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第4章 街へ その6 彷徨う魂

 「ベラフェロ、ナンムを頼む」


 アッシュールはベラフェロに耳打ちする。アッシュールは洞窟を出て、外に出た。洞窟の入口は岩に隠されていて、街道からは見えにくくなっている。

 アッシュールは岩陰から街道を覗くが、動いているのは風で揺れる草だけで、動く者はいない。


 風が吹いた。風はアッシュールの頬を撫で、銀髪をかき乱した。風はアッシュールの鼻に、花の香りをもたらした。アッシュールは足下を見た。カモミールの小さな花が咲いていた。晩秋の草原で、カモミールだけが花を付けていた。

 アッシュールは花を数房摘んだ。カモミールは尚も香りを出し続けている。


 「アッシュール、見張りなの。違うわね。何持っているの」

 ルージャがアッシュールの手のひらを覗く。


 「あら、可愛いお花」

 「さっき飲んだカモミールだよ。乾燥させるとお茶に出来るよ」

 ルージャはアッシュールの手のひらから花を一つ取り、香りを嗅いだ。


 「賊は大丈夫そうね、アッシュール。街道には誰もいないわ。ね、ヘガルとか言う人、何も本当のことを話していないわね。また襲われるんじゃないの」

 ルージャはしゃがみ込み、カモミールの花を摘む。たちまち手のひら一杯になる。


 「多分、僕の村だった場所の近くに隠里があるんだよ。ナンムは竜の血の力が強いから、攫われたんだろうね。あるいは、ただ女の子と言うだけで攫われたのかもしれないけど、賊が普通じゃないよね。ヘガルさんは賊を追って来たのだろうけど、賊がいなくなって安全になってから僕たちの前に姿を現したってことだと思うよ」

 ルージャは花を摘み続ける。服の裾に摘んだ花を入れていく。


 「何で隠すのかしらね。不思議ね」

 「そりゃぁ、竜のご先祖様が隠せと言ったんじゃないかな。いいそうだよ」


 「ね、ココちゃん連れてきていいかな。喜ぶと思うわ。明日からお花のお茶を飲みましょうよ」

 アッシュールが頷くと、ルージャは洞窟へ戻っていった。アッシュールは岩の前に進み出た。一面の草原を見まわした。ススキが晩秋の斜光で照らされ、輝きを放っている。


 アッシュールは、眼前の美しい草原で、血まなぐさいことが行われているのが信じられなかった。アッシュールは住む所があって、食事が出来れば上出来だろうと思う。家も、故郷も失ったから思うことなのかも知れなかった。


 「パパ!」

 洞窟の近くでココが手を振っている。アッシュールが手を振ると、しゃがみ込んで花を摘み始めた。

 アッシュールは岩まで戻り、腰掛けた。今日はここで見張りを行うことにした。


 「アッシュール、後で見張りを変わるわ。私の目は全てを見通すのよ。ん?」

 洞窟内から遠吠えが聞こえた。


 「ベラフェロだ。行くぞ」

 アッシュールは走って洞窟に戻った。


 「ベラフェロ、どうした!」

 ベラフェロとチパコが眠るナンムの前に立ち、空を見つめている。チパコも唸っている。ヘガルは何かを探し、顔を左右に振っている。


 「バドさん、そんな」

 アッシュールは空を見つめる。よく見ると、ベラフェロの先が淡く光っている。

 アッシュールはベラフェロとチパコを制し、淡い光に近づいていった。


 「バドさん。僕がわかりますか。アッシュールです。バドさん、僕です」

 アッシュールが右手を差し出すと、淡い光はアッシュールの右手にやって来た。


 「パパの知り合いっちゃか」

 「うん。先に、トカゲに襲われた時に死んだ僕の剣の先生。強くて格好いいバドさん」


 「そうっちゃか。魂がパパに会いに来たっちゃね」

 アッシュールが目で見えるのは淡い光だけだ。目ではなく、心がバドだと告げていた。バドは竜の懐にたどり着いていないのだ。魂だけになって彷徨い続けているのだ。


 「バドさん。まだ魂だけで彷徨っているんですか。バドさん」

 アッシュールは右手のなかで動かない淡い光を見つめ続ける。


 「アッシュール、きちんとお別れして上げて。帰してあげて」

 ルージャがアッシュールの肩に手を当てた。

 淡い光は浮き上がると、ナンムの方へ動き始めた。

 アッシュールはグアオスグランを淡い光に向けた。光の動きは止まった。


 「偉大なる戦士、バド・ギギルよ、我、竜の名の下に我に帰る事を許そう。そなたの人生は残る者の模範になり、清く、正しかったと証明しよう。そなたの苦しみは皆の糧となり、生きる力となろう。そなたの足跡は皆のしるべとなり、暗闇に明かりを灯すだろう。そなたの子孫は繁栄し、皆がそなたを目指すだろう。安心して我に帰るがよい。我はそなたの一歩、耐え難い苦難に充ちた一歩一歩を称えよう」


 祈りの言葉が終わると、光は消え、静寂が包み込んだ。


 「バドさん、死んでも死に切れなっかたのかい」

 ルージャがアッシュールの肩を抱く。


 「大丈夫、竜の懐に帰って行ったわ。安心して。さ、アッシュール、見張りの続きをしてよ。ココちゃんは私とお花を摘みにいきましょう」


 「うん。行くっちゃ!」

 ココがいつもより大きな声を出す。アッシュールはルージャに背中を押され、洞窟を後にした。

 アッシュールは外に出ると、洞窟を隠している岩を背に座り込んだ。

 バドの魂が現れたことにアッシュールは酷く動転していた。


 「皆はまだ彷徨っているのだろうか。僕が生き残り、皆が死んだことに納得をしていないのだろうか」

 アッシュールは空を見上げると、最初の犠牲者である村長と婚約者のルアンナ、警備隊結成後の最初の犠牲者であるバド達、アッシュール隊だったタンムとウバル。トカゲとの戦いで死んでいった者達の顔が浮かんでは消えて行った。何故死ななくてはならなかったのだろう。余りにも死にすぎて、心が麻痺していたが、バドの魂がアッシュールの胸を締め付け始めた。生き残った理由もわからないし、死んでいった理由もわからなかった。

剣の師匠の魂が彷徨っています。

アッシュールは酷く動揺しています。

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