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第5章 蠢動 その2 竜の村の鍛冶

 バザールの外れに鍛冶屋があった。石の建物から、かねを叩く音がする。


 「こんにちは」

 アッシュールは入口から入る。鍛冶屋は右側に炉があり、手前は砂が山積みさている。長い髭で屈強な男が金槌を置き、アッシュールを見た。髭には白髪が交じっている。


 「なにか用なのか。と思ったらアッシュ坊じゃねぇか。どうした、キャラバンはお前さんじゃなくて村長のアルリム坊ちゃんの仕事だろ。おお、偉いべっぴんさんじゃねぇか。可愛いお嬢ちゃんも」


 「エンリムさんじゃないですか。あれ、行方不明だと聞いていたんですが」

 「おう。五年ぶりか。村長の野郎、すぐに行方不明にしやがるんだ。元気か。兄貴はどうだ。もう年だから耄碌してないか」


 「あら、アッシュール。お知り合いなの」

 「エンリムさん、妻のルージャと、娘のココです。エンリムさんは僕の竜の村の出身だよ」


 「おう。アッシュ坊を頼むよ、べっぴんさんとお嬢ちゃん」

 「エンリムさん、これをお返しします」

 アッシュールは馬から鎧を降ろし、エンリムの前に置く。


 「エンリルさんの遺品です。お納め下さい」

 アッシュールは下を向いた。


 「これは家伝の鎧じゃねぇか。これは外に出せるもんじゃねぇ。兄貴は死んだのか。でも奥さんも、息子のエンリルもいたじゃろ。何かあったのか」

 アッシュールは目に大粒の涙を溜めた。堪えようとしたが、あふれ出てきた。


 「エンリムさん、村はオオトカゲの怪物に襲われ、僕とララクさんと奥さんのジアンナさん、酒屋のパブヌさん一家以外は全員殺されました。エリドゥさん、バドさんと僕が警備隊を組んで戦いましたが、僕とララクさん以外はみんな死んでしまいました。生き残りは村を出る事にしたのですが、パブヌさんは何者かに殺されました。僕は村の生き残りがララクさんとジアンナさんだけかと思っていました。エンリムさんもいたのですね。そうしたら、奥さんのシュアンナさんも」


 「おう。息子のエンアンもな。もう少し詳しく話してくれないか。エンアン、シュアンナを呼んでこい」

 息子のエンアンが奥にいるシュアンナを連れてきた。


 「アッシュちゃんじゃないの。村の人が全員し死んじゃったのかい」

 すらりとした初老の女性が鍛冶場に入ってきた。

 アッシュールはエンリム、妻のシュアンナ、息子のエンアンの前で村の顛末を話す。最初のオオトカゲの襲来、大規模な襲来と、死んだ順番を話していった。


 「すみません、旅の途中で家伝の槍を無くしてしましました。代わりを打って貰おうとここに来たんです」

 「槍はいい。わしが打ったる。アッシュール、済まないが祈りの言葉を貰えないだろうか。墨婆さまも逝かれたのか」

 アッシュールは小さく頷くと、剣を引き抜き、眼前に構えた。


 「偉大なる鍛治師エンメンと妻クルラッシナ、子のエンリルよ、我、竜の名の下に我に帰る事を許そう。そなたの人生は残る者の模範になり、清く、正しかったと証明しよう。そなたの苦しみは皆の糧となり、生きる力となろう。そなたの足跡は皆のしるべとなり、暗闇に明かりを灯すだろう。そなたの子孫は繁栄し、皆がそなたを目指すだろう。安心して我に帰るがよい。我はそなたの一歩、耐え難い苦難に充ちた一歩一歩を称えよう」


