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第2章 出会い その3 竜の祝福

 「アッシュール。まずは私の事を話します。良く聞いて下さい」

 アッシュールは大きく息をして、ルージャに正対した。赤い眼が、真っ直ぐにアッシュールを見ている。不思議な目だと、アッシュールは感じた。引き込まれるというか、瞳に強く心を掴まれてしまっている。


 「私は竜です。海に浮かぶ、島に住んでいました。気が付いたら、喉、ここですね、逆鱗と言います。逆鱗に剣が突き刺さっていました。望んでここに来たわけではありません。いつの間にか、森の中にいました。最初、あなたに首を取られたと思いました。この世では、竜を狩るのは男の誉れと聞いています。知らずの内に、私を引き寄せ、剣を立てるなどもの凄い短命がいるのだと、観念しました」


 「僕じゃないぜ」

 「逆に、あなたには助けていただきました。お礼を言います。私に刺さっていた剣を見せていただけませんか」


 アッシュールは剣を抜くと、ルージャに渡す。剣は両刃で、刃の長さが靴三足分だ。飾り気のない剣だ。ルージャは剣を眺めると、小さな声で何かを呟いている。汗ばみ始めると剣をルージャに返した。


 「その剣に、私の竜の力をほとんど吸い取られました。グアオスグラン。剣はそう言っています。剣は名乗りました。主は、あなただと言っています。アッシュール。剣の主はあなただと、グアオスグランは言っています。でも、あなたは呪いや占い、星見は出来なさそうですね」

 アッシュールは剣を受け取ると、食い入るように眺めたが、剣は何も問いかけてこない。


 「剣、グアオスグランというのか」

 「はい。竜である私は既に力を失い、どちらかと言うと竜はあなたです。竜の血の力と言う点では」


 「この剣は、そんなに力があるのか」

 「勘違いしているようですね。力があるわけではありません。竜の血の力があると言っているのです」

 アッシュールはルージャを不思議そうに見る。


 「今同じだろうと思ったでしょうが、違います。力とは、あなたが考え、実際に行動に起こしたときに起きる結果なのです。竜の血の力は結果を起こすための条件でしかありません。竜の血の力を使ってあなたが何かをすると、結果として力になります。これは違うことです」


 「ええと、陽がでていると麦が大きくなるけど、麦を植えないと麦は大きくならないってことか」

 「植物を植えた結果が、力があると言うことです。竜の血の力は確かに、陽の力です。理解していただけましたか」

 「と言うことは、僕は竜の力を・・・」


 「ああ、残念ながら、あなたには竜の血の力を扱うのは出来ないです。呪いとか、占いとか出来るとは思えません。出来る者は竜の血の力に似た力を持っています。あなたには、残念ながら感じる事は出来ません。というか、竜の血の力が奪い取られるとは思いませんでした」


 「そうか、残念だな」

 「短命が変に力を持つと、後々大変です。無い方が良いのです、多分」

 アッシュールが不思議そうにルージャを眺める。今、多分と疑問形を使った。竜は全ての源、全てを知り、全てを行うと聞いていたからだ。ルージャはアッシュールの視線の意味はすぐに分かった。


 「私に言えるのは、これ以上ありません。申し訳無いのですが、私は生まれてから、あなたと同じくらいしか経っていません。竜は非常に長命です。短命の年齢では、私はおしめも取れていない赤子なのです。竜は長命です。時間がある分、何でも覚えます。私の場合はまだ赤子ですので、何も分からないし、呪いも出来ません。術が少し出来る程度です」

 ルージャは、赤い瞳を閉じ、大きく息を吸った。


 「アッシュール・イズドゥバル。あなたに幸多からんことを。行く道を、旅路を竜の剣グアオスグランが照らさんことを」

 ルージャの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。アッシュールは息を飲んでルージャを見る。


 「アッシュール・イズドゥバルが苦難に陥ったとき、竜の恵にて健やかに暮らせるように。夜が明けないときは全ての闇を焼き払いますように。病に冒されるときは清らかな風が静めますように。作物が枯れるときは雨が降りますように。道に迷いしときは明かりが照らすように。赤き竜、ビスコロジオ・ルージャ・モンド、赤い世界の真理の名において、アッシュール・イズドゥバルを祝福します。幸多からんことを」


 ルージャはアッシュールを見ると、両手を差し出した。アッシュールが手を取ると、アッシュールの手にキスをした。ルージャの目には涙は無く、脱力感に支配された安堵に変わっていた。

