第3章 目覚め その9 人攫い
アッシュールは竜の剣、グアオスグランを抜き、身構える。アッシュールのうなじに、敵意が突き刺さる。
「ルージャ、ココ、武器をとれ。ここにいろ。ベラフェロ、行くぞ」
ルージャはコリじいの剣を抜き、ココは竜の槍、グラチエロを構える。ルージャは昼間より真面目な顔になり、ココは強ばった顔になる。
アッシュールとベラフェロは音もなく林を進む。木陰から街道を眺めると、街道の東西に二人づつ、四人の人影を認めた。東には馬車が止まっていた。
アッシュールは息を殺し、東西を見ていると、声が聞こえて来た。
「えらいべっぴんがいるぞ。殺すなよ。子供もな。男は殺せ。聞いているか」
「女はどうしますか。売り払いますか」
「まずはべっぴん具合を確かめないとな。ぐはは」
頭目と思しき男は下品に腰を振る。
「なんだこいつら。人攫いか」
アッシュールは賊の得物を確認する。四人とも剣を持っており、弓は無いようだ。
「ベラフェロは右、僕は左だ。いいね」
アッシュールは中腰で音もなく左に向かう。ベラフェロは右に向かう。ベラフェロはいつもより腰を落とし、更に静かに行動している。 「行け」
ベラフェロに心の中で指図した。ベラフェロは遠吠えをする。四人が暗闇でベラフェロを探そうと視線を林に集中させた。
アッシュールは飛び出すと一人目の手に一撃を食らわせる。手首から血を吹き出し、剣を手放す。二人目は上段の構えから振り下ろす。賊は剣で受け止めるが、アッシュールは突きを繰り出し、肩口に突き刺さる。
「がっ」
賊はもんどり打って倒れる。
ベラフェロは賊の腕に噛みついている。
「この野郎!」
もう一人の賊がベラフェロを突き刺そうとしていた。アッシュールは後ろから突きを入れた。アッシュールの剣は賊がベラフェロを突き刺すより早く、肩口にめり込んだ。アッシュールは剣を引き抜くと、もう一人の肩口に突きを入れる。腹を突くと致命傷になり、まず助からない。肩口を浅く突けば、今後剣を振るうのは難しくなるだろうが、致命傷とはならない。アッシュールは巧妙に相手の敵対心を奪った。
アッシュールが剣を抜くと、賊が倒れた。賊はもだえ始め、全身を痙攣させると動かなくなった。賊が倒れ込むと急速に干からび、骨と皮だけになった。
先に突いた賊も痙攣し、動かなくなると同時に骨と皮だけになった。
アッシュールは急いで西に駆け寄る。先ほどアッシュールが軽症を負わせた相手だ。
「お前らは何者だ。何故干からびる」
アッシュールは倒れている賊に問い詰める。
「ぐ、俺たちは」
何かを言いかけた時、微かに二人は発光しし、淡い光が二人を包んだと思うと、痙攣して動かなくなった。やはり、直ちに骨と皮だけになった。何者かに生命そのものを吸い取られている。
「おい、どうした、どうした!」
アッシュールは大声を上げる。
ルージャとココがやってくる。
「やっつけたの、パパ!」
「動くな! 何かいる!」
アッシュールは感じた。何かが、賊を喰ったのだ。賊の魂を喰ったのだ。アッシュールのうなじに強烈な違和感が襲いかかる。
ベラフェロが唸り声を上げながら、アッシュールの目の前に飛びかかり、何かに齧り付いた。アッシュールは剣を突き刺そうとするが、アッシュールには何も見えない。
ベラフェロは悲痛な声を発し、はじき飛ばされる。アッシュールはベラフェロの前を大きく薙いだ。何も無い空間で有るはずなのだが、何かに当たり、切り裂いた。
アッシュールはもう一度、何も無い空間を大きく薙いだが、手応えは感じられなかった。
ルージャが火のついた薪を持って来た。アッシュール達の他には生きているものはいる感じではなかった。
「パパ、何これ。どうして人がこのようになるの」
ココが悲痛な声を上げる。ルージャはベラフェロの側で頭を撫でている。