 「ありがとう」

 エンリムが握手を求めた。エンリムも、妻も息子も泣いている。ココももらい泣きをしている。


 「エンリムさん。どうして村のみんなが死ななくてはならなかったのでしょう」

 アッシュールは涙を何回も拭った。


 「ありがとう、アッシュ坊。で、その剣はなんだ。兄貴の作ではないな。普通じゃないぞ」

 アッシュールはルージャの方を見る。ルージャは小さく頷く。


 「僕の名は、アッシュール・イズドゥバル、村の占い師の家系です。ルージャの本当の名は赤い世界の真理、僕は伴侶として赤い世界の清い風を名乗ることを許されています」


 「赤い世界、だと」

 「はい。村を出てから、ルージャと出会い、ルージャの竜の血の力を全て受け継いだ剣、グアオスグランの主人となっています。僕が現在の竜の棟梁です」


 「なんと、赤い世界の血を受け継ぐお方が存在していたのか」

 アッシュールは首を振る。


 「血を受け継いだのではありません。ルージャは血の力を全てこの剣に移してしまっていますが、正真正銘の赤い世界の一人です」

 エンリムはグアオスグランを触る。


 「確かに、竜の剣以外には考えられない、不思議な剣だ。なんと、昔話ではなかったのか」

 「あなた、赤い世界って竜神様の本当の名前ではないですか。この方は」

 シュアンナが、夫であるエンリムに確認をする。


 「頭が高いぞ、シュアンナ。竜神様のご光臨である。酒と飯を用意しろ」

 「は、はい。あなた、大変!」


 「いや、あの、すぐに帰りますので」

 ルージャが畏まる。


 「アッシュ坊、最近酒を飲ましてくれんのじゃ。酒を飲もうぞ。村のみんなに別れをしないとな。エンアン、麦酒を持ってこい。嬢ちゃんには葡萄の絞り汁だ」


 息子のエンアンは裏に飛び出して行き、焼き物のジョッキと麦酒の入った壺、葡萄の入った壺を持ってきた。アッシュールは一度、タルボとカルボの荷を降ろし、裏に繋いだ。


 「甘いっちゃ!」

 ココの歓声が聞こえてくる。既に葡萄の絞り汁を頂いているようだった。


 「さ、ルージャさんも、アッシュ坊も、ワン公も、竜の村の酒を飲むぞ」

 エンリムはジョッキに泡立つ麦酒を注いでいく。


 「この街はな、葡萄酒を飲むんだよ。麦が余り採れないからな。でもな、竜の村は麦の宝庫だったんだ。パブヌに習って作った麦酒だ。パブヌより上手くはないがな。じゃ、アッシュ坊、頼む」


 「皆、先祖代々伝わる麦酒を手に取ろう。麦は大地の恵み、竜神様の恵である。大いなる恵を育て、子に伝えて行こう。畑を耕し、大地と共に生きていこう。大雨が降っても、風が吹いても、麦は大地に根を張り、大きく育つ。我らも麦のように寒さに耐え、大地に生きていこう。竜神様の恵を頂こう」


 アッシュールが麦酒を一口飲んだ。エンリムと、息子のエンアンも麦酒を飲む。見よう見まねでルージャも飲む。ココも葡萄の絞り汁を一緒に飲み干した。ベラフェロは地面で寝そべっている。


 「お待ちどうさま。干し肉のシチューですわ」

 シュアンナが鉄鍋に入ったシチューを持ってくる。


 「シチューは竜の村の自慢なんだぞ。くろがねの鍋は、この辺では誰も持っていないからな。この辺の飯は焼いて食うだけなんだ。くろがねは竜の村でしか出来なかったからな」


 「おじちゃん、この鍋は特別っちゃか」

 「おお、嬢ちゃん良いことを聞いてくれた。ほら、あおがねではなくて、くろがねを使っているんだぞ。ルージャさんの剣はくろがねかね。ちょっと貸して。こっちにあおがねの剣がある。よく見ておれよ」


