第2章 出会い その8 有翼の少女ココ2
湯船に水を引き入れ、真っ黒になったお湯を水に入れ替える。
「お前、飛べるのか」
アッシュールは翼を触りながら尋ねる。翼もお湯で洗い流され、綺麗な白色になった。
「少しなら飛べるよ。どう? あたいの翼。綺麗でしょう」
ココは後ろを向くと、毛皮の穴から生えている翼を見せる。
「お前、村は近いのか」
「うん。ひとっ飛びだよ。でも、あそこの熊に、うちの仲間がほとんどやられちゃったんよ。だから、お礼にきたっとよ」
「何? 一匹にか」
「ううん、三匹。弓じゃ倒せなかったっちゃ」
ココが下を向く。
「そうか。大変だったな。ご両親は大丈夫なのか」
ココは上を向く。
「ううん、うちは親無しやけ。気にせんとて」
またココが下を向いた。
「なぁ、村人に皮を鞣すことを頼めないかな。あの熊の毛皮だよ」
「うん。いいよ。早速持って行くよ」
アッシュールとココは小屋に向かって歩き出す。
「お前、飛ばないのか」
「飛ぶと、血を使うっちゃ。お腹がすくね。肉とか、肝を食らうのだけ、うちは嫌いっちゃ」
小屋に入ると、ココは驚きの声を上げる。
「うえ! むっちゃ食いものある! 青い実も、いがいがも、帽子被りまである!」
いがいがは栗で、帽子被りは団栗のことだろう。
「でっかい狼! でっかい!」
ココはベラフェロめがけて飛び込んでいく。
「むっちゃふかふかや!」
ベラフェロは困った顔をアッシュールに向ける。
「ベラフェロ、親代わりになってやって。ご両親がいないのだって」
ベラフェロは大きくココの顔を嘗める。
「うひゃ! 止めてぇな! あれ、むっちゃ美人いる! むっちゃ美人!」
ココはルージャの横に座る。ベラフェロも並んで座った。
「あれ、うちと同じ感じやね。白い肌に銀の髪や」
ココは驚いてアッシュールを見る。ベラフェロもアッシュールを見上げる。
「お前はさっき、泥色だったよね」
「ひどか! うち傷付いたから、この青い実貰う!」
ココは干してあるブルーベリーを頬張り始めた。勢いよく食べるココを見て、アッシュールも食事にすることにした。吊してある燻し鮭をナイフで裂きながら食べる。
「何食べてると?」
「鮭の燻したやつだよ。君たちは食べないのかい」
「川にいるやっちゃね。川に出ると熊がいるけん、食べたことなかとよ」
ココは無言で食べていたが、食べ終わるとアッシュールを向く。
「で、むっちゃ美人は誰?」
「ああ、ルージャかい? ルージャは悪い呪にかかっているんだ。目覚めるのを待っているんだ。いつ覚めるのか、わからないのだけど」
「ふーん。番いっちゃ?」
「つがい? い、いや、そういうわけでも」
「違うっちゃ? まぁええよ。ご馳走になったし、毛皮持って帰ると。どこ?」
アッシュールは、ココに毛皮を渡す。ココは毛皮を持って、出て行った。
「又来てもいい?」
ベラフェロが小さく遠吠えする。
「ええのね! 狼さん。じゃあまた!」
ココは両手一杯に毛皮を抱え、翼を広げた。ココを中心として強い風が舞い上がり、ココは浮上していった。翼は動いていないので、不思議な力で風を吹かせているようだ。ごごごという、大きな音が響き渡る。三ジュメの高さまで上がると、ココは手を振り、爆音と共に飛んで行った。ココはあっという間に見えなくなった。ココの飛んだ軌跡に沿って、細長い白い雲が生まれていた。
「本当に飛んだ。凄い。でも凄い音だった。翼の人、とでもいうのかな。彼らの集落は遠そうだな」
アッシュールは関心する。アッシュールは、翼の人たちと交易して、衣類や弓などを仕入れたいのだが、歩いて行けるか、ココに聞いて見る必要がある。
アッシュールは、寝そべりながら、熊の事を考えていた。熊は三頭らしい。既に、一頭は退治した。毛皮は綺麗だが、熊肉はカラスも食べない。腐ってもいないようだ。退治しても、食料化は無理のようだ。あいつらは全て、食べる事は出来ないのだろうか。