 ルージャの体から、力が抜けた。アッシュールはゆっくりとベッドに横たえる。


 「今、祝福をあなたに行いました。私は力を失い、竜ではありません」

 「おい、何を言っている! 何を言っているんだ!」

 アッシュールはただ事でない雰囲気を感じ、大声を上げる。しかし、ルージャはアッシュールを無視し、息絶え絶えに声を上げる。


 「残る最後の少しを、あなたに贈ったつもりです。最後を看取って、いただき、あり、がとうございま、した。感謝、します」

 ルージャは目を閉じ、手はアッシュールの手を離れると力なく、垂れ下がった。


 「駄目だ、駄目だ、駄目だ!」

 アッシュールは大声で叫んだ。


 ルージャの体から淡い光が零れ出す。周囲から、誰もいないはずなのに、笑い声や小さな歓声が上がる。アッシュールの耳元でも小さな歓声が上がった。不思議な何者かが、竜の遺骸を引き取りにきているのに違いないと、アッシュールは考えた。


 「竜で無くてもいいんだ! 人で十分じゃないか! 駄目だ、行くな、行かないでくれ! 頼むからもう一人にしないでくれ!」

 段々と歓声が大きくなり、ルージャからの淡い光は段々と弱くなって行った。光はルージャの最後の輝きなのだろうか。


 「竜の剣、グアオスグランにおいて命ずる! 生きて僕と一緒にいてくれ! 頼む!」

 アッシュールの後頭部は強い衝撃を感じた。アッシュールは驚いてルージャを見る。ルージャの目は閉じらている。


 アッシュールの体の力が抜け、ルージャの横に崩れ落ち、気を失った。

 遠吠えが聞こえた。狼だろうか。二回目の遠吠え。しかし、反応は無い。目を開けようと努力する。先は完全な闇に閉ざされて、何も見えない。


 ここは何処だ、僕は誰だ。

 目を凝らしても何も見えない。


 僕はだれだ、僕はだれだ。

 目は見えないのだが、坂になっている。足首の感覚と、平衡感覚が水平でないと告げている。

 一歩、坂を下ろうと足を向けるが、漆黒のために体が動かない。


 動かなくてはならない。

 不意に言葉が浮かんでくる。


 ナゼニ、サカヲ、クダルヒツヨウガ、アルノカ。

 本心が、漆黒の恐怖に怖じけづく。

 動け、動け、早く行くんだ。早く。


 イヤダ、イヤダ、イヤダ。

 足は止まってしまった。


 ダレカキテ、ダレカ、タスケテ。

 遠吠えが聞こえる。


 坂の下で、白く光る何かがある。白い光は坂を登ってくる。足下で、遠吠えを行う。犬だろうか。違う。狼だ。白い、大きな狼だ。狼はじっと見つめてくる。もう一度、大きな等吠えを行うと、裾を口で引っ張る。


 呪縛が溶けたのか、誰かがいる安心感からか、狼に引っ張られるように坂道を歩いて行く。狼は歩みを確認すると、裾から口を離し、坂を下りてゆく。


 狼は尚も坂を下っていく。永久に続く終わりのない坂に感じられた。狼は振り返り、きちんと歩いて来たか確認する。


 何日も、何日も坂を下っていたような感覚に襲われる。狼が立ち上がり、遠吠えを行う。坂道は終わり、平らになっていた。

 狼は走り出す。


 マッテクレ、ハシラナイデクレ、ヒトリニシナイデクレ。

 狼は白い点にしか見えなくなった。漆黒の闇の中、白い点が一つ。いいや、違う。白い点が二つある。


 イカナクテハ、イカナクテハ。

 ボクハダレ、アレハナニ。

 ボクハダレ、アレハナニ。


 僕は誰だ、僕は、僕はアッシュール・イズドゥバル。僕は、迎えに来たんだ。そう、迎えに来た。

 美しい人を迎えに来た。白くて、目が赤くて、僕を祝福してくれて、力尽きた人。


 点でしか見えないが、間違いなくいる。一目見て、心を奪われた人。今迎えに行く。今、迎えに行く!

 確固たる意志が、小さな点に向けて足を動かす。しかし、一歩ごとに、小さな点の命のちからが揺らいでいく。揺らぎは、小さくなっていくように感じられた。

ルージャが死出の旅へ、片足を突っ込んでしましました。

アッシュールは救うことが出来るのでしょうか。

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