第5章 蠢動 その3 バザールで買い物
「さぁ、疲れてるだろ、奥の部屋で休みな」
アッシュール達は妻のシュアンナに案内され、二階の客間に通された。大きめのベッドが一つ置いてある。ココは喜びの声を上げてベッドに飛び込む。ベラフェロも飛び込み、ココの顔を嘗め始める。アッシュールもベッドに寝転んだ。ルージャはアッシュールの枕元で座り、膝枕をしてくれる。ルージャの太ももは柔らかく、暖かい。アッシュールはそのまま眠りに落ちた。
朝、アッシュールは眩しい陽光で目が覚めた。いつの間にか、左手にルージャを抱いていた。
「おはよ、アッシュール」
ルージャがアッシュールにキスをした。アッシュールはルージャの綺麗な銀髪を二、三回撫でる。ルージャが微笑する。アッシュールが起き上がると、ルージャも起きた。
「おはようっちゃ」
ココがアッシュールに抱きついて来る。
「ママもおはよう」
ココはルージャにも抱きついた。
「アッシュール、服が出来るまでこの街にいて、それから戻るの」
ルージャはワンピースの下にズボンを履いた。
「パパ、今日はなにするっちゃか」
ココがベラフェロの尻尾を触ろうとして、ベラフェロに逃げられている。
「ココ、手を出して」
アッシュールが銀の入った皮袋をココに渡す。
「あい。パパ、なに」
「今日はバザールで買い物をしよう。ココ、これで好きな物や必要な物を買うんだよ」
「パパ、買い物って何」
「駄目ねぇ、ココちゃん。アッシュール、教えて上げて」
ココとルージャは並んで皮袋に入った銀を見ている。
「ところでルージャは買い物をした事あるかい」
アッシュールはルージャに銀の入った皮袋と、金の入った皮袋を二つづつ渡す。
「アッシュールも駄目ねぇ。竜は買い物とか人の家に遊びに行ったりしないのよ」
ルージャは珍しそうに金を見ている。アッシュールは銀の入った皮袋をテーブルに広げる。皮袋は拳より小さい。銀は爪の大きさほどの薄片になっている。
「いいかいココ、良く聞くんだよ。ルージャもね。今日はバザールに行くんだけど、干し肉や干した杏を入手したいんだ。干し肉や杏と、ブルーベリーなんかと交換もしてくれると思うのだけど、交換しちゃうと僕たちの食べ物の減っちゃうよね」
「青い実は交換しちゃ駄目っちゃよ」
「うん、干し肉と杏と同じ位の価値のある物を代わりに差し出すわけさ。それが銀なんだ。銀はとても価値があるんだ。この銀一枚で干し肉一つと交換してくれると思うよ」
「銀の小さいやつ一個でいいっちゃか」
「これで干し肉一つなの、アッシュール」
ココとルージャが同時に聞いて来る。
「銀と交換するときは、おまけして貰うんだよ。最初に僕が買い物をするから、見ているんだよ。それとね、銀よりももっと高価な物が金なんだ。金は銀の十倍なんだ。覚えて置くんだよ」
アッシュールは金を見せる。
「難しいのね、アッシュール。私はココちゃんと同じ銀の袋一つでいいわ。金と銀はアッシュールが持っていて」
ルージャは袋三つを差し出した。
「さ、行くよ。朝ご飯も買おうか」
アッシュール達は一階に行くと、妻のシュアンナがいた。
「おはようございます、アッシュールさん。うちの人は昨日の事がショックで寝込んでいますのよ。ごめんなさいね」
シュアンナは大きくため息をついた。ショックを受けているのはシュアンナも同じだろう。
「いえ、良くない知らせで申し訳ありませんでした。僕たちはこれからバザールに行きます。朝ご飯もバザールで何かを買います」
アッシュールは挨拶をして鍛冶場を出た。バザールの端、毛皮店を眺めながらバザールに入っていく。
「旦那! べっぴんさん!」
毛皮の親父が手を振っている。
バザールは人でいっぱいで、活気に溢れていた。行き交う人は必ずルージャに見とれて、他人とぶつかりそうになる。我に返ってから、ベラフェロを見て驚いていた。
「アッシュール、私何かしたのかしら。みんな私を見ていくのよ」
ルージャはアッシュールの左腕に自らの腕を絡ませてくる。アッシュールは腕をとおしてルージャの暖かさと胸のふくらみを心地よく感じている。
「ママは美人だから人にじろじろ見られてるっちゃね」
ココはアッシュールの右手を握った。
「ルージャ、気にしない。ほら、あそこでお肉を焼いているよ」
焚き火の上で薪の小割に肉を刺し、焼いている。周囲では肉を頬張っている人がいる。
