第1章 旅立ち その3 双頭の大蛇
鍛冶屋では、既にララクが槍を持ち、突いたり、払ったり、動作を繰り返している。
「おはようございます。ララクさん」
「もう昼だ。成る程、柄が長いから遠くから斬りつけられるのか。考えたな」
ララクが感心したように槍を振っていた。ララクは槍の使い方を心得ているようだった。
「ほれ、お前さんの槍じゃ」
ララクは赤い柄の槍を手渡した。
「隊長さんには、特別じゃ。受け取れ」
アッシュールは驚いて鍛冶屋のエンメンを見た。
「これは」
「いいのじゃ。我が家にはもう跡取りは居ないから、使ってくれないか」
アッシュールは槍を眺めていたが、強い意志をもって顔をあげた。
「わかりました。ありがたく使わせていただきます」
「隊長、似合うぜ、赤い槍。後の二人もきたようだ」
ララクは槍を振るのを止める。タンムとウバルもエンメンから槍を受け取っている。
「みなさん、槍を受け取りましたか」
「おお、早速やるか。いいぞ」
ウバルが槍を構える。
「みなさん、槍を構えてください」
アッシュールは両手で槍を持ち、左足を前に、右足を後ろに構える。
「まずは槍衾。みなさん、横一列に並んで下さい」
アッシュールの指示でアッシュールを中心に横に並ぶ。
「突進する敵は槍衾で食い止めます」
「おう。いいぞ」
代表してウバルが返事をする。
「槍衾の場合、上から斬りつけます。斬りつけ!」
アッシュールは大声を上げ、上から下に振り下ろした。残る三人も上から振り下ろす。
「突くんじゃないのか」
ララクが不思議そうに尋ねる。
「突いても良いのですが、刺さると抜けなくなるときがあります。得物を失います。しかし、突進や早い敵には突きしかありません。抜けなくなったら、無理せず槍を放して下さい。予備として、腰には剣を携えていて下さい」
一同は頷く。
「戦い方ですが、正面から激突するときは槍衾です。しかし、オオトカゲの化け物は火を噴きますので、正面に並んで槍衾は無いような気がします。出来れば、相手より先に見つけて囲い込んで突進します。いかにして囲い込むかがポイントです。どんな敵も囲い込めばひるみが出てきます」
アッシュールは一息つくと、再び話し始める。
「ララクさんは後ろ、ウバルさんとタンムは左右に散って貰えませんか。正面は僕です。これを基本の陣形としましょう」
三名は四方に散り、槍を構える。
「突進! 突け!」
アッシュールが叫ぶと、四名は突進して突きを繰り入れる。
「これで勝てるのかい。簡単すぎじゃないか」
ウバルが不思議そうに尋ねる。
「そうです。槍は、剣より遙かに簡単で、強力なんです。だから、皆は槍を使っていないんですよ。取り押さえるのが難しくなりますからね。暴れられたら。ウバルさん、剣を持って構えて貰えませんか。残りの三人と対峙しましょう」
ウバルは、三人の前に立ち、剣を構える。
「よし、来い。俺の剣は鋭いぜ」
「全員、槍衾! 構え!」
アッシュールの号令で三人は槍を構える。
「当てないように斬りつけ!」
三名は同時に槍を振り下ろす。槍は二ジュメはあるため、剣よりも遙かに長い。
「おおっ。踏み込めん!」
「全員構え、一歩前進!」
三名は槍を構え、一歩前に出る。ウバルは思わず後ずさる。
「わかった、わかった! 俺も槍でいいぞ。おっかねぇな、槍に構えられるとな」
「そうでしょう。槍を使う肝は、皆の揃った行動です。突進されても、槍衾で何とかなります」
アッシュールが槍の効能を話していたときだった。
「おい、大変だ、化け物が出た! いたいた、アッシュール、バドが苦戦している、助けてくれ! 畑の方にいるぞ!」
男は叫んだかと思うと、倒れ込んだ。腹から血を出している。
