第5章 蠢動 その4 二人の王子
「ココ、ルージャ、一度戻って荷物を置こう。奴らの目的がなんなのかわからないかが、荷物があったら戦えない」
アッシュールは足早に鍛冶場に戻って行く。途中、振り返るが姿は見えない。鍛冶場に入ると客間に荷物を降ろす。
「二階から通りを監視しよう」
アッシュールは窓から身を隠すように窓を覗く。
「パパ、黒い服の人達は悪い人ちゃか」
ココも真似して身を隠しながら窓を覗く。
「僕の村のパブヌさんを殺した奴らだ。ナンムを攫ったのも彼奴等だ。今度はなんだ。ココか、ルージャが狙われているのだと思う。気を付けてくれ」
「アッシュール、私が狙われているの。どうして」
ルージャもアッシュールの真似して身を隠しながら外を見る。
「来たわ。二人ね。黒いローブを着ているわ。通りの向こうから様子をうかがっているわね」
ルージャの目が鋭く光る。
「何処だいルージャ」
アッシュールが目を凝らす。
「兵舎の方から覗いているわよ。あらら、兵舎から兵隊さんが出てきたわ。三人ね。黒ローブは逃げたわ」
アッシュールにも兵隊が見えた。皮の鎧で武装している。真っ直ぐに鍛冶場に歩いていた。
息を凝らして見ていると、鍛冶場の前に並んで立った。上役と見られる、兜を被った男が指で指図した。
「鍛冶屋のエンリム、いるか!」
兵隊は大声で叫ぶ。二階のアッシュール達にも声が響く。
「なんじゃ、騒がしい。何用じゃ」
エンリムが兵隊の前に立った。
「美しいおなごがいると聞いた。おとなしく差し出されよ。国王が所望されている」
兵隊は大声で叫ぶ。
「あら、私だったわ。どうしましょう」
アッシュールは静かにするように合図する。
「わしの客人の妻じゃ。何故に所望されるのか。答えよ」
エンリムが拒絶すると、兵士は激高した。
「むう、こちらが下手に出ているのに偉そうに! 殺せ!」
大声を出している兵士は剣を抜き放つと、もう一名も剣を抜き放った。
「ベラフェロ、指揮官を狙え。殺すなよ」
アッシュールの指示でベラフェロが飛んで行く。アッシュールも剣を抜いて下に降りる。ベラフェロは剣を抜いている二名を通り過ぎ、指揮官の右手に噛みつき、勢いで転倒させる。二名の兵士はあっけにとられて振り返る。アッシュールは竜の剣、グアオスグランを抜くと二名の剣をたたき落とした。
二名の兵士は手を押さえて倒れている。エンリムが二振りの剣を拾い上げ、兵士に剣を向ける。アッシュールは倒れている指揮官の喉にグアオスグランを向ける。剣先が喉の皮を切り、血が滲む。
「賊よ、名乗れ」
アッシュールは剣に力を込める。
「俺は賊ではない! 無礼はお前だ! これは国王命である、従え!」
指揮官は血相を上げて叫ぶ。
「僕はこの街の住人ではない。国王命など知らぬ。僕は命に従う義理はない。門にいた兵士にも逗留条件を確認済みだ。長期滞在時には兵役に就くよう言われている。まだ一日しか経過していなく、僕には命に従ういわれはない。無法に人を襲う賊よ、言い残すことがあれば聞こう」
アッシュールは兜を脱がし、左手で髪の毛をわしづかみにする。
「俺は賊では無いぞ!」
指揮官は必死に叫ぶ。
「無法に人を殺めようとする者を、古来より賊と呼ぶ。貴様は賊だ、成敗する。貴様の行いは無法だ。覚悟せよ」
アッシュールは力を込めて髪の毛を引っ張る。
「王子が掴まっているぞ!」
「本当だ、掴まっている!」
「どれどれ、おお、本当だ!」
鍛冶場の回りに人が集まってくる。鍛冶場はあっという間に野次馬で埋め尽くされる。
「お前は王子か、名乗れ」
アッシュールは喉を少し切り裂く。
「第三王子、リムリーギだ! 頼む、手を離してくれ!」
アッシュールはリムリーギの剣を抜くと、鍛冶場の方へ投げ入れる。
「非礼を陳謝する。戦士殿。粗忽者を離していただけないか。一応王族なのだ。頼む」
通る声と共に、群衆が二つに割れる。赤いローブを纏った男が護衛の兵士を引き連れ、アッシュールの正面に立った。アッシュールはただ者ではない雰囲気を感じ、リムリーギを離した。ベラフェロはアッシュールにぴったりと寄り添い、腰を落としていつでも飛びかかれる体勢を保っている。
「戦士殿、第一王子、ルガングと申します。此度は非礼をしてしまいました」
ルガングは頭を下げた。第三王子のリムリーギは黒髪だったが、第一王子のルガングは銀髪だった。端正な顔立ちで、高貴さを身に纏っていた。
「旅の者、アッシュール」
アッシュールは簡単に名乗る。
「エンリムさん、邪魔をした。すまないが、戦士殿と話がしたい。鍛冶場を貸していただけないか。それと、おい、リムリーギ、お前は帰れ。しばらくは壁から出るな。いいな」
リムリーギは肩を落とし、鍛冶場を後にした。
「ルガング様、汚いですが、どうぞ」
エンリムは緊張した面持ちでルガングを通す。エンリムはルガングを鍛冶場に通した後、アッシュールに近づいて来た。
「大変な事になったな」
エンリムは心配そうにアッシュールを見る。
「本物ですか、彼」
アッシュールが尋ねると、エンリムは小さく頷いた。
「国一番の切れ者と評判なのじゃ。礼儀も正しく、街の皆からは人気があるぞ」
ルガングが入って行くと、護衛の兵士も入ってきた。
「お前達、二人で話しがしたい。外で待っていろ」
「しかし、武器が」
「くどい。戦士殿は理由も無く斬りつける男ではない。下がれ」
兵士はアッシュールを睨みながら、渋々と出て行く。アッシュールはグアオスグランを下げたまま、入って行く。
「ベラフェロ、お前は二階で待っていろ」
ベラフェロは二階へ駆け上がった。
「驚きました。狼があなたの言葉を理解している。どうなっているのです」
アッシュールは黙っている。ルガングは鍛冶場のベンチに無造作に腰かけた。
「私の家に古い称号が残されています。王は古い称号を名乗ることを許されています。エスコルト・ルージャ・モンド。赤い世界の護衛です。この称号は、王と私しか知りません。我が家は、遙か昔に赤い世界の護衛としてこの地に入ったのです。」
アッシュールは驚きの余り、言葉が出なかった。目を見開き、ルガングを見つめる。
「図星ですね。教えていただけませんか。戦士アッシュール殿、もう一つ、名をお持ちではありませんか」
王子さんが登場しました。
竜の眷属のようですが・・・
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