第3章 目覚め その5 家族
「これからもよろしくね」
ルージャは立ち上がろうとしたが、すぐに尻餅をついた。
「ルージャ、まだ元に戻っていないんだよ。まだ療養が必要じゃないの」
「うん。何も出来なくてごめんね。ココちゃん、こっちおいで」
「ね、これからは、ママって呼ぶね」
「うん。ココちゃん。よろしくね。で、ほら、ご挨拶は?」
「あ、あの、うちのパパに、パパになってっちゃ」
アッシュールはちょっと驚いたが、ココの頭を撫でる。緊張していたココの顔が、笑顔になる。
「ココは僕の娘だ。うんうん」
違和感が無い。アッシュールは感じている。ココとは、黄泉の国なのだろうか。あの暗闇で、魂同士のふれあいをしている。アッシュールとココは、魂の共有者なのだった。当然、ルージャも一緒だ。
アッシュールには心に秘めていた一言がある。今なら言っても良いのではないか。いや、言わないと男ではない気がした。ココも勇気を出して言ってくれたのだ。
「ルージャ。良ければ、僕の妻になってくれませんか」
にこりと笑うルージャ。少し落ち着くアッシュール。
「で、ママもパパにご挨拶っちゃよ」
「え、さっき言ったわよ」
「駄目っちゃ。駄目っちゃ」
ココは真面目な顔でルージャに話しかける。胸がどきどきするアッシュール。
「あ、あの、今日から、あなたの、つ、つ」
「うんうん」
ココが相づちをうつ。胸が高鳴るアッシュール。
「あ、あの」
「さぁ、早くっちゃ」
「今日から、あなたの妻です。アッシュール。私で良いですか。本当に私で良いですか。私はあなたと違い、竜です。本当に良いですか」
ルージャの瞳から、涙がこぼれ落ちる。アッシュールはココとルージャを抱き寄せる。
「僕たちは今から家族だ。いつも一緒だ。もう、一人にはさせない」
「パパ、ママ。パパ、ママ」
「ココ。もう寂しくないよ。僕と、ルージャがいるからね。お兄さんのベラフェロも居るし」
ベラフェロも三人の輪に潜り込んでくる。体の大きいベラフェロに負けて、皆がベッドに倒れ込む。
アッシュールと、ルージャ、ココ、ベラフェロが川の字になってベッドに横たわる。ココはルージャにしがみついたまま、寝息を立て始めた。アッシュールはルージャの顔を引き寄せる。ルージャは目を閉じる。唇がふれあう。アッシュールとルージャは目を空け、クスクスと笑った。
アッシュールとココは戦いの疲れか、再び熟睡してしまった。ルージャは初めての、感覚を得ていた。心が古里の島の静かな凪のようだった。ルージャはいつか二人に、古里の海と島を見せたいと思った。ルージャは熟睡するアッシュールの鼻を摘む。アッシュールは唸りながら首を振る。ココのすべすべの頬を撫でる。ココはぎゅっと力を込めて抱きついてきた。
翌日、ココとアッシュールはようやくお風呂に入り、体を綺麗に洗った。二人分の体を洗った浴槽は垢と返り血で赤黒くなった。
三人で朝食を取っていると、翼の人、コリとクコの夫婦がやって来た。
「ココちゃん、おはよう」
「コリおばちゃん、おはよう!」
ココは元気に挨拶すると、コリはルージャを見て驚いていた。
「お目覚めになられましたか。私は翼の人、村長のコリと申します。こちらは、妻のクコです。先の戦いでは、アッシュール殿の指揮の元、見事に宿敵の灰色熊を退治することが出来ました。お礼を申し上げます」
「コリさん、あんた今まで村長の息子って言っていましたよね」
アッシュールは少し驚いて問いただす。
「はい。先ほど、先代が亡くなりました。コルじいと一緒に逝けて、良かったと思っています。先代は体を病んでおり、先の戦いに参加できなかった事を悔やんでおりました。コルじいが見事な戦死を遂げたと報告したら、それこそ、大空の勇者である我々にふさわしい最後であったと、喜んでいました。これからコルじいと先代を埋葬します。お手数ですが、来ていただけないでしょうか」
「分かりました。伺いましょう。済みませんが、ルージャを連れて行っていただけませんか」
コリとクコの夫妻は、ルージャを抱え、飛んで行った。
「ココ、歩いて行くか。ベラフェロもおいで」
「うん」
二人は歩いて隠里を目指す。ベラフェロがしっぽを振りながら、ついてくる。
アッシュールは、コリが隠里を出ると言っていたのを思い出す。
「ココ。よく見て置くんだよ。コリさんとクコさんは里を出ると言っていたんだ。僕たちも、旅に出るんだ。ここに戻れるか、分からない。だからよく見て置くんだよ」
「あの小屋から出るの?」
「うん。ルージャとは、世界の果てに行く約束をしている。ルージャが元気になったら旅に出る。この森の向こうに何があるのか、見に行くんだ」
「うん。わかった。クコおばちゃんともお別れだっちゃね。寂しくなるけど、前に進まないと駄目っちゃね」
「うん。いつか、旅が終わり、再会出来たら、遠くに行った話しをしてあげるんだよ」
「うん」
二人は川沿いの灰色熊の遺骸にたどり着いた。火で燃やし尽くしたため、白骨化している。
「熊さんバイバイ」
二人は森の中に入った。熊をおびき寄せるための鮭が散乱していた。
広場を通り越し、隠里の入口にたどり着く。柵は撤去され、後ろに新たな木材が置いてある。新しく作り直すのだろう。
「おーい。先代村長と、勇者コルの埋葬に来た! はしごを降ろされたし!」
「よーし、登るっちゃ」
黒髪の男が、はしごを降ろしてくれた。翼は無い。
アッシュールはベラフェロを抱えながら登った。非常に重くて大変だった。ココはアッシュールの後から登った。
「あちらで、村長が待っているっちゃ」
「ココちゃん、こっち、こっち」
アッシュールとココは、大きめの木造家屋に通された。先に来ていたルージャの姿にアッシュールは見とれてしまった。綺麗な白いワンピースが、ルージャの細い体を協調し、豊かな胸を際立たせていた。
「ほら、アッシュール。どう? 作っていただいたのよ。綺麗でしょう」
ルージャはアッシュールの前でくるりと回った。スカートがふわりと浮き上がり、綺麗な太ももがあらわになる。
「ママ、綺麗っちゃよ」
「なによ、アッシュール。何か言ってよ。ほら」
「パパは照れてるちゃね」
「いや、あの似合っているよ」
アッシュールは面食らいながらようやっと言葉をひねり出した。
「ココちゃんも着替えるよ。おいで」
ココはコリと奥の部屋に入っていった。
「アッシュール殿。お着替えを用意しています。着替えて下さい。この前にお願いされていたものです」
「すみません、血で汚れた服が一丁しかなくて困っていたんです」
アッシュールも別部屋に通され、木綿で出来た下着と上着、ズボンに履き替えた。
アッシュール、ルージャ、ココがめでたく家族になりました。
翼の人の村長が亡くなりました。一度も登場しませんでしたね・・・
今後ともよろしくお願いいたします。




