第4章 街へ その11 それぞれの道
「ルージャ、ココ。沢を下ろう。街道の横で野営をしよう。悪いけど、タルボとカルボをお願いするよ」
アッシュールは柵に行くと、剣を振り下ろして紐を切っていく。木材が音を立てて下に落ちていく。木の杭が虎の死体に二本刺さっている。アッシュールは力を振り絞って引き抜いた。虎の死骸を跨ぐ必要があるが、なんとか馬が通れるようになった。
アッシュールは沢の下まで降りると、焚き火の跡地に座り込んだ。深呼吸をすると、そのまま眠ってしまった。遠くで皆の声が聞こえてきたが、段々と遠くなった。
アッシュールは足に乗りかかる重さで目を覚ました。アッシュールの太ももを枕に、ココが眠っている。周囲はすっかり暗くなり、夜になっていた。
「起きたの、アッシュール。お疲れ様ね」
ルージャが濡らした手ぬぐいを渡してくれる。顔を拭くと、手ぬぐいが返り血で真っ赤に染まる。アッシュールは焚き火に薪をくべる。
「服が血で真っ赤よ。ほら、着替えて」
アッシュールはココを起こさないように静かに体の向きを変える。傍らではナンムとヘガル、チパコが寝ている。アッシュールはルージャから着替えを受け取り、着替えた。
ルージャは薪を追加すると、薪は煙を上げ始めるが、すぐに炎を上げ始めた。
「明日一日、ここで洗濯をしないとね。ほら、空飛ぶ虎を退治した場所から泉が湧いているのよ。水浴びするといいわ。寒いけどね」
アッシュールはココの側に横になった。ルージャを招き寄せる。ルージャはアッシュールの胸に手を当て、抱き寄せられた。ココもアッシュールの腕の中に潜り込んでくる。
「パパ、大好き」
「ほら、大好きだって」
ルージャが笑う。アッシュールはココとルージャを抱きながら眠りに就いた。二人の体温が暖かかった。
陽が登り始めた頃、アッシュールは目を覚ました。秋の空気は冷たく透き通っている。陽は空を赤く染め、草原を輝かせていた。
アッシュールは足下に小川が流れていることに気が付いた。沢を見ると、清水が湧き出ていた。アッシュールは沢に登ると、巨大な虎の死体が三頭横たわっていた。
アッシュールは冷たい清水で体を洗った。寒さに震えながら焚き火に戻ると、薪を足して火を強めた。
アッシュールは燃えていない虎を眺める。一頭だ。毛皮は比較的貴重な産物で、虎はこの辺では土地神様の五頭しかいないため、貴重だと思われた。
アッシュールはヘガルとルージャを呼び、手伝って貰いながら皮を剥いでいった。後ろ足首を周に沿ってナイフを入れる。縦にナイフを入れ、足の皮を剥ぐ。前足、首にもナイフを入れた。アッシュールの技量では頭の皮を綺麗に剥ぐことは出来なかった。
三人で仰向けにし、腹にナイフを入れる。腹から背中に向かうように皮を剥いでいく。途中、ナイフの切れが悪くなり、研ぎをいれた。全ての皮が剥ぎ終わると、アッシュールは余分な皮質、脂を削いでいった。
「凄いわね、アッシュール。何でも出来るのね。でも虎を右向きにしたり左にしたり疲れたわ」
ルージャは気持悪そうにしているヘガルをよそに、感心して作業を見ている。
「パパ、虎さんでコートをつくるっちゃか。クコおばちゃんはいないとよ」
「命に感謝して、全部使って上げないとね。街に行けば、毛皮は売れると思うんだよ。毛皮と何かを交換したいんだ。街にはバザールがあると聞いているからね」
アッシュールが脂質を取り終えると、出発することにした。ルージャとココは急いでアッシュールの衣類の洗濯を始める。アッシュールは荷物をまとめ、旅立ちの準備をした。アッシュールの衣類と虎の毛皮を干しながら、タルボの歩みを進めた。三日間、誰にも会わず、襲われずに草原の中を進んだ。四日目の昼頃、街道は北に曲がり、大河と接した。
「パパ、何か見えるっちゃよ」
「多分街です、アッシュール殿」
ナンムの従者、ヘガルが指を指す。
「パパ、街でなにするっちゃか」
「うん、出来れば春まで滞留したいんだよ。これから冬になるからさ。家でも借りられないかなと。僕の村の人も来てるはずなんだけど、出来れば会いたいな。それくらいかな」
