表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/70

第5章 蠢動 その7 アッシュールの家族

 アッシュールは呆然と立ちすくんだ。人狼の呪いを解いたのに、それ以上の人格支配に陥っていたのだ。


 「死んだの、アッシュール」

 アッシュールは力なく頷いた。


 「パブヌさんを殺した疑惑があったのに、聞き出せなかった。こいつ等、何者なのだろう」

 アッシュールが呟く。


 「見事、討ち果たしましたな。こいつ等はおとぎ話で聞く人狼でしょうか。人狼は不死に近いと聞いた事があります。流石です。しかし、エルニカと新たなる神とは何でしょうか」

 アッシュールはルガングの声で正気に返った。


 「こいつ等は、神殿と名乗る集団の一味だと思います」

 「神殿? 聖堂に籠もるクソ坊主どものことでしょうか」

 アッシュールはルガングに首を振る。


 「街の城壁の中の人では無いと思います。どこかに神殿があり、何かを企んでいるのでしょうか」

 アッシュールは返り血を拭う。


 「竜の棟梁が姿を現したのに、新たな神とは何者なのでしょうか」

 ルガングの問いに、アッシュールは答えが無かった。


 「わかりません。しかし、神殿は僕の知人の敵である可能性が高いのです。見つけ出したい所です」

 アッシュールはグアオスグランを鞘に仕舞うと、大きく息をした。


 「さぁ、アッシュール。ココちゃんも大丈夫だし、ほら、下に行く階段が見えるから降りてみるわよ」

 ルージャとココは階段に向けて走り始めた。慌ててベラフェロがついて行く。アッシュールも階段に向かって歩いていった。

 アッシュールはランプを掲げ、先頭で階段を下りていく。階段の先も広場になっている。


 「わぁ、広いっちゃね」

 ココが回りを見まわすと、ルージャも同意した。


 「凄いわね。流石に王家の秘密だわ。王子さん、凄く素敵よ。あら、洞窟の続きがあるわ」

 ルージャが指先に、二ジュメほどの大きさの洞窟が見えた。


 「アッシュール、行きましょう」

 アッシュールはルージャの言葉に頷くと、洞窟へ向かって歩き始める。アッシュールは洞窟の入口で耳を澄ませると、微かに物音がした。物音は一定のリズムでを奏でている。


 「誰か歩いて来る」

 アッシュールが言うと、全員静かになった。アッシュールは竜の剣、グアオスグランを抜くと、全員が武器を取った。アッシュールとルガングが前に並ぶ。アッシュールはルージャとココを下がらせた。ココの傍らにはベラフェロが寄り添う。