「こいつら」
アッシュールは賊の剣を持つ。ルージャが火のついた薪で照らしてくれる。
「この剣は、この剣は」
見覚えのある剣だった。アッシュールの故郷、竜の村の生き残り、酒屋のパブヌが死んでいた場所に落ちていた剣だ。
「アッシュール、どうしたの」
ルージャがアッシュールに声を掛けたとき、ココが叫ぶ。
「あっちに誰かいるっちゃ!」
ココは馬車を指さす。ココとアッシュールは走って馬車に向かう。馬車は木製の檻になっていた。誰かがいるようであるが、暗くて見えなかった。
ルージャが馬車を照らすと、奥に少女がいた。アッシュールは剣で閂を止めている革紐を切り、檻を開ける。
「う」
アッシュールは思わず顔を背ける。
ココより年上と思しき少女が傷だらけで手首を縛られていた。裸に剥かれ、肌のいたる所から血を吹き出している。
「あ、あ、あ、あ」
少女は体を痙攣させ、口から血を吹き出した。アッシュールは手をほどくと、抱きかかえて焚き火に連れていった。毛布を取り出し、少女の体を包む。
「気をしっかり持て!」
アッシュールが叫ぶが少女は再び吐血した。 アッシュールは少女を右向きに寝かせ、毛布で指をくるむと口に指を入れる。アッシュールが少女の背中をさすると溜まっていた血を吐き出させた。アッシュールは指を抜くと、鍋を取り出し、水を汲み、焚き火にくべる。ぬるま湯になると、鍋の湯を手ぬぐいに掛けて濡らすと顔を拭く。アッシュールは口に手を当てて息をしていることを確認する。
「大丈夫そう?」
ルージャはアッシュールが顔を拭いているのを心配そうに眺めている。
「うん、生きている。ルージャ、体を拭いてあげてくれないか」
アッシュールが手ぬぐいを絞ると、血が流れ落ちた。アッシュールは川で手ぬぐいを洗うと、ぬるま湯をかけて手ぬぐいを暖める。
ルージャはアッシュールから手ぬぐいを受け取ると、毛布をほどいた。ルージャは手ぬぐいで少女の体を拭っていく。痛々しい姿だった。まだ成長仕切っていない、清らかな体のはずなのに、傷だらけにされていた。どうやら、男どもの慰みものになっていなさそうなのが幸いだった。
ルージャは息を大きく吸うと、既に消えていた焚き火に向かって吹きかける。息は火炎となり、焚き火に襲いかかる。焚き火は一瞬大きく燃え、また元に戻った。ルージャは薪をくべて火を大きくしていく。
「アッシュール、ココちゃん、ベラフェロさんもこっちおいで。私の火を吹きかけたわ。私の炎の前で、よこしまな者は出てこられないわ。だから、は、は」
ルージャはココに向けていた視線を外し、アッシュールに向けた。
「鼻が、鼻が、は、は」
ルージャはアッシュールに向かってくしゃみをした。火炎が勢いよくアッシュールに襲いかかるが、アッシュールは余裕を持ってかわす。
アッシュールとココはちらりとルージャを見るが、何食わぬ顔で少女の介抱している。
「ママ、この子動いたっちゃ。くしゃみしちゃ駄目っちゃよ」
少女は目を開けた。
「こ、ここは」
少女は左右を見まわした後、ルージャを見上げる。
「動いちゃ駄目よ、あなたは悪い人達に攫われていたのよ」
ルージャは動こうとする少女を毛布ごと抱き留める。
「あ、あなた様は」
「なあに?」
「ま、まさか赤い世界の竜神様でいらっしゃいますか。私は二十五代雨降を拝命いたしました、ナンムと申します。お、お会い出来て光栄でございま」
ルージャは右手で少女の口を押さえ、言葉を遮る。
「礼儀はいいわ。当代の赤い世界の棟梁たる我が夫に代わりナンムに命じます。まずは休みなさい、いいわね」
街道に出た途端、賊に襲われてしまいました。
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