第3章 目覚め その2 絶叫のココ
戦だ。アッシュールは戦の始まる直前の張り裂けるような空気を感じていた。久しぶりの感覚だ。
「ココ。準備はいいか。皆さん、僕の合図で、右側の熊に山なりに射ってください」
全員が弓を構えた。アッシュールは槍を地面に突き刺し、油とたいまつを持つ。
「ココ。左側」
ココは正確に左側の熊を射貫く。肩の位置に矢が刺さる。百ジュメの距離を、外さずに射る。
左側の熊が咆哮し、突進を始める。
「ココ、打ち続けてくれ。皆さん、山なりにお願いします!」
「おう!」
コルじいが答えると、三名が同時に山なりに矢を放つ。矢は美しい放物線を描き、一本は鼻に、二本は熊の足下に突き刺さる。灰色熊は立ち止まり、咆哮する。皆、弓の腕前が凄い。アッシュールは感心するが、すぐに心を入れ替える。
「皆さん、順番に射って下さい! 熊に時間を与えないように!」
左側の灰色熊が近づいてくる。森に響き渡る咆哮を上げながら、突進してくる。雄叫びの凄さに、一瞬ココの動きが止まる。
「ココ、目だ、目を狙え!」
「う、うん」
ココは正気を取り戻すと、射撃を再開する。額に当たるが、矢は跳ね返される。熊は人十人ほどの距離に肉薄する。再び咆哮する。ココを始め、翼の人たち全員の動きが止まる。
熊の雄叫びが、アッシュールの肝をも振るわせる。アッシュールも負けじと、雄叫びを上げる。
「矢だ! 射れ! 熊に負けるな!」
「うむ!」
コルじいが山なりに射撃を開始する。コリ、クコ夫妻も正気に戻り、射撃を開始する。足止めをされている灰色熊は五十ジュメの距離で再び立ち止まる。
「ココ、目を!」
「あい!」
ココは矢を次々に射る。アッシュールは腕前にほれぼれする。灰色熊は柵に再接近してきた。ココは至近距離で矢を放つ。
灰色熊の悲痛な叫びが森に木霊する。右目に矢が刺さっている。
「よくやった! ココ、下がれ! たいまつを持ってくれ!」
アッシュールが叫ぶと同時に、地鳴りが起きる。アッシュールは地面の震動に持ちこたえたが、ココとコルじいは尻餅をつく。
灰色熊が柵に向かって体当たりをしている。正しくは、柵の下、堀の壁だ。アッシュールは近づくと、槍を灰色熊の額めがけて振り下ろす。熊の頭が、柵の下に位置している格好になっている。硬い感触と共に、槍が跳ね返される。額に跳ね返されたのだ。
灰色熊は仁王立ちになり、雄叫びを上げる。灰色熊が柵から放れたので、油をかぶせる。
「ココ、たいまつを投げろ!」
ココはたいまつを投げると、灰色熊が火だるまになる。
灰色熊の咆哮が響き渡る。アッシュールの肝が、心臓が咆哮に負けそうになる。
「うあああああ!」
アッシュールも雄叫びを上げながら、仁王立ちの灰色熊めがけて槍を繰り出す。
「獲った!」
槍は灰色熊の喉に突き刺さり、灰色熊の動きが止まる。
「やったか!」
村長の息子、コリがアッシュールを見る。
灰色熊は雄叫びを上げ、喉に槍を突き刺したまま、柵に手を掛ける。
灰色熊は再び咆哮する。アッシュールは両手で槍を構えるが、押し戻される。灰色熊は四本の腕を同時に振り下ろす。
「だめだ、こいつら、化け物だ!」
たまらずアッシュールが叫ぶ。異常な生命力だ。共食いを行い、死んだ仲間の力を取り入れたのか。
轟音が鳴り響き、柵の丸太が真っ二つに折れる。熊は四本の腕の爪を地面に食い込ませ、一気に飛び上がる。槍を持つアッシュールに凄い力が掛かる。アッシュールは槍の石突、柄の底を地面に差し、灰色熊の体重に耐える。
「息子夫婦の敵じゃ!」
コルじいが短剣を構え、翼を広げる。
「やめろ、やめろ!」
アッシュールは叫ぶが、コルじいからココが飛ぶときと同じ轟音が聞こえて来る。轟音が大きい。ココ並の音だ。
「敵じゃ!」
轟音と共に、矢のようにコルじいの短剣が灰色熊に突き刺さる。灰色熊は右手二本を横薙し、コルじいが吹き飛ばされる。爪はコルじいの体を貫通しており、コルじいは口から泡をはいていた。
短剣がコルじいとともに飛ばされると、大量の血を噴出させた。少しだが、槍に掛かる灰色熊の力が弱くなった。
「いけぇぇ!」
アッシュールは槍に渾身の力を込める。
ごき、ごき。
骨を砕く感触。灰色熊は天を仰ぎ、口から血を吐き出す。
灰色熊は堀の下に落下した。
アッシュール達はコルじいの元に駆け寄る。
コルじいの目が少し頷くと、コリの腕の中で息絶えた。
「コルじい、コルじい!」
コリはコルじいの体を揺するが、コルじいはもう動かない。
「お兄さん、もう一頭がいないっちゃ! まさか、まさか!」
ココの回りに空気が噴出され、アッシュールを含めた全員が吹き飛ばされる。轟音が鳴り響く。先ほどのコルじいの飛ぶ時の音も凄かったが、比較にならないほどの轟音だ。
ココは灰色熊から槍を引き抜くと、空高く舞い上がった。
「ココ、止めろ! 降りてこい! ココ、駄目だ!」
「おねぇちゃん、今行くよ! 待ってて!」
ココは小屋の方角へ体を向け、轟音と共に飛び出した。
ココは飛びながら、熊を探す。小屋が見えて来る。やはり灰色熊がいる。小屋に立ち止まっている。ベラフェロが見えた。ベラフェロは小屋に近づけさせないよう、吠えながら牽制を行っている。
「おねぇちゃん、今行くっちゃ! いけぇ!」
ココは槍を両手で持ち、灰色熊めがけて飛んで行く。ココの白い体から白い雲が流れいく。横から見た者がいれば、猛スピードの細長い雲が灰色熊めがけて飛んで行ったと思うに違いない。
「狙うのはお兄さんの狙っていた喉元! あああああ!」
ようやく、物語が動き始めました。
もう一頭の灰色熊を捕捉することができるのでしょうか。
言語ともよろしくお願いいたします。




