第5章 蠢動 その1 街のバザール
第五章 蠢動
石で出来た門が三人を遮る。門には腰に剣を差した男が四名いた。アッシュールが近づくと一名が近づいて来た。
「こちらは旅の者、滞在の許可を頂きたい」
「この門より入るには、手形が必要である。無いのであれば、立ち去るが良い。ここより先は王や僧正さまが住まわれる神聖な場所になる。王の謁見が必要ないのであれば、城壁の外に広がる市街に行くがよかろう。あちらには自由に出入りしてかまわない」
兵は川の方を指さす。城壁と川の間に道が続いていた。
「家を借りて滞在は良いか」
「かまわないが、外から来た者は城壁外の居住には兵役の任が発生する。任期は冬を二十回越すことだ。超すと土地が与えられる。骨を埋めるつもりならば、兵舎を訪れよ。滞在が長くなったら、兵舎より招集する故、気を付けよ」
アッシュールは礼を述べると、城壁外の市街地へ歩を進めた。
「ルージャ、話しを聞いていたかい。逗留は難しそうだね。見物したら街を出ようか」
「街に住まないっちゃか」
「そうね。何処か街の外に住む所を探しましょうね」
アッシュールは道沿いに進んでいくと、道沿いに木造の家々が見えてきた。家々は密集し、ひしめいている。子供が三人、馬上のアッシュール一行を眺めている。黒髪が一人、金髪が二人だ。子供の格好は薄汚く、粗末だった。アッシュールが手を振ると子供達は手を振ったが、ベラフェロを見ると怖がって家に入ってしまった。大人達は食い入るようにルージャを見ている。美しい体のラインを隠すように毛皮を着ているが、にじみ出る美貌は隠せなかった。
ベラフェロは市街に入るや、顔をしかめながら、色々と匂いを嗅いでいた。
通り沿いは比較的大きな家が並んでいる。通りから川に掛けて幾筋の路地が伸び、家々は小さくなっていった。
「おうちがいっぱい。でも、臭い。酷く臭うっちゃ」
アッシュールも匂いは気になっていた。糞尿の匂いだ。アッシュールも匂いを嗅がないよう、口で息をする。
「ベラフェロ、大丈夫か」
ベラフェロは、アッシュールに困った顔を見せる。
「アッシュール、出た方が良さそうね。ベラフェロさんもココちゃんも匂いに参っているわ」
アッシュールは街道を進んでいくと、一本の太い道が街道から川へ伸びていた。太い道に一際大きい建物があった。建物は石作りで、ひっきりなしに男が出入りしている。
「あれが兵舎かな。まあ行くか」
兵舎の奥には一際人の大勢集まっている一角が見えた。
「人が沢山いるっちゃよ」
ココが指さす。
「あら、あれはなぁに、アッシュール」
ルージャも興味を引かれてココと同じ方向を見る。
「多分バザールかな。どれ。行こうか」
「本当っちゃか、行こう!」
アッシュールはタルボから降りて手綱を引くことにした。ココとルージャも降り、ルージャが手綱を引いている。
「ベラフェロ、お肉を買おうな」
アッシュールは旅が始まったばかりであるが、食事は麦粥、鮭の干物、たまに乾燥ブルーベリーを食べるだけになっている。肉をたらふく食べたいし、新鮮な果物も食べたかった。槍も仕入れたい。
バザールは街道より人が多かった。山と積まれた干し果物、野菜、雑穀類。麦は無いようだった。街の人が野菜や穀物を求めている。売り買いを眺めていると、小さな銀を用いている。ココとルージャは珍しそうに売り買いを眺めている。
アッシュールはルージャとベラフェロに刺さる視線を気にしつつ進んでいくと、毛皮を売っている屋台があった。
「おい、親父、その熊の毛皮は銀でどれくらいだい」
アッシュールが頭の薄い太った男に話しかける。店の主人だと見当を付ける。
「へい。こっちは一頭分だから、ちと銀が張りますぜ。銀を袋で二十だ」
「なるほど。実はね、買いたいんじゃなくて見て貰いたいものがあるんだ」
「へい。そこの犬を剥ぐのかい。でかいじゃねぁか」
「親父、違うよ。こっちさ。見て驚くな」
アッシュールは丸めた虎の毛皮を降ろし、台に広げる。
「あんた、こりゃ見事だ。虎じゃねぇか。あんたが仕留めたのか」
「まぁね。どうだ、珍しいだろう。熊の毛皮の五倍でいいよ。どうだ、金を十袋だ」
主人は禿げた頭を叩き始める。アッシュールは価値的には金十袋より高いのではないかと思うが、早く金銀に変えたかったので、安めで言っている。安めから交渉しているので、成立はもっと低くなるだろう。
「珍しいのは認めるが、金十は堪忍してくれねぇか。そこまで金を持っていないんだ」
「じゃぁ、金五袋でいいよ」
アッシュールはあっさりと引き下がる。
「え、良いのか。剛毅なお人だ」
「そのかわり、そこの熊の毛皮で、俺のコートと帽子、靴を作ってくれないかい。あと、出来るまでのあいだ、あんたの蔵の隅でも貸してくれないかい。飯付きで。泊まる場所が無いんだ。あんたが鞣して売ったら金三十袋にはなるだろ。手を打たないかい」
「確かに、売ったら金四十以上にはなるわな。あんたにはかなわねぇ。良し、いいぜ。うちの倉庫を使いな」
「済まない。金四袋と、残りは銀で欲しい。銀は十袋だな」
「ちょっとまってよ。おーい、家から金もってこい。おう。四だ。頼むよ」
女が走って行った。
「ほら、銀十袋だ。受け取れ。金は今持ってくる」
主人はアッシュールに銀を十袋渡した後、別の女を呼んだ。
「お前、服屋を呼んで来てくれよ。上客だよ」
女はアッシュールを見るとにこにこし始めた。
「これはおおきに。旅のお方。では」
妻と思われる、やはり太った女が外に出て行った。
「ありがとう、親父。助かる」
「いやなに。お、戻って着たな。ほれ、残りの金四だ。これでいいかい」
アッシュールは使いの女から金四袋を受け取る。中身を確認すると、確かに金だ。
「うん、いいよ」
「あんた、服屋が来たよ」
「どうも。で、どうするんだ」
痩身の男がきた。服屋だろう。
「こっちの旦那に、この熊の毛皮でコートと帽子、靴を作ってやってくんねぇか。うちから払う」
主人が服屋に指示を出す。
「手袋も頼む」
アッシュールが追加をする。
「はいはい、いいよ。どれどれ」
服屋はアッシュールの採寸をする。
「服屋さん、綿で三人分の下着と服を作れないか。いくらだい」
「お、上客じゃねぇか。すまねぇ。銀二つでいいぜ」
アッシュールは銀を渡すと、ルージャとココの採寸もしていった。
「主人、あとで又来るから、倉庫に案内してくれ」
「いいぜ。いつでも来な」
アッシュールは毛皮屋と別れた。
「ねぇアッシュール、損したんじゃない。あの毛皮はもっと価値があるんでしょう」
ルージャは不思議そうにアッシュールを見る。
「金二十とか、あの毛皮屋に払える訳無いよ。高すぎて売るのが大変になっちゃうから、売ってしまったよ。金五袋で十分だし、時間が掛からない」
「ふうん。わかったような、って感じね。次は何処行くの」
「ルージャ、鍛冶屋に行きたい。槍を仕入れたいんだ」
「パパ、あそこじゃない。金槌の音がするっちゃよ」
今回から新章スタートです。
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