第5章 蠢動 その10 人狼
・・・ワレノデバンダ。カラダヲモライウケル
アッシュールは獣の叫び声を上げると、腹の槍を引き抜く。
「うがががぁぁぁ」
アッシュールが咆哮すると、腹部の出血は止まり、傷口が塞がっていく。
「どうしたの、アッシュール、アッシュール!」
ルージャが背中からアッシュールを羽交い締めにする。アッシュールの上半身が盛り上がり、衣類を破く。腰のグアオスグランも床に落ちた。
アッシュールの顔が狼に変化していく。毛が生え、両手には鋭い爪が生える。
「人狼だ、ルージャさん離れろ!」
人狼アッシュールはルージャを突き飛ばすと、窓から外に出た。
外では、兵士とローブの男達がにらみ合っていた。人狼と化したアッシュールは、兵士とローブの男達の間に飛び出した。
「おお、人狼だ!」
仲間が人狼に変化したと思い、ローブの男達が歓声を上げた。
人狼アッシュールは槍を振り回し、三名のローブの男の命を奪う。六名残った。指揮官らしき男は副官らしき男に言伝すると、場を離れた。
人狼アッシュールは電光石火の動きで、正確にローブの男の心臓を突いて行く。ローブの者達は、殺されるとわかっていても動くことが出来なかった。ローブの者達は次々に心臓を突かれ、全員が即死した。
「何故街に人狼がいる」
兵を率いていたルガングは気を取り直し、再び叫ぶ。
「総員、人狼と距離を取れ! 絶対にかなわん!」
兵は人狼と距離を取る。兵達の腰は砕け、士気は極度に低下した。皆、震え、目には恐怖の色が見えた。
「王子さん! アッシュールなの! 殺さないで!」
ルージャは力一杯叫ぶ。
「なんと、あの時傷口から人狼の血が体に入っていたのか!」
ルガングは近づいてくる人狼アッシュールを避ける。兵達も道を空け、刺激しないように静観するが、一人だけ悲鳴を上げた兵がいた。人狼アッシュールはその兵をじろりと睨むと、兵は失禁し、気を失った。
人狼アッシュールは大きく咆哮した。ベラフェロも続いて咆哮する。夜の街に、狼の鳴き声が不気味に響き渡った。
人狼アッシュールはもう一度咆哮すると、城へ向かって走り始めた。
「ベラフェロさん、一緒に行って!」
ルージャは狼同士だから良いだろう思い、ベラフェロに声を掛けた。ベラフェロはアッシュールの右隣を駆けていった。
ルージャは鞘とグアオスグランを拾い、腰に下げる。
「ココちゃん、追うわよ! 多分宮殿の洞窟だわ!」
「パパを追うっちゃ!」
「ララクさん、荷物を持っていくわ! 手伝って! 王子さん、先に行っていて!」
ルージャが叫ぶと、王子は頷いて走って行った。兵達は安堵の息を吐き、その場に座り込んだ。
ルージャとララク、ジアンナ、ココは二階の荷物を降ろすとタルボとカルボに荷物を載せ、急いで宮殿に向かった。
ルージャ達が門に到着すると、ルガングが待っていた。目に恐怖を浮かべた兵が四人、ルージャの顔を見ると叫んで逃げていった。
「ルージャさん! 棟梁殿はあっちです! デカイ石をぶつけて宮殿の壁をぶち抜いて行きやがった! 何という力だ!」
ルガングは宮殿を指さす。指さされた誘電の壁は大きく穴が開いていた。
「ココちゃん、行きましょう。ララクさん、王子さん、お世話になりました。この先は私達だけで行きます」
ララクが驚いてルージャを見る。
「大丈夫だ。故郷の友を一人では行かせない。な、ジアンナ」
ジアンナはにこりと笑い、小さく頷いた。
「おい、リムリーギ! 出てこい!」
ルガングは第三王子の名を呼んだ。リムリーギは白髪の老人の肩を背負い、歩いて来る。
ルガングは老人の姿を認めると、片膝を着いて老人を見上げた。
「王よ、宮殿の壁を破り、人狼が地下洞窟へ侵入いたしました。人狼は竜の棟梁と思われます。棟梁殿の救出へ行って参ります。戻らないときは、リムリーギを継承権第一位とし、執政官と近衛隊長を補佐で付けて下さい。かなり問題が有るかと思いますが、何とかなるでしょう」
ルガングが頭を垂れると、王は頷いた。
「では。兵達は士気が極度に下がっているため、連れて行きません」
「ララクさん、ジアンナさん、王子さん、ありがとうございます」
ルージャは流れ落ちそうになるものをこらえつつ、タルボとカルボの荷を降ろす。アッシュールの着替えと、水と干し肉をザックに詰め込み、背負った。タルボとカルボの二頭を兵に託す。
先頭にルージャとララク、二列目に王子とジアンナ、最後尾はココの順で洞窟に入っていった。ルージャは不安を噛みしめるかのように唇を噛みしめた。
「ココちゃん、行きましょう」
「うん。パパを助けるっちゃよ」
アッシュール、ピンチです。
次回から新章です。