 エンリムは鍛冶場の石などを利用して、青銅の剣を水平に、刃を上に置いた。気合いと一緒にルージャの剣を振り下ろす。

 大きな音が響く。青銅の剣は曲がり、ルージャの剣は少し刃こぼれしただけだった。


 「ほれ、くろがねは丈夫なんだよ。ここのやつらはあおがねの剣を使うんだ。最近は物騒で、あおがねで鍋は作るなと言われている。剣を作るだけで精一杯なんだよ」


 「エンリムさん、戦争でもするのですか」

 アッシュールはシチューを食べながら剣を振る真似をする。ココもルージャもシチューを食べている。


 「麦粥よりおいしっちゃ」

 「おう。うれしい事言ってくれるねぇ。麦のパンはあるか。干し肉挟んで持ってこい」


 「あいよ、持ってきたよ」

 妻のシュアンナがパンを持ってきた。中には野菜と干し肉が挟まっている。


 「村長が持って来てくれる小麦で作ったパンだ。小麦が採れる竜の村ではパンを食べるんだ。この辺の奴らは食べないぞ。稗を食っておる」


 「どう、ルージャさん。竜の村は麦が豊富なの。麦でお酒を造り、パンを焼くのよ。アッシュちゃんも懐かしいでしょう。たんとお上がり。お犬ちゃんにもあげようかね。ほら、お上がり」

 ベラフェロもパンを貰い、美味しそうに食べ始めた。


 「ココの村もパンだったちゃ」

 「お嬢ちゃん。毛皮を着ていて、暑くないかい」

 ココは妻のシュアンナに言われ、困惑する。

 アッシュールは軽く頷く。


 「じゃぁ脱ぐっちゃ。暑くてたまらんきに」

 ココが毛皮を脱ぐと、ココの白い翼があらわになる。ココは翼を広げ、涼を得る。


 「アッシュ坊、こりゃ驚いた。少しだけどな。おい、シュアンナ、窓を閉めろ。外から見えないように」

 「秘密に願います。竜の村の西に深き森があるじゃないですか。そこの隠れ村の最後の翼の人です。竜の血の力が入っていると思うんですけどね。訳あって娘になりました」


 「ココちゃん、綺麗な翼ねぇ。確かに外は歩けないわよね」

 妻のシュアンナは感心して見ている。


 「竜神様はえらいべっぴんだし、驚くなぁ。アッシュ坊、門には入れなかっただろ。神殿があるんだがな、女神を崇拝している。祈ると作物が良く育つんだと。女神は白い翼が生えているんだ。腹が立つのはな、女神の生まれ変わりの一つが竜なのだと言っておるんだ。白いだぼだぼの服を着て威張っているんだ。腹が立つ。竜神様に見せる顔がねぇ。あ、見られているか」

 アッシュールは神殿があるという引っかかった。しかし、白い装束の様だ。


 「まぁ、僕らは別に崇拝されたいわけでは無いですし、逆に好都合ですよ。なぁ、ルージャ」

 「そうねぇ。私はもう竜じゃないし、どうでも良いわ。頑張ってね、アッシュール。竜神で無いっていうのは気楽で良いわね。鹿や猪を生きたままお供えされても私は困るわ。アッシュールは嬉しいでしょう」


 「いや、僕も結構だよ」

 「なんじゃ、竜神のなすりあいか。わはは。おう、ところでこれからどうすんだ」

 エンリムは麦酒をあおる。


 「エンリムさん、毛皮屋さんの倉庫を借りて泊まる事になってます。毛皮のコートを頼んでいるので、出来るまでですね」

 「おう。鍛冶場しか無いけど泊まっていけ。エンアン、ルージャさんばかり見ていないで、ちょっと毛皮屋に行って事情を説明してこい」

 ひたすらルージャの顔を見続けているエンアンの頭をこづき、使いに行かせた。


 「で、この辺は戦争になりそうなんですか」

 アッシュールは改まってエンリムを見る。


 「まぁな。人が増えすぎて、食い物が足りないのだ。少ない麦を奪い合っているんだ。この辺は平らだが、水が染み出るだろ。作物には向かないからな。街道沿いを北に行くと街があるらしいぞ。最近はしょっちゅう戦をしておる。北に行かん方が良いぞ。街道は北しか無いがな」


 「そうですか。参ったな。一度戻るかな」

 アッシュールは麦酒を口に運ぶ。


 「パパ、戻るっちゃか。それでもええよ」

 ココは葡萄ジュースのお代わりを貰っている。


 「それにしても、みんな死んじまったか。俺等もここにいる理由も無くなっちまいやがった」

 エンリムは麦酒をあおった。


竜の村の生き残り、エンリル一家登場です。


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