ナンムは街に近づくにつれ、無口になっていった。
街道は大河の街に近づいていき、目視でも見えるようになった。アッシュールは立ち止まり、ナンムをタルボから降ろした後、ナンムも降ろす。ココとルージャもカルボから降りる。ナンムはアッシュールの顔を見ると、泣き出してしまった。
「街が見えてきたよ。お別れだ、ナンム。元気でね。君はどうして街まで来なくてはいけなかったのか、わからないけど無理しちゃ駄目だよ。ヘガルさん、余り無理をしないようにお願いします。別れてしまうと手助け出来なくなりますから」
ナンムは頭を振る。
「嫌、嫌、嫌」
「ナンム姉ちゃん、お別れっちゃか」
ココがアッシュールを見る。
「うん。ちゃんとお別れを言うのよ。ココちゃん」
ルージャはナンムの前まで行くと、両手で抱きしめた。
「髪の色も銀色だし、ココちゃんのお姉ちゃんのようだったわ。寂しくなるけど頑張ってね」
「ありがとうございます。ルージャ様」
ナンムはしばらくの間、ルージャの胸の中で泣いていた。
「ココちゃん、さようなら。又会えるかな」
ナンムは目を腫らしながら、懸命にココに向き合う。
「何言っているっちゃ。会えるにきまっちょるよ」
ナンムと対照的に、ココはにこにこしながらナンムと握手をしている。
「ナンム。ココ。おいで」
アッシュールは二人に牙を手渡す。拳ふたつ分の長さの、大きな牙だ。
「虎の土地神様から頂いた、虎の牙だよ。透かしてごらん。まだ生きている。牙の中に虎が見えるだろ。正真正銘の虎の牙だよ。偉大なる虎の土地神よ、二人の子にご加護を与えたまえ。草原を駆る土地神様の力を、この子に与えたまえ。この子が困難に陥ったとき、苦難に遭ったとき、道を違えたとき、心に燃える竜の火が消えそうになったとき、偉大なるお力をお貸し下さい。土地神さまのように、強き足で再び歩き出せるよう、見守り下さい」
アッシュールの言葉で、牙が微かに光り出す。ココとナンムは驚いて牙を見る。
「よし。君たち二人は、同じ守り神のいわば姉妹だ。いつでも、心では一緒だ。いいね」
ナンムは頷く。
「この者、二十五代雨降であるナンムの行く手に竜神様の火のご加護があらんことを。雨の日も、風の日も、内なる火が消えぬように。火は全てを知り、全てを見通す。火に恥じぬ道を行くが良い。道を違えば、火はすぐに消え失せる。心に灯す火を絶やさぬように」
「はい。私、二十五代雨降ナンム、竜神様のご意志により旅立ちをいたします。竜神様のご意志は清く、尊いものです。私は竜神様のご意志を貫くべく、旅に出ていきます。私の行く手は険しい山のようで、深き森のようで、深い湖のようです。また大雨や強風の様です。一歩一歩大地を踏みしめ、私は行きます。両目で、清き心にて常に正しき道を進んでいきます。もし道を誤るときは竜神に誓いを述べ、正しき道に戻ります。もし、志半ばで倒れても誇りを持って歩んだと、全力で駆け抜けたと誓います」
アッシュールが旅立ちの祈りを行うと、ナンムは返歌を行った。アッシュールの竜の村では竜神への祈りは絶対的なものだ。魂だけで彷徨っていたバドも祈りで竜の元へ帰って行った。ナンムも誓いの重要性を理解しているようだ。
ナンムはアッシュールに抱きついた。大声を上げて泣いた。両手できつくアッシュールの服を掴んだ。
「ナンム様、行きましょう」
ヘガルがナンムを促す。アッシュールはナンムの肩を持ち、距離をあけた。
「じゃあ、またね」
アッシュールの別れの言葉に、ナンムは小さく頷いた。ナンムはヘガルと歩き出し、街へ入っていった。ナンムは何回か振り向いた。目に涙があるかわからなかった。
「ママ。ママ」
ココが泣き始める。堪えていたようだった。
「僕たちも行くよ」
アッシュールはタルボに騎乗すると、ココとルージャもカルボに騎乗した。三人が進んでいくと、街が大きく姿を現した。
無事、街に着きました。
次回から新章スタートです。
書きためた原稿が少なくなって来ました。
気合い入れて書かねば!