 物音は誰の耳にも響いてきた。アッシュールの額に脂汗が流れる。物音が大きくなるにつれ、アッシュールの中で違和感が大きくなっていた。


 物音はいよいよ大きくなる。走っている物音ではない。足を引きづりながら、ゆっくりと歩いている音だ。


 「アッシュールかい」

 アッシュールの耳に、微かに聞こえてきた。いや、耳ではなく、魂に直接語りかけられている。


 「アッシュールだよね」

 「アッシュール、姿を見せておくれ」

 アッシュールは大量の脂汗を流す。微かに記憶に残る声だった。


 「どうして、あなたの声が聞こえるのか」

 大きな金属音が洞窟内に響く。アッシュールがグアオスグランを落としたのだ。


 「パパ、パパ!」

 ココがアッシュールの異変に気づき、駆け寄って抱きつく。


 「どうしたっちゃ、パパ、パパ!」

 ルージャとベラフェロはアッシュールの前に立ち、音がする洞窟に集中する。


 「何かがくるわ。ココちゃん、アッシュールをお願いね」

 洞窟に響く音は大きくなり、二本足で歩いてくる影が見え始めた。人だった。人が足を引きずりながら歩いて来る。


 「なんだ? 人か?」

 ルガングはランタンを掲げると、人影は姿を現した。


 「そんな、どうしてここにいるんですか、母さん」

 アッシュールはココの体を離すと、洞窟内に歩いて行く。


 「棟梁殿! そのものは棟梁殿の母御では無いぞ! 胸に剣が刺さり、はらわたを引きずる母御がいるものか!」

 ルガングはアッシュールを取り押さえると、アッシュールは膝から座り込んだ。


 「そんな、そんな」

 アッシュールの目は上の空で、母と呼ぶ人物を見つめている。母と呼ばれた人物は、中年の女性だった。顔には精気が無く、目は虚ろだ。胸には剣が刺さり、歩く度に血を吹き出している。腹は引き裂かれ、左手ではみ出たはらわたを掴んでいる。

 右手。右手に何か持っている。肉塊に見えた。


 「アッシュール、いるんでしょう。あなたの妹よ。みて。妹よ」

 母と呼ばれた者の首が右にねじ曲がった。


 「がががが」

 母と呼ばれた者は呻き声を発し、口から大量の涎を吐き出した。母と呼ばれた者の首の左に、肉塊が盛り上がってきた。


 「がががががが」

 肉塊は口を開き、うめき声を発する。肉塊は目を開く。母と呼ばれた者の首の左に、新たに首が生えて来た。


 「とう、さん」

 アッシュールが呆然と新たな首を見つめる。


 「アッシュール。お前の、妹だ。受け取れ」

 新たな首が声を発すると、母親は肉塊を渡そうと手を前にした。


 「本当にご両親なの、アッシュール」

 「とうさん、かあさん」

 ルージャの問いに、アッシュールは呆然とと答える。ルージャはアッシュールの顔を、張り手で叩いた。大きな音が洞窟に響く。


 「しっかりしなさい、アッシュール!」

 ルージャは再びアッシュールの頬を叩く。ルージャの目から涙が零れる。


 「目の前の人はお父様とお母様かもしれないけど、もう死んでいるのよ。しっかりと送ってあげて、アッシュール。お願い、送って上げて、アッシュール!」

 ルージャは両手でアッシュールの顔を抱き寄せた。


 「アッシュール、しっかりして。きちんと送ってあげて!」

 ルージャの悲鳴に近い声が響くと、ルージャはアッシュールに抱きかかえられる。


 「父さんと母さんは、もう死んでいるのだろうか」

 アッシュールは精気の籠もった目でルージャを見る。ルージャは力強く頷いた。アッシュールは大きく息を吸うと、ルージャを抱いたまま、グアオスグランを拾い、立ち上がる。


 「我が父アッシルリル・イズドゥバル、我が母クラファアンナ・イズドゥバル、そして生まれ得ぬ我が妹よ。我、竜の名の下に我に帰る事を許そう。そなたの人生は残る者の模範になり、清く、正しかったと証明しよう。そなたの苦しみは皆の糧となり、生きる力となろう。そなたの足跡は皆のしるべとなり、暗闇に明かりを灯すだろう。そなたの子孫は繁栄し、皆がそなたを目指すだろう。安心して我に帰るがよい。我はそなたの一歩、耐え難い苦難に充ちた一歩一歩を称えよう」


 アッシュールは息絶え絶えに祈りの言葉を口にした。アッシュールは左手にしっかりとルージャを抱き、前に進み出た。アッシュールは目を閉じ、母親と父親の頭の上を、グアオスグランで薙いだ。


 アッシュールは目を開けると、洞窟に血痕だけを残し、母親と父親の姿は消え失せていた。

 アッシュールはグアオスグランを鞘に戻し、ルージャを抱き寄せた。ルージャの温もりが、アッシュールを生きていると証明してくれる感じがした。


 「アッシュール、ごめんね。剣の師匠様の魂を送らせて、今度はご両親と妹さんまで送らせてしまったわね。ごめんね。本当は私の役割なのに、ごめんね」

 アッシュールは涙を流すルージャの胸の中で気を失った。アッシュールは性も根も尽き果ててしまったのだ。

アッシュールの家族の登場です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