食肉はさておき、二頭をどうするか、考えなくてはならない。どうやら、翼の人たちの間でも被害が出ているようだ。ココは熊に襲われ、孤児になったのだろう。
再び襲われる前に、備えをしていた方がいいだろう。アッシュールは一度村長と話しがしたいと考えた。熊退治に協力し、こちらは生活に必要な物資を得たい。綿の衣類、下着、などが欲しい。
ココが去ってから、深まりつつある秋を眺めつつ、アッシュールは鮭や栗を取る生活を送っていた。ルージャは相変わらず浮きながらぴくりとも動かなく、ベラフェロは昼間はルージャのお守り、夜は狩りに出かけているようだ。
「おーい。お兄さん。狼ちゃん。いるかーい」
爆音と共に、ココが小屋に現れた。ココは毛皮姿だが、もう一人、綿の服を着た女性がいた。背はココより大きいが、小柄でココの母親と言ってもいい年齢だ。ココは色が白く、銀髪だが、女性は黒髪で浅黒い。
「お兄さん。クコおばちゃん連れてきたよ。帽子を作るちゃね? クコおばちゃん得意やけ、作ってもらうとよかとよ」
ココはベラフェロに近づいていく。ベラフェロはアッシュールに困った顔を見せるが、ココに抱きつかれ、観念して座り込んだ。ココはベラフェロに抱きついて離れない。
クコはアッシュールに会釈をする。
「アッシュールと申します。ココには助けられました」
「あんたがココの好きっちゃ男けんね。いい男や。で、こっちが眠り姫様っちゃね。ああ、綺麗っちゃね。ココ、あんたは無りっちゃ。諦めんと」
「ちょっと、なに言うとるけん!」
ココが反論する。
「あはは。ごめん、ごめん。お兄さん、帽子をこさえれば良かと? 毛皮は凄い量よ。長靴と上着もいるかと?」
「あ、よろしくお願いします。ええと、青い実でしたっけ、食べます? 干してあるやつなのですが」
「青い実!」
ココが跳ね起きる。
「い、良いのですか。頂いても」
クコは突然改まり、明るい表情を向ける。翼の人たちは、ブルーベリーが好きなのだろうか。
「袋あります? お礼です。あ、面倒だから、この箱ごと持って行って下さい。で、実はまだお願いがあるんです。綿で僕とルージャの服と下着を作っていただけませんか」
「作ります! 作ります! 青い実、こんなにいただいても良いのですか! ココちゃん、こんなに貰ったっちゃ!」
凄い喜びようだ。主食がブルーベリーなのだろうか。
「それでは、ちょっと良いですか」
クコは紐でアッシュールの採寸を行い始める。終わると、ルージャの採寸を始める。クコは寝ているルージャの採寸を行おうとすると、叫び声を上げた。
「浮いてるっちゃ! 凄かね」
ルージャの採寸も終わる。
「一度、戻って縫ってきます、出来たら、又来ます。ほら、行くっちゃ、ココちゃん」
「うち、まだいる」
「良いですよ。ココには食べものでも与えとけばいいので。それと、村の長の方とお話出来ないでしょうか。こちらはルージャがいるので、来ていただくと助かるのですが」
「村に戻ったら、長に言っておきます」
クコはにこりと笑うと、翼を広げる。クコの翼は焦げ茶色だ。クコはゆっくりと空に舞い上がると、静かに飛んで行った。
「クコさんは静かに飛ぶんだね」
クコが飛んだ後には、細長い雲が出来なかった。アッシュールには、ココの方が早く飛んでいるように見えた。
「そうなんよ。クコおばちゃんはうちより遅いけど、静かに飛ぶんよ。うちが遊びに行くと、必ずばれるけん。静かなのはよかとよ。ね、それよか、青い実を食べようっちゃ」
「駄目だ、まずは鮭を食え。大きくならないぞ」
「ええよ、おっぱい大きくならんとも。眠り姫様には勝てないっちゃ。お兄さんはおっぱいが好きだものね。姫様のおっぱいをちらちら見ててさ。嬉しそうな顔しとるけん」
「こら、お前は一言多い」
ココはアッシュールから鮭を受け取ると、小さな手でほぐしながら食べ始めた。
ココの登場その2です。