「おお、ギンド、大丈夫か、ギンド! お前ら、わしに任せて早く行くのじゃ!」
鍛冶屋のエンメンは血まみれのギンドを抱きかかえ、建屋の中へ引き入れた。
アッシュール達は畑に向かって走り始めた。
「ギンドは腹を食われていた! どうなっているんだ、この村は! 今までこんなこと無かったぞ!」
走りながらウバルが叫ぶ。しかし、答えられる人間はいない。皆、一体何故怪物に襲われるのか、わからないのだ。
「ぎゃ」
遠くで人の声がした。一人が大蛇に噛みつかれていた。大蛇が力を込めると、男は力を失い、弛緩した。大蛇は上半身を食いちぎると、下半身から大量の血を吹き出した。
アッシュールは目を見張った。頭が二つある大蛇だ。胴の太さは人の胴より太い。長さも十ジュメはある。
大蛇の左側の頭が男を噛みちぎったとき、右側の頭は素早い動きで男の頭に噛みつき、勢いのまま引きちぎった。首を無くした男は大量の血を吹き出し、膝から崩れ落ちた。バドだった。倒れたバドの横には、若者の死体が転がっている。腹が食いちぎられていて、ぴくりとも動かなかった。
「ひいい!」
タンムが悲鳴を上げる。バドの隊が全滅していた。
「タンム! 気を強く持て! バド達の弔いだ! 全員、槍衾! 構え!」
アッシュールは大声を上げると、タンムは正気に返り槍を構えた。
槍を構えた四人に、大蛇が近づいてくる。大蛇の口から細い舌が見え隠れしている。
「タンムとララクさんは左側! 僕とウバルさんは右側を! 近づいたら上から斬りつけ! 構え!」
アッシュールは近づいてくる大蛇の間合いを計る。大蛇の攻撃のリーチは二ジュメより少ないと見た。ぎりぎりまで引きつける。
「二ジュメまで引きつける! そのままで! まだ! まだ! 全員、斬りつけ!」
アッシュールの放った一撃は大蛇の頭に直撃した。大蛇は嫌な叫び声を上げ、大きくのけぞった。
「ウバルさん、突き!」
アッシュールの指示でウバルが突きを入れる。槍は見事に喉を貫いた。
「アッシュール、離れない!」
ウバルは槍を抜けないようだ。
「ウバルさん、槍を放してエリドゥさんへ連絡をお願いします!」
ウバルは槍を放すと、村に戻って行った。
右側の大蛇は槍に刺されたまま動かなくなったが、左側は苦戦していた。左の頭はララクとウバルが大蛇の素早い動きに苦戦していた。
「三名で囲む!」
アッシュールが斬りつけながら真ん中へ移動する。タンムとララクで左右を囲む。
大蛇は囲まれた事でことで、一瞬動かなくなった。
「今だ! 斬りつけ!」
動きの固まった大蛇へ、三人で斬りつける。アッシュールの槍は正確に大蛇の頭を叩きつけた。タンムとララクの槍は喉元に当たり、皮膚を切り裂いた。切り裂いた喉から血が飛び散る。
「全員、突き!」
三本の槍が大蛇に突き刺さる。大蛇は二、三度痙攣した後、動かなくなった。
「みんな! 大丈夫ですか!」
アッシュールは二人を見るが、特に傷を負った形跡は無かった。まずは安堵しつつも、周囲を見まわすと、三名の遺骸が残されていた。
「エンタラとラファンだ。こっちがバドだ。皆、勇敢に戦った。タンム、お前は帰れ」
ララクが遺骸を見まわす。タンムは口を押さえ、胃の中身を吐いている。
「バドさんの隊ですね。残念です。タンム、大丈夫か」
タンムは三名の遺骸を見て、吐き始めた。若者というより、まだ子供だ。本来はこのような化け物との戦いに出なければならない年齢ではないはずだ。
「ララクさん。タンムを連れて、戻っていただけませんか。僕はここでエリドゥさんが来るのを待ちます。皆の葬儀の準備をしないと」
ララクは頷くと、タンムを肩に背負い、村に戻っていった。
第三話目をUPいたします。
果たして、主人公のアッシュールの運命は??