第4章 街へ その7 街道の遺体
「元気ないわね、アッシュール。仕方ないわね、酷かったのでしょう、村が」
アッシュールは小さく頷いた。ルージャがアッシュールの隣に座り、体をくっつけてきた。ルージャの心地よい香りと体温が締め付ける胸を和らげてくれた。
「パパ、パパ、お花が沢山だっちゃ。明日からお湯は飲まんとええよ。狼さんもおいで」
ココはアッシュールの膝に座る。ココの体温がアッシュールに伝わってくる。アッシュールの足下にベラフェロが寝そべっている。
アッシュールはココの綺麗な銀髪を触る。ベラフェロの毛皮はさらりとして美しい。
ココはアッシュールの膝の上で寝てしまった。ルージャはアッシュールと目が合うと微笑んだ。銀髪と、赤い眼が美しかった。ルージャの顔に、薄いそばかすを見つけた。アッシュールもルージャの新たな発見に微笑んだ。
アッシュールは生きていた。生きている以上前を向かなくてはいけなかった。厳しい旅になると、アッシュールは感じた。墨婆も大変なことになるが見定めよと言っていたのを思い出す。アッシュールは、死を司るのが竜の定めと思い始めた。ルージャが人になった以上、竜の剣、グアオスグランは魂の行き着くところなのだ、恐らく。グアオスグランを持つアッシュールは死を看取る者として生きて行かなくてはならないのかも知れない。
傍らではルージャも寝息を立て始めた。アッシュールも眠りに落ちた。
アッシュールが目を覚ますと、ルージャはいなかった。陽は傾き、草原を紅に染めている。大地の美しさに目を奪われる。アッシュールが起きたら、膝の上のココも目を覚ました。
「わぁ、パパ。綺麗ちゃね」
アッシュールはココの頭を撫でる。さらりとした銀髪が心地よい。
「パパ、お腹空いたっちゃ。麦はうちが煮たるけ、ゆっくりしとっと」
ココは立ち上がると洞窟へ戻っていった。アッシュールも立ち上がり、見張りを再開した。世の中は残酷だが、美しかった。美しいから、残酷なのかも知れなかった。
夜は何事も無く過ぎ、朝を迎えた。見張りは早朝でルージャと見張りを交代した。ルージャにはベラフェロといて貰っていた。
朝もココが麦を煮ている。ココは煮終わると、ナンムから麦粥を配り始める。いつもより人数が多いため、食器が足りない。ルージャはコップで麦粥をすすっている。チパコとベラフェロは鮭を囓っている。
「さぁ、旅立ちだ。旅立ちはこれかな」
アッシュールはザックから乾燥ブルーベリーを取り出すと、皆に配る。
「青い実だ、やったっちゃ」
ココが喜んで食べる。チパコとベラフェロは匂いを嗅いだだけで、食べなかった。
荷物をまとめ、葦毛のタルボと黒駒のカルボに分けて積み込む。洞窟内はアッシュールが引いていった。
洞窟の外に出る前に、ルージャに外を確認して貰う。
「大丈夫よ。誰もいないわね」
ルージャの言葉で、アッシュールがタルボに、ルージャがカルボに騎乗する。ルージャはひとりで乗れるようになっている。アッシュールはナンムの手を掴むと、アッシュールの前に乗せる。ココはルージャの前に乗っていた。
アッシュールが前を行き、ルージャ、徒でヘガルとチパコが続く。ベラフェロは走って街道まで出て、左右を確認している。
一行は街道まで出ると、太陽を背に進んでいく。
「あの、いろいろと済みませんでした」
チパコがナンムの左にやって来た。ナンムはチパコの頭を撫でる。
「ワン! ワン!」
チパコは嬉しそうに尻尾を振る。
「あれ、チパコが丈夫そうな棒を持っている」
アッシュールは訝しむ。昨日、アッシュールがナンムの心に入り込み、竜の血の力の大半を取り上げ、雨降の任を解き、チパコに棍棒を与えたのだが覚えていないらしかった。
「君は雨降だろ。きっと夢見とか出来るのだろ。昨日はどうだったかな。教えて欲しいな」
アッシュールは鎌を掛けてみる。昨日のことは覚えていないようだ。
「確かに、夢を見ると覚えていますが、昨晩は何も見ていないです」
ナンムはアッシュールの左腕を両手で抱きしめる。
「済みません。しばらくこのままで良いですか」
ナンムはアッシュールの左腕を掴みながら、体重をアッシュールに掛けてきた。痩せた体は羽根のように軽かった。ナンムは一言もはしなかった。
アッシュールは街道の前方に何かが散乱しているのを見つけた。ナンムもアッシュールの視線に気が付いたのか、前方を見る。
「きゃぁぁ」
アッシュールがが散乱物の近くに歩を止めると、ナンムは悲鳴を上げた。悲鳴と共に物体を啄んでいたカラスが飛び立ち、小動物が逃げ出した。
人だ。人だったと言った方が正確だろう。人の頭と腕と足が散乱し、一体を血で埋め尽くしている。
「どうしたの、アッシュール。う」
ルージャはココを抱きしめ、見せないようにする。
「こ、こいつらは」
ナンムの従者、ヘガルが散乱した死体を触ろうとする。
「ヘガルさん、触るな!」
アッシュールは死体を触ろうとするヘガルを制した。
「熊などは得物に執着する! 絶対に触るな!」
アッシュールは叫ぶと、周囲を見まわす。
「右手だ、右手の岩場に走れ! ヘガルさん、先に行って!」
アッシュールは岩場に入ると、ナンムを降ろし、タルボの手綱を木の枝に結んだ。
「ココ、大きく火を焚け。とにかく燃やせ。ヘガルさん、タンム、済まないけど薪を集めて欲しい。チパコとベラフェロはナンムを頼む。ルージャ、行こう」
アッシュールは有無を言わせず皆に指示すると、音を立てずに街道めがけて移動を開始する。ルージャはアッシュール以上に音を立てず、後をついてくる。
二人は街道を横の草むらに身を隠した。
アッシュールは周辺を見まわすが、散乱した死体があるだけで、他はいない。いや、死体にカラスが再び群がっていた。
「ルージャ、死体は六人だ。頭が六つある。剣を見てくれ。三降りしか見えないが、ナンムをとらえていた賊と同じだ」
「本当ね。そうしたら、後に来た賊かしら」
ルージャも死体を眺めながら答える。ルージャは流石本物の竜で、多少の事であれば動揺しない。極めて身のこなしが軽く、尋常でないほど遠くを見ることが出来る。
アッシュールは草むらの影で、風向きを確認する。街道から風が吹いてくる。アッシュールとルージャは街道から風下に位置している。アッシュールは風向きを確認すると、二ジュメ離れた所に衣類を見つけた。黒いローブだった。ローブは腹が食いちぎられている。
「あのローブは、神殿のローブだ」
「なあに、神殿って」
「村を出たとき、村人が死んでいて、埋葬したんだ。その時、神殿と名乗る集団と出くわしたのさ。一緒に祈って貰ったんだけど、その時のローブに似ている。何者ななのだろう、神殿って」
「ねぇ、アッシュールって女たらしね」
アッシュールは驚いてルージャを見る。
ようやく街道の旅が始まりましたが、出会いたくない物に出会ってしまいました。




