ナンムは恐怖に引きつる。エルニカは集魂の石に力を込める。


 「集魂の石よ、迷えるヘガルの魂をここに呼び寄せたもう」

 エルニカが小さく呟くと、ヘガルは頭から倒れた。ナンムは慌ててヘガルを介抱するが、既に事切れていた。


 「エルニカさん! 何ということを!」

 ナンムはエルニカを睨む。


 「何をいう、ナンムが私を殺そうとしたからだ。違うか」

 エルニカが左手を上げると部屋に黒いローブの男が三名入ってきた。手には剣を持っている。


 「ウゥウゥウゥ」

 チパコが低く唸ると、体が一回り大きくなり、顔も幼犬から成犬へ変貌した。


 「ほう、犬のくせに術で自らの成長を止めていたのか。成長を止めて寿命を延ばしたのか。まあよい。やれ」

 エルニカは多少驚いたが、チパコを殺すよう指示を出した。


 「チパコ! 駄目! 逃げて!」

 ナンムは叫ぶが、チパコは棍棒を両手に持ち、恐ろしき力で黒ローブの男に、上段から棍棒を振り下ろした。棍棒は青白い炎を上げ、受けようとした剣ごと黒いローブの男を叩き潰した。黒いローブの男は頭蓋骨が変形し、即死した。


 「ウゥウゥウゥウゥウ!」

 「止めなさいチパコ、あなたもエルニカと同じになってしまう! 止めなさい!」

 「グゥワンワン!」

 チパコは唸り声と共に、二人目、三人目の頭を潰していく。三人目の頭は原型が残らぬほど潰れ、脳漿がナンムに降り注いだ。


 「駄目、駄目、駄目えええええ!」

 ナンムが叫ぶが、チパコはかまわずエルニカに近づいていく。


 「ふむ。犬よ、お主の寿命は既に尽きているではないか。不自然だ。自然に帰りなさい。犬よ。お主は自然の状態ではない。自然に帰るがよい。集魂の石に魂を戻すがよい」

 エルニカが小さく呟くと、チパコは左手で胸を押さえた。


 「集魂の石よ、哀れな犬の魂を救いたまえ。この犬は自らの呪いにより。摂理から離れてしまっている。集魂の石よ、犬に慈悲を与えたまえ」


 エルニカは集魂の石を両手で持ち、祈りの言葉を口にする。チパコは胸を押さえ、苦しそうに胸をさする。右手から棍棒が離れて落ちた。棍棒の奏でる音が、部屋の中に木霊する。


 「止めて、チパコは関係ないじゃない。止めてええええ!」

 ナンムは絶叫するが、チパコも頭から倒れた。ナンムは慌ててチパコを抱き寄せる。


 「チパコ、チパコ、死んじゃ嫌! 死んじゃ嫌!」

 ナンムの腕の中で、チパコは元々の犬に戻って行く。遠い昔、掛けられた祝福が徐々に消えていき、本来の犬に戻っていった。


 「私を守れって、竜神様に言われてたじゃない! 私が小さい頃、秘密の花園で竜神様に言われたじゃない! 駄目よ、死なないで! 私はひとりでは竜神の木を守れない! 遠い昔の約束じゃない! 駄目よ!」


 ナンムの願いは空しく、チパコは老犬となって動かなくなった。ナンムの言葉に、エルニカが眉をひそめた。


エルニカ初登場です。


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