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第2章 出会い その5 白い狼ベラフェロ

 アッシュールはほっとして、ルージャの横に横たわる。安堵感がアッシュールにこみ上げてくる。安堵感は、強烈な虚脱感を伴って訪れていた。アッシュールは、ルージャを連れ戻すことに成功したのだ。アッシュールは虚脱感に逆らわず、そのまま眠りについた。


 アッシュールは泥のように、眠った。夢は見なかった。

 アッシュールは明るい光で目を覚ました。朝は過ぎ去り、アッシュールが目を覚ますと、昼に近かった。ルージャを見ると、静かに寝息を立てている。


 アッシュールは火を熾し、干してある鱒を焼いた。匂いがしたのか、狼が入ってきた。アッシュールは鱒を一匹、狼に与える。


 アッシュールは残りの鱒に、焚き火の煙を当てる。

 狼は美味しそうに鱒を平らげると、ルージャの横に横たわり、寝息を立て始めた。まるで、眠り続けるルージャを守るようだった。


 狼が献身的にルージャに仕えようとしているのを見て、アッシュールは大蛙や大ムカデもルージャの下僕となったのだろうとか、と不謹慎な思いをはせていると、ルージャの異変に気が付いた。異変と言うと語弊がある。


 「浮いているぞ。おい、聞いているのか、狼よ。ルージャが浮いている」

 同意を求められた狼は、浮いて当然という顔をアッシュールに向け、再び眠り始めた。


 拳半分、浮いていた。驚いたアッシュールは、ルージャを抱き上げようと、肩と膝に手を入れようとしたが、体は硬く、動かない。何かに固定されている。見えない力でルージャの体が固定されている。


 「おい、どうしたんだ、ルージャ。起きてくれ、ルージャ」

 アッシュールはルージャの肩を揺らすが、ルージャは何も答えない。正しくは、揺らそうと試みるが、大木が大地に根を張るごとく、動かなかった。


 「ルージャ、闇の中で生きると言ってくれたのでは無いのか。一緒に旅をすると言ったじゃないか。起きてくれ、ルージャ。ルージャ!」

 ルージャの腕が、アッシュールを引き寄せた。


 「ルージャ?」

 ルージャは横たわったまま、アッシュールを抱き寄せる。ルージャの豊かな胸に、アッシュールを抱き寄せた。ルージャの胸は、暖かく、良い匂いがした。


 とくん、とくん


 ルージャの鼓動が聞こえた。小さいが、ルージャの鼓動だ。鼓動は小さいが、力強く、一定のリズムを刻む。アッシュールには、命が消えゆく者の鼓動には聞こえず、確固たる意志で歩む者の力強さを感じた。


 「分かったよ。君は、力を使い果たしてしまったんだね。熊が冬眠するように、寝覚めを待っていると、思うことにするよ」

 アッシュールはルージャの胸から顔を上げると、水の入っている革袋を取り出した。ルージャの口元に持って行き、飲ませようと試みるが、全てベッドに流れ落ちた。鱒を食べさせようと口元に持って行くが、口は開かない。


 「飲まず食わずで眠り続けるのだろうか」

 アッシュールの心配をよそに、ルージャは小さな寝息を立てている。

 朝日が三回、小屋に訪れたが、ルージャは一切の飲食を拒み、一切の意思伝達も拒んだ。アッシュールを抱き寄せた一瞬が最後だった。アッシュールはルージャを起こすことを諦め、目覚めるまで小屋にいようと決めた。


