第3章 目覚め その4 ルージャの目覚め
「さぁ、ココちゃん。起きて」
「あい。母さまと、父さまが行ってしまったっちゃ」
「ココちゃん。まだココちゃんの中ではお別れできてなかったのね。きちんと、お別れするのよ。出来る?」
「うん。出来る。母さま、父さま、さよならっちゃ。うちは元気に生きるっちゃよ」
「うん。これからね、私がココちゃんのお母さんになるから、一緒に暮らそうね」
「お兄さんが父さまになるっちゃか?」
「うん、うん、そうね。そうなるわね。仕方ないわね。あの男、私に一目惚れしてね。僕の美しい人! とか言い出すのよ。ちょっと気持悪いけど」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのこと、頑張って守っとたよ。大きな熊が来て、かっこよく倒したとよ。お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと好いとらんの」
「うふふ。三人で暮らそうね」
ルージャがココにウィンクする。ココにこりと笑って頷いた。ベラフェロが近づいて来て、ルージャに頭をこすりつける。次に、ココの頬をべろりと嘗めた。
「ほら、お兄ちゃんのベラフェロですよ」
「あれ、弟じゃないの。がっかりっちゃ」
女性陣、ルージャとココがアッシュールから離れてひそひそ話をしている。内容はアッシュールは聞こえていない。アッシュールには別の、消えそうな不定型な心が見えていた。
「アノコムスメハ、イキテオルカ」
「お前は、熊か」
「イカニモ。コムスメハ、ウツクシク、ミトレテシマッタ。クビヲ、モッテイカレタ」
「お前達は何者だ」
「ワレワレハ、神トモ、魔物トモイウ」
「何処から来たのだ」
「キガツイタラ、サントウデ、モリニイタ」
「神とは何だ。魔物とは何だ」
「オナジモノダ。魔ノチカラノツヨイモノダ。アノオナゴヤ、ソノ、ケンモオナジダ」
「あの森は、お前の物だったのだろう。横取りしたようで済まない。我々も生きるために仕方なかったのだ」
「キニスルナ。イマハ、モウレツナキガ、クウフクガナイ。クビヲオトサレテ、ヨウヤクココロガシズカニナッタ。レイヲイウ」
「まて、お前達の目的は何だ。教えてくれ」
「ワレワレハ、ソコニアルダケダ。カミノクニヤ、マノクニカラキタト、ニヒキハイッテイタガ、ワレハシラヌ。ワレニモクテキナドナイ。ワレハヒタスラ、コロシテ、クラウノミダ。ナンノタメニソンザイシテイタノダロウ。モリノオウハオマエダ。ソクサイデ」
熊の残留思念は薄くなっていった。アッシュールはグアオスグランを横薙ぎすると、完全に消え去った。
全てが漆黒の闇に閉ざされた。
アッシュールは目を開ける。コリとクコに肩を掴まれ、小屋目指して飛んでいた。小屋はすぐに近くなり、アッシュールは走ってココの元に行く。
「ココちゃん!」
クコが狂った様にココの名前を呼ぶ。
ココはぴくりとも動かない。手の脈を診るが、反応は無い。
ココの口に血が溢れている。ココを横むきにし、口に指を入れて血を吐き出させる。
アッシュールは、ココに微かに息が戻った感じがした。アッシュールは、鼻を摘むと、ココの口に自分の口を当て、息を吹き込む。二回吹き込むが反応が無い。もう二回、大きく吹き込む。
ココは大きく咳をし、血反吐を吐き出した。アッシュールの顔も血で真っ赤になっている。血を吐き出してから、ココの呼吸は徐々に力強く、魂のこもったものになった。
アッシュールはココを小屋の中に入れ、ココの靴と弓、毛皮の上着を脱がし、ルージャの横に寝かせた。
「う、うん・・」
ココが苦しそうに反応した。アッシュールは手ぬぐいを水で濡らし、ココの顔を拭いていく。たちまち、血で真っ赤になる。
ココが目を開けた。痛そうに体を起こす。
「ココ!」
アッシュールがココを抱き寄せる。
「ココ、良かった、良かった」
「お兄さん、痛い、痛い」
「ココ、ごめんな。ココを戦いに巻き込んじゃったな」
「ううん、うちこそ、ありがとうっちゃ。母さまと父さまの敵が討てて、よかったっちゃ」
ベラフェロが、ココの頬を嘗める。
「ベラフェロ兄さん、ただいまっちゃ」
コリとクコの夫妻は会釈すると、小屋から出て行った。轟音と共に、村へ戻っていった。
灰色熊を倒した日、アッシュールとココは小屋で泥の様に眠った。アッシュールが起きたのは、昼近く、ココに起こされた。
「ね、起きて。起きて」
ココがアッシュールを揺する。
「ん、ココ。おはよう」
アッシュールは寝ぼけてココを抱き寄せる。
「ちょっと、ちょっと、離してっちゃ! おねぇちゃんが浮いていないっちゃ! 寝返りをしとるよ!」
「え!」
アッシュールは驚いてルージャを見る。確かに、ルージャは竜の力か、拳半分浮いていた。微動だにせず、まるで石像のように動かなかった。それが、横向きに寝ている。
「ううん・・・」
ココとアッシュールの前でルージャが寝返りをうつ。
天井を向いて、仰向けになる。
「み、水を飲ませないと」
アッシュールは革袋をルージャの口元に寄せ、唇を湿らせる。唇はゆっくりと開き、微量の水が流れ込む。
「あ」
アッシュールは手元が滑り、大量の水がルージャの口に入る。ルージャは咳をして水を吐き出した。
「何をするのですか! 本当に死んでしまいます!」
ルージャが跳ね起きた。
「おねいちゃん! おねいちゃん!」
「ただいま、ココちゃん。初めましてかな。アッシュールを助けてくれて、ありがとうね」
「おねいちゃん! お帰り!」
ココがルージャに抱きつく。ココとルージャは透き通るような白い肌と、輝く銀髪だ。見ていると、血縁があるように見える。ルージャの瞳は赤いが、ココは青い色をしている。
ルージャはココの頭を撫でながら、アッシュールを見つめる。
「ただいま。アッシュール」
「ルージャ!」
アッシュールはルージャを抱きしめる。
「起きないかと思ったよ。本当に、起きないかと思ったよ」
「いいから涙を拭いて、アッシュール。これからよろしくね」
ルージャはアッシュールの顔を両手で抱き寄せた。ルージャはアッシュールの胸の中で温もりを感じていた。目が会うと、二人はキスをした。
長かったルージャの昏睡ですが、ようやく目覚めました。
ココも助かり、灰色熊編は終了となります。
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