第4章 街へ その9 沢の砦
「そう、まともに戦ったら虎に喰われて終わりだと思う。この岩場の上が沢になっているから、沢の上に皆で立てこもる。沢を見てくれ。細いだろ。虎一頭分だよ。立てこもれば、虎は一頭づつ相手すれば良いことになるよ。五頭いっぺんに相手するより、勝算がかなり上がるよ。一頭を誘い込み、岩を落として仕留めよう。油も使おうか。木と岩で足止めも作っておく」
皆は黙っている。ルージャとココは当然という顔をしているが、ナンムとヘガルは不安を隠せていない。
「よし、では皆で沢に移動する。ルージャとベラフェロはタルボとカルボを連れて先に登ってくれ。足場の良いところで野営しよう。第一の砦だ。柵を築き、落とす岩を準備できたら上に登ろう。第二、第三と虎に気づかれるまで上に登りつつ、砦を築いていくよ」
「わかったわ、アッシュール。一列だと、なんとかタルボさんもカルボさんも登れそうよね。アッシュールは最後に登ってくるの」
「うん、ルージャ。僕は殿だ。もし虎が襲ってきたら、僕が時間を稼ぐから、そのうちに逃げてくれ。今日はたらふく食べたはずだから、来ることは無いと思うのだけどね」
「ココちゃん、ベラフェロさん、行くわよ」
「行くっちゃね」
ベラフェロが先頭に立ち、ルージャがタルボを、ココがカルボを引いて沢を登っていった。沢には水が流れていない。アッシュールは雨が降ったら小さな川になるのだろうと見当を付ける。沢は切り立っており、人がようやっと通れる太さだった。
「ナンム様、無茶です。剣はしっかりした足場の元で遣う物です。虎に勝てる訳がないです。二人で逃げましょう」
ヘガルはナンムの手を取り、説得しようと必死だった。
「いいですよ、ヘガル。逃げましょうか。私が掴まって、食べられて上げますから、その隙に逃げなさい」
「い、いや、そう言うことを言っているので無くて、あの馬を奪えば」
ナンムは首を振る。
「いえ、あの馬はアッシュール様やルージャ様の馬です。奪うことはなりません。私は二十五代雨降として、そのような行動は出来ません。ヘガルと逃げるのであればいいですよ。私はヘガルより走れませんので、私が囮になります。今のアッシュール様の様にね。アッシュール様は今、一人で危険を全て引き受けてくれているのです。さぁ、駄々こねてないで登りますよ」
ヘガルはナンムに促されて登り始めた。皆が登り始めた頃、アッシュールは薪を焚き火に足していた。火は大きく燃え上がる。少しでも足止めが出来ればいいとアッシュールは考えた。
アッシュールも後ろを見ながら、沢を登り始める。上を向くと、ルージャとココが手を振っていた。ヘガルとナンムも登り終えた様だ。アッシュールも急いで登っていった。
「見晴らしが良い場所よ。ここが今日の野営地ね。ほら、上を見て。所々、見晴らしの良さそうな場所があるわ」
「ここに柵をつくるっちゃね? 熊さんの時みたいに」
ナンムは登り終え、座り込んで荒い息をしている。チパコは不安げな目をナンムに向けている。ルージャはナンムに水の入った革袋を手渡すと、ナンムはゆっくりと喉を潤した。
ルージャが野営地に指定した場所は、適度な広さがあり、岩も周囲に沢山あった。アッシュールも無事、登り終える。
「ココとナンムは薪を集めて火を熾して欲しい。鮭を焼いて食べよう」
「わかったっちゃ。ナンムねぇちゃん行こう」
「ココちゃんは火を熾せるの」
「任せてっちゃ。火打ち石の使い方を教えてもらってるっちゃからね」
「へぇ、凄いのね。よし、行こう!」
「ベラフェロ、ココとナンムを頼む」
アッシュールに言われ、ベラフェロはココの側に音もなく寄り添う。
「よし、ルージャ、柵を作ろうぜ」
アッシュールは鋸をルージャに渡し、自らは斧を持った。アッシュールは周辺に生えている拳大の木を切り始めた。木が倒れると、ルージャが鋸で枝を払っていく。
一本切れたら、アッシュールとルージャは沢を塞ぐように、柵の横材を配置すると、麻縄で直立している樹木に結び、固定する。
「ワン!」
チパコはヘガルに斧を手渡す。
「チパコ、私に木を切り倒せと」
ヘガルは斧を呆然と見つめる。
「いいですよ、僕がやります。ヘガルさん、出来れば石を集めておいて欲しいのですが。ここから、大きな石を投げ入れれば転がって虎に当てることが出来ます」
「ワン!」
チパコは尻尾を振って答えると、ヘガルの手を持って人の頭大の石の所に連れていく。
「チパコ、私は力仕事は苦手なんだよ」
「ワン!」
「わかったよ、よっこいしょ」
ヘガルとチパコは石を運び始めた。ヘガルは危なっかしい持ち方だった。
アッシュールは木をどんどん切り倒し、材木を積んでいく。
「ルージャ、先にご飯を食べていて。ほら、ココとナンムが待っているよ」
「無茶しちゃ駄目よ、アッシュール」
「柵を作っちゃわないと、籠城する意味が無くなるからね」
アッシュールは積まれた材木を運び、二本目の横材を麻縄で固定した。二本の横材に、縦に木材を結んでいく。柵らしくなったが、虎の体当たりを跳ね返すことができると思えなかった。
アッシュールは木材の先端を斧で鋭く削り、槍のように横材に四本固定した。槍でいう端側、石突きを地面の石に固定し、周囲の石を集めて固定する。
見た目には、柵に槍衾を行っている感じになっている。ルージャが鮭を持ってきた。
「食べて、アッシュール。力が出ないわよ」
振り向くとルージャがいた。アッシュールは鮭を手渡される。
「ココちゃんとナンムちゃんは寝たわ。チパコちゃんもね。ヘガルさんはへばっているわ」
アッシュールは渡された鮭を口に入れる。
「立派な柵じゃない。流石ね。これじゃぁ虎は入って来れないわ」
アッシュールは首を振る。
「串刺しに出来るのは一頭だけだよ。残りは乗り越えてきてしまう。どんどん柵を用意しないと駄目だね」
「アッシュール、もう寝て。私が見張りをしているから」
アッシュールは眠りに就いた。
アッシュールはひんやりした空気で目が覚めた。まだ陽は昇っていない。夜中だ。横ではルージャが毛布にくるまっていた。
「起きたよ、ルージャ。少し寝て」
ルージャは頷くと、目を閉じた。
陽が昇り始め、アッシュールが立てこもる沢にも陽が照り始める。アッシュールの目にも、街道まで見回せる様になった。
街道で動く影を見つけた。アッシュールではよく見えない。
「ルージャ、起きて。何か動いている。見えないかい」
いよいよ、虎との戦いが始まります。