 アッシュールが決意を固めたら、狼が入ってきた。アッシュールは狼の頭を撫でつつ、思案する。

 「君に名前を付けよう。ベラフェロだ。ベラフェロ、名前を与える代わりに崇高なる使命を与えよう。いいかな」

 狼、ベラフェロはアッシュールを見上げる。

 「片時も離れず、ルージャを守ること。君に流れる竜の血に、竜の剣を持つ、赤い世界の清い風が命ずる。いいかな」

 ベラフェロは大きく吠えた。仲間がいるのだろうか。仲間へ向けた遠吠えではなく、ルージャを守る使命に震えたようだった。


 「それと、外にいる馬のタルボとカルボと仲良くすること。ベラフェロ、何かあったら彼らも守るんだよ」

 ベラフェロは意外な顔をしてアッシュールを見つめる。


 「いいから、頼んだよ、ベラフェロ」

 アッシュールはベラフェロの頭を撫でる。


 アッシュールは鋸を持ち、ルージャに初めて出会った岩に向かった。ルージャ、赤い竜の姿のルージャの喉元に剣が突き刺さっていた場所だ。


 赤い竜は巨大な体だった。飛んでいたのが、剣が刺さって落下したのか、岩の回りは樹木が倒れている。根から倒れていた。


 アッシュールは、ルージャが目覚めるのは冬が過ぎてから、春に動物達が目覚めるように、ルージャも目覚めるのではないかと考えた。しばらくの間、ここに留まりそうだった。


 アッシュールは倒木の枝を払い、弾力のある細めの枝を集め、籠を編んだ。細長い形をしているが、入口から入ると、出られないように細工が施してある。アッシュールは籠を三つほど編むと、鱒の残り肉を入れ、川に沈めていった。


 アッシュールは岩の周辺の木々を見る。赤紫色の果実が、高い木になっている。イチジクの木の実だ。傍らには、栗がなっている。更に周囲を確かめる。青い小さな実がなっている。ブルーベリーだ。


 「もう秋か。冬ごもりの準備もしないとだめだな」

 足下をみると、無数の団栗が落ちている。アッシュは小屋に戻り、空のザックをもちだし、団栗とブルーベリーの実を収穫する。団栗は食べるのが難しいが、嫌と言えないだろう。ブルーベリーはザックに一杯になってもまだ実っている。小屋に戻ると、ブルーベリーを床に広げ、干し始めた。


 アッシュは森に戻り、イチジクの木に登る。取れる範囲の実を収穫する。ザックが一杯になった頃、取れる実が無くなった。実は、更に高所で実っている。岩の回りは実りで溢れていた。豊かな森の恵である。

 川幅は二ジュメの太さだ。籠を引き上げると、籠一つに三、四匹の鱒が捕れていた。鱒は拳二つ、三つ分の大きさで、川に住む鱒の大きさに戻っている。竜の血が流れ込んだからか、魚影は豊かで取れない日は無かった。


 木の実は、探せばいくらでも取ることができたが、置く場所がなかった。アッシュールは鋸を持ち、薪と、保管用の棚を作るため倒木を切り出した。


 川で取れる鱒と、イチジク、栗、ブルーベリーを食べつつ、倒木を切り出し、小屋内に棚を作って行く生活を続けた。倒木を切り出した後、周囲に簡単な柵を作り、タルボとカルボを放牧した。

 傍らでは、ルージャが安らかに寝息を立てる。


 小屋の中は乾燥用の棚が十段になり、ブルーベリーとイチジクがびっしりと並んでいる。栗と団栗はツルで縛った箱の中にしまい込む。鱒は小さいが天井に所狭しと干してある。鱒、木の実が小屋の中に貯蓄されていく。薪も、外の壁にびっしりと並べてある。


 狼のベラフェロは、昼はルージャの横で睡眠を取っている。夜になると出て行く。アッシュールはたまに鱒を上げているが、自分で獲物を確保しているようだった。

 十分な量の食料が確保出来ている。


 「竜の血の恵なのだろうか。やはり、ルージャは竜神様だと思う、いや、間違い無く竜神様だ」

 木の実が豊富なのも、魚影が豊かなのも、竜の血が流れた所だ。岩の回りから離れると、森は暗く、恵も少なかった。


狼に名前を付け、仲間になりました。

アッシュールはルージャの目覚めを待つため、冬ごもりの準備です。

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