「いいかい、買い方を見せるよ」
アッシュールは串焼き屋に近づいていく。
「親父、串を四本くれ。一本は焼かないで生で欲しいんだ。こいつが食べるんで」
「へい。銀四つで」
串焼き屋の親父は焼き具合を確かめている。
「ルージャ、おまけしてと言ってみ」
アッシュールは小声で耳打ちする。
「ね、おじさま。おまけしてよ」
ルージャがにこやかに交渉を始める。串焼き屋の親父はあっけにとられてルージャを食い入るように眺める。
「へ、へい。串一つおまけでさぁ」
アッシュールは焼いた串を二本、ルージャとココ一本づつ、ベラフェロは生の肉を咥えた。
「おじさま、ありがとう」
ルージャはにこやかに銀を四枚渡す。銀を渡すとき、ルージャと親父と手が触れた。親父は恍惚とした表情をしている。
「ママ凄いっちゃ。美人は得っちゃね」
串には拳大の肉が二つ刺さっていた。焼いて、塩が振ってある。
ココは肉に齧り付く。ベラフェロも美味しそうに肉を囓っている。
アッシュールは久しぶりに干し肉でない肉を食べた。柔らかくて美味しかった。
「お肉が柔らかいわね。いつもの干した奴とは違うわね」
アッシュールは串を食べ終わると、串を親父に返却する。
「美味しかったわ、ありがとう」
ルージャは親父に手を振る。親父は嬉しそうな顔をする。
串焼き屋の隣は肉が売っていた。生肉と、干し肉、豚の頭、豚の足が所狭しと並んでいる。
「パパ、豚さんの頭! 頭!」
ココが豚の頭を指さす。
「豚さんがぶら下がっているっちゃ!」
ココが再び指さす。
「ココ、今日は豚の頭も、一匹まるまんまも買わないよ。代わりに干し肉さ」
アッシュールは、ぶら下がっている干し肉を見た。豚の足を塩漬けにし、乾かしたものだ。一本は腕の長さほどもある。
「へい。うちの目玉でさ。ほれ、食ってみて。旨いだろ。日持ちするよ」
アッシュールは干し肉の削り片を口にした。普通の干し肉とは違い、旨みが強い。
「旨いね。四本くれ」
「へい。作るのに時間が掛かるんでね。四本で銀二袋だ。いいかい」
「高いな。じゃぁ豚の頭も付けてよ」
「へい。仕方ねぇ。持ってけ!」
親父は干し肉を四本、アッシュールに渡す。アッシュールは布に包み、ザックにしまう。
「ココ、頭を持って。ベラフェロのご飯にしよう」
「ひー。豚さん、豚さん」
アッシュールは豚の頭も布にくるみ、ココに背負わせる。
「旦那、偉いべっぴんさん連れているじゃねぇか。憎いね。で、沢山買ってくれたから忠告するぜ。ここの王は女には目がねぇんだ。旦那はよそから来たんだろう、いわんこっちゃねぇ。すぐに街から出た方がいいぜ」
アッシュールは手を上げて答えた。長居できないことはアッシュールも感じていた。先ほどから、ルージャが目立ち過ぎていた。
肉屋の正面が油屋だったので、オリーブ油を入手した。先の虎との戦いで全てしようしてしまったのだ。肉屋の隣が稗と粟の穀物が並んでいる。麦は無い。
「パパ、青い実があるっちゃ、黒いのも、赤いのもあるっちゃ」
穀物屋の斜め向かいが果物屋だった。ブラックベリー、ラズベリー、ブルーベリー類と、干した杏、無花果、葡萄、棗が山になっている。ベリーは干したものと、干していない生のものがあった。
「おお、べっぴんさん、ベリーを食べるともっと綺麗になるよ!」
店主がルージャに声を掛ける。
「あらアッシュール、買っていかないと」
ルージャが美人に反応する。
「親父、干していないブルーベリーとラズベリーをくれ。杏と無花果、棗も貰っていくよ」
アッシュールは果実を大量に買い入れる。
「パパ、多すぎっちゃよ」
アッシュールは干していないベリーを、布袋に入れて貰うと、食べ始めた。ココとルージャにも食べるよう促す。
「旅に出ると、干し肉だけだと歯が抜けたり、傷が治らなくなったりするんだ。ベリーを食べると大丈夫なんだよね。だからお腹いっぱい食べて。親父、銀一袋でいいかい」
「ちょいと少ねぇが、負けとくよ。じゃぁな、べっぴんさん!」
乾燥した果実はルージャが背負った。
「アッシュール、ほら、後ろに黒い服の一団がいるわよ。洞窟の一団じゃないの」
ルージャに指を指された黒い服の一団は慌てて姿を隠した。
今回はバザールでの買い物回です。
ルージャは美人なので色々とおまけして貰ってます。




