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第2章 出会い その4 赤い世界

 アッシュールが小さな点にたどり着くと、白い、大きな狼の横で女の子が泣いている。

両手で、目を押さえ、座り込んでいる。


 「これでお別れ。バイバイ」

 駄目だ、戻るよ、戻るよ。


 「行けないの。もう。分かってよ。行けないの。分かるでしょう」

 狼が後ろに向かって唸り声を上げる。狼の光で、うっすらと後ろが見えてくる。


 「我は赤い世界の真理、赤い世界の始まりの子にして、赤い世界の始まりの子の赤い世界の芽生え、赤い世界の始まりの子の赤い世界の芽生えの子にして赤い世界の理、赤い世界の始まりの子にして赤い世界の芽生えの子の赤い世界の理の子、赤い世界の真理である。我らを黄泉に導いたのはおぬしではないか。我らを奈落に落としたのはおぬしではないか。おぬしが望んだのか、赤い真理の始まりの生みの親、大いなる大樹がおぬしに望ませたのか、我らは関知できないが、我らが生まれ出でて僅かの間、赤い世界の一族として生まれ出でて僅かの間にここにおる。おぬしが殺したのだ。我らを。我らは大空に飛び立つ時間もなく、大いなる世界を見回る時間もなく、理と真理を学ぶ間も無く、大いなる呪法を学ぶ間も無くここに来てしまった。新たな命を宿す間も無く、ここに来てしまった。おぬしは我らにどうしようというのだ。我らは誇り高き赤い世界の一族、静かに消え去るのみ。赤い世界はもう消えたのだ。おぬしの腰に、清い風があるではないか。おぬしは清い風と共に、好きな所へ行くが良いではないか。我ら、赤い世界の真理の名において、誇り高き赤い世界の名にて、おぬしと新たな伴侶である清き風に祝福を与えておる。もう良い。もう良いのだ。もう良いのだ」


 狼はうっすらと写る、大きな影にうなりを上げると、泣き続ける少女の傍らに行き、慰めるかのように体を少女に預ける。


 アッシュールは、片膝をつくと、少女に声を掛ける。少女の背丈は、アッシュールの半分ほどだ。少女と言うより、幼な子供である。信じられないほどの白い肌、狼の光を浴びて美しく光る白い髪はルージャだと、アッシュールに告げている。


 「ルージャだろ、迎えに来たよ」

 少女は首を振る。


 「違わない。ルージャ、僕と来てくれないのかい」

 少女は首を振り続ける。


 「私は、もう赤い世界の真理ではないの。もう全て無くしてしまったの。血の力は、私には無いの。だから、消えて行くの。生まれてきた闇の中に戻るの。赤い世界の真理の最後の一滴が、あなたに言った通りなの。空をもっと飛びたかった。世界を全て見て回りたかった。赤い世界の一族でもね、世界の全てをみた竜はいないの。全てを見て回りたかった。世界の終わりはね、大きな滝があるんだって。竜よりも、赤い世界の一族達より大きな木がそびえ立ち、全てを知っているの。私はね、大きな木に、私の寿命が尽きるまで話しを続けるの。全てを知り、理を確かめたいの。私の名は真理。赤い世界の真理。真理を学ぶのが私。でも、翼はもう無いの。分かって。私はもう竜では無いの。あなたと同じ、短い命の宿命になったの。分かって。分かって」


 「ルージャ。僕は君と歩むと、約束させてくれいか。一緒に世界の終わりを目指して旅をしよう。世界の終わりに行けないかも知れない。力尽きるかも知れないが、僕には君が必要だ。これだけは言える。一緒に旅を続けてくれないか。まだ、二本の足がある。遅いけど、まだ歩くことは出来る。一緒に行こう。二人で、歩いて見て回ろう」


 狼が少女の裾を噛み、立ち上がらせる。


 「僕が、君の中の赤い世界とやらを斬ってあげる。赤い世界とは、君の竜の一族の名前だろう」

 少女は小さく頷く。


 「名前は神聖で、大切なもの。一族で、あなたにだけ、名前をおしえたの」

 アッシュールは少女を抱き寄せる。少女はアッシュールの腕の中で顔を埋める。

 アッシュールはグアオスグラン、清い風を水平に薙ぐ。


 後ろの影が二つに分かれ、消えて行った。


 「あなたは、赤い世界の清い風、何処までも行く。ずっと、旅を続ける風」

 少女の体が大きくなり、アッシュールに体重が掛けられた。


 アッシュールは視界が漆黒に奪われていった。慌てて狼を探すが、間に合わない。アッシュールの感覚も奪われ、立っているのか、浮いているのか、平衡感覚が奪われていく。やがて、意識も小さくなり、アッシュールという自分の名前も忘れていく。小さくなる意識の中で、漆黒も失われていった。


 アッシュールは顔にざらっとした感触を感じ、目を覚ます。小屋の中で、気を失っていたようだ。陽は傾き、夕日が眩しく、アッシュールは目を細める。

 右手に白い狼がいる。一生懸命、頭をアッシュールに押しつけてくる。非常に大きい狼だった。


 「お前、ルージャの血を嘗めたのか」

 狼はしっぽを振り、尚も頭を押しつける。

 何かを忘れている気がする。何を忘れているのか。頭がぼんやりとして思い出せない。白い狼がいる。白い狼。白、しろ。記憶がはっきりとしてくる。白い、美しい人。頭の中に、白い美しい人の名前が浮かんだ。


 「ルージャ!」

 ルージャはベッドの上に横たわっている。


 「生きているか、ルージャ! ルージャ!」

 アッシュールはルージャの肩を掴む。ゆっくりとアッシュールの手を握る小さな手。手は白く、透き通る。


 ルージャがゆっくりと目を開ける。アッシュールは、ルージャが笑った様に見えた。ルージャは小さく頷く。口が小さく動く。ルージャが何かを伝えようとしている。


 「か、なら、ず、もどる、から、まって、て」

 ルージャはゆっくりと目を閉じた。


 「ルージャ!」

 アッシュールはルージャが息を止めたかと思った。胸元を見ると、小さいが上下していたし、口元に手を当てると微かに息をしていた。

アッシュールの説得により、ルージャは無事に黄泉から舞い戻りました。


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