表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/70

第4章 街へ その4 ナンムの秘密

 アッシュールの視界が闇に閉ざされる。何も見えない。足下で白い影が動いた。


 「ベラフェロ、まだ暗くて何も見えないんだ」

 アッシュールの弁明にベラフェロは裾を噛み、前へ行くよう促す。


 「前に行けばいいのかい」

 アッシュールはベラフェロの後ろを歩いて行く。ルージャとココの時は下り坂だったが、平坦だった。

 前方に花畑が見える。アッシュールは歩いて近づくと花畑の大きさに驚愕する。花畑の縁でアッシュールは立ち止まる。


 広かった。暗闇の中に永遠に花畑が広がっている。むせかえる花の香り。地平線が遙か彼方に見えた。アッシュールはしゃがみ込み、花を見る。


 「カモミールだ。カモミールの畑。広い。広いというものじゃない。大きすぎる。大きすぎる」

 カモミール畑の巨大さにアッシュールは圧倒された。


 「ワン、ワン!」

 子犬がベラフェロを見つけ、駆け寄ってくる。子犬は茶色で、毛が長い。子犬はベラフェロに一生懸命頭を擦り付けてくる。ベラフェロが子犬の頭を嘗めると嬉しそうにベラフェロを見た。


 「お前、人の形をしていないけどチパコかい」

 「ワン!」

 子犬は名前を呼ばれて、嬉しそうに尻尾を振っている。


 「お前は元々は犬だったんだな」

 子犬姿のチパコは花畑の方へ走り出した。

 「ワン!」

 チパコが振り返り、尻尾を振っている。


 「来いっていっているのかな」

 アッシュールは花畑に足を踏み入れる。むせかえる甘い香りの中を進むと、幼児が雑草を取っていた。雑草をむしる先は、一ジュメの円の範囲で雨が降っていた。


 「終わらないよう。草むしり、終わらないよう。草むしりしたらお花に雨を降らさないと駄目なのに、草むしり終わらないよう」

 少女は疲れ果て、座り込んで泣き始めた。


 「どうしてこんなにお花畑が広いの。一人では終わらないよう」

 「ワン!」


 「チパコ。待っててね。今草をむしっちゃうわ。だから待っててね」

 少女は立ち上がると、再び草をむしり始める。少女は一生懸命に草をむしるが、カモミール畑は巨大で永遠に終わらない。


 「ナンムちゃん、酷いわね」

 脳裏に語りかけて来る声に、振り向くと赤い竜がいた。竜も巨大で、竜の尻尾の先が見通せない。


 「やぁ、ルージャ。今日は赤い色が似合うよ」

 「これはさっきのお茶かしらね。どれ」

 ルージャがカモミールを囓る。


 「うん、やっぱり。お花は竜の血の力ね」

 ルージャは遠くを眺める。


 「え、この畑は竜の血の力の象徴か例えなのかい。広すぎるんじゃないか」

 アッシュールは腕を広げて花畑を示す。


 「さっき、鮭を食べていたら鮭畑だったのね。雑草は何になるのかしら。まぁいいわ。ご先祖達はナンムちゃんに何をさせているの」

 アッシュールは大きく息をついた。


 「僕の村がさ、巨大なトカゲの襲撃で全滅したんだ。生き残りは僕を入れて三名なんだ。その時ね、トカゲの吐く火が特別な火だったんだ。普通は木に火を付けたら木が燃えて、燃え尽きたら黒こげになるだろ。しかしトカゲの火が直接あたった所は、当たった瞬間に黒こげになるんだ。普通の火じゃなかったんだ。ルージャの火と似ているね。ルージャの火も特別な火だ。チパコを飲み込もうとしていたぶよぶよした怪物が、ルージャの火で退治出来たし。特別な火を消すため、特別な血の力を与えたんじゃないか、竜達は」


 「いいわ。アッシュール。私は今後、火を噴かないと誓うから大丈夫よ。畑を消しちゃって。竜の棟梁はあなただし、お花を食べちゃえば血の力を消せるけど、私はこんなに食べられないわ」


 アッシュールは驚いてルージャを見る。竜は誇り高き種族だ。自らの命より誇りを保つ事を優先させる。ルージャの口から誓いが出た以上、命を賭けて火を噴かないといったのだ。


 「火の他に武器があるのかい」

 「速く飛べるわよ。凄く速くて遠くまでいけるわ。見損なっては困るわね」


 「ルージャ、身を守れなくなるだろ」

 ルージャが首を振った。アッシュールに当たり、アッシュールが吹き飛ばされる。


 「ごめん、アッシュール。大丈夫?」

 アッシュールは尻を押さえながら立ち上がる。


 「アッシュール、見て。ナンムちゃんが使える雨の量は、あの程度なのよ。でも、お花畑はこんなに広いのよ。全部に雨を降らした場合、ナンムちゃんの心がもたないわね、きっと」


 「いてて。気を付けてくれよ。ルージャはそう思うんだね。竜の力はやっかいだな。無理をすると使えてしまうんだろ、多分。墨婆もそうだった。最後、竜神の法を使って全てを使い尽くしたよ」


 「覚えているわ。入れ墨のあるおばあさん。私を媒介に、何かを見ようとしていたわ。たったひとり、私に問いかけてくれたおばあさん。おばあさんの魂はいま、グアオスグランにいらっしゃるわ。今でも守ってくださっているわよ」


 「墨婆を知っているのかい」

 アッシュールは驚いてルージャを見る。


 「毎日、お話してくれたもの。楽しかったわ。今は昔話をしている時じゃないの」

 「わかったよ、ルージャ。グアオスグラン、ナンムから雨降の任を解きたい。出来るかい。ばれないように、遠話の術と少しの雨降くらいは残しておきたい」

 ルージャが頷く。


 「ほんの少しでいいわ。多分」

 アッシュールは歩いてナンムの側に行った。座り込み、途方に暮れるナンムの頬を濡らす涙を、指でそっと拭った。


 「お兄さん、誰」

 ナンムはアッシュールを見上げる。


 「ね、お花畑、広すぎたね。ごめんね」

 「うん、凄い広いの。私じゃ、お手入れが出来ないの。でも、やらなきゃ駄目なの。私のお仕事なの」

 ナンムは再び泣き始める。


 「君はもう、こんなに広い畑の管理をしなくても良いんだよ」

 ナンムは驚いてアッシュールを見上げる。


 「ほら、竜神様が見えるかい。君にならわかるだろう。正真正銘の竜神様だよ」

 ナンムは頷く。


 「今から、竜神様がナンムの仕事を変える。いいかい」

 言い終わらないうちにアッシュールは花畑に向かってグアオスグランを振るう。花畑は一瞬のうちに無くなった。

アッシュールはナンムの魔力を根こそぎ奪いました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