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第2章 出会い その2 ルージャ

 雨は豪雨となり、竜の血を洗い流した。アッシュールも鮮血で真っ赤だったが、雨で洗い流された。

 アッシュールは剣を鞘に刺すと、竜を抱きかかえた。自分では立てないようなので、左手で肩を、右手で足を抱える。


 竜は人と寸分違わぬ姿となっている。胸は大きく、豊かだった。

 「こら、短命。私は確かに竜ですが、胸ばかり見てはいけませんよ。まぁいいわ。もう見せません。今だけです」


 「ご、ごめんなさい! 今、休める場所に行くから!」

 アッシュールは慌てて木陰まで竜の娘を運ぶ。木陰に降ろすと、上着を脱いで竜の娘に着せることにした。


 「汚いのしかないけど、我慢してね」

 アッシュールは竜の娘の上半身を起こすと、竜の娘の上半身がアッシュールにもたれかかる。髪がアッシュールの鼻に当たる。アッシュールは竜の娘の胸の谷間から目が離せなくなった。竜の少女がアッシュールを向いた。鼻と鼻が触れあう距離で向き合う。


 余りに美しい姿に加え、神々しさを滲ませている。人間離れ。アッシュールは余りにも神々しい姿に、全ての感情は停止し、見つめる事しか出来なかった。欲情は全て、神々しさの前に消え失せていた。いつまでも見つめていたいと、アッシュールは考えていた。


 「いて」

 竜の娘がアッシュールの鼻を噛み、アッシュールは我に返った。


 「寒いわ。早く着せてちょうだい。これで胸を見せるのは最後ね」

 アッシュールは我に返ると、上着を着させた。


 「ありがとう。短命。横にさせて。少し眠るわ。あなたも休んで」

 アッシュールは竜の娘を横たえた。上着から伸びる足が美しかった。

 竜の娘が寝息を立てた頃、雨がやんだ。竜の血は雨で全て洗い流され、体温を暖めるかのように陽が差し込んできた。


 アッシュールは周囲を見回す。竜が倒れていた周囲は木々が倒れている。空中から落ちたのだろうか。アッシュールは上空を眺める。アッシュールは岩の前に獣道があることに気が付いた。獣道というより、人の道かもしれない。もしかしたら、人がいれば、助けを得ることが出来るかも知れない。


 アッシュールは獣道を歩いて行くと小屋が見えてきた。小屋は木で出来ている。


 「こんにちは!」

 アッシュールはドアをノックしてみるが、反応は無い。周囲の草も伸びており、小屋を浸食しつつある。生活した跡は消え失せようとしていた。


 アッシュールはドアを開けて、中を覗いてみる。薪が積み上げられている。木で出来たベッドと、ベッドの反対側に暖炉がある。暖炉というか、火を熾す部位だけ、床が煉瓦で出来ている。暖炉の上には空間がある。一間しかない、小さな小屋だった。


 アッシュールは急いで竜の娘の元に戻ると、抱きかかえ、小屋に連れてきた。ベッドに寝かせる。何か掛ける物が無いか、小屋を見まわすと一枚の毛布があった。毛布は汚れていたが、外で塵を落とし、竜の娘に掛けた。


 小屋には暖炉も、薪もあるが火打ち石が無かった。アッシュールも上着が無いため、繋いであるタルボとカルボまで取りに行きたかった。


 アッシュールは小屋から出て、獣道を登った。アッシュールは小屋がある以上、街道に出ることが出来るはずだと考えた。。獣道は滝壺の上に出るに違いないと。


 アッシュールは坂を、息を切らして登ると滝壺の上に出た。アッシュールを見つけたカルボが大きく嘶く。

 アッシュールは手綱を握り、慎重に獣道を降りていく。タルボとカルボは器用に坂道を下っていった。


 小屋に到着すると、近くの木にタルボとカルボを繋いだ。カルボから荷物を降ろし、小屋に運ぶ。

 小屋から竜の娘がいた岩を眺めると、何かが動いた様に見えた。

 小屋の前に荷物を置き、岩まで戻ってみた。何かが動く音がした。ずるずると、地面を這い、アッシュールの方に近づいてくる。アッシュールは右手で剣の柄を握り、振り向きざまに振り下ろす。


 「なんだ?」

 太さが拳一つ分もある、蛇だ。蛇が二等分されている。


 「蛇? 違う。ミミズじゃないか」

 ミミズにもう一度剣を振り下ろし、両断すると、ミミズは動かなくなった。長さは剣よりも長かった。


 「余りにも大きいミミズだ。化け物、あいつらの仲間なのか」

 足下から何かがアッシュールめがけて飛んできた。アッシュールは反射的に飛び退いてかわした。大きさは拳三つ分。何かは藪の中に入ると、再びアッシュールめがけて飛んでくる。アッシュールは何かの軌道上、飛んでくる物体の軌道上を、剣で薙いだ。剣に感触有り。比較的軽い物体だ。


 真っ二つに両断された物体を見る。バッタだ。バッタは大きくなってもせいぜい拳一つ分だ。拳三つ分の大きさは、バッタとしては巨大だ。


 アッシュールは慌てて竜の娘が倒れていた岩に駆け寄る。人の頭の三倍はあろうかという、巨大な蛙が巨大な蠅を飲み込んでる。蛙はもう一匹いて、ムカデを補食していた。ムカデもやはり巨大だった。

 驚いているアッシュールの下を、巨大なムカデが走り抜ける。アッシュールは無意識にムカデに剣を突き立てる。


 周囲の巨大昆虫がいなくなり、巨大蛙は補食対象を探し始めている。

 アッシュールはムカデが口からはみ出ている蛙めがけて剣を突き立てる。ムカデに夢中でアッシュールに気が付かなかった様だ。逃げようとしたもう一匹にも剣を突き立てた。


 「化け物なのか、こいつら」

 先ほどまではいなかった巨大昆虫と巨大蛙。周囲には巨大生物はいないようだ。

 剣に昆虫の体液が付いたため、川で洗い流そうと近づくと、丸々と太った鱒が打ち上げられていた。


 「鱒が打ち上げられている。湖も無いのに、こんなに大きくなるなんて」

 アッシュールは良く鱒を見ると、湖で取れる鱒では無かった。川で釣れる鱒である。湖では綺麗な銀色であるが、川ではくすんだ、保護色をしている。


 「こりゃ、川にいるやつだ」

 アッシュールは打ち上げられている鱒に剣を突き立て、陸上に放り投げる。鱒は全部で六匹になった。


 アッシュールは鱒の鱗を取り、腹にナイフを突き立て、内臓と背骨の血合いを抜く。そのまま開き、頭を落とす。六匹全ての内臓を取ると、小屋に戻って行った。


 小屋に戻ると、竜の少女は規則的な寝息を立てていた。

 アッシュールは薪にナイフを当て、違う薪でナイフを叩く。ナイフはするりと薪に食い込み、薪を二つに割った。更に細く割り、指ほどの太さにまで薪を割る。アッシュールは細くなった薪にナイフの刃を当て、薄く削る。何度も薄く削り、薪の先端に木の羽根が何枚も生えるまで削った。火打ち石でほぐした麻縄に火を付けると、木の羽根に火を灯す。火が多数の羽根全体に燃え広がると暖炉に移し、細い薪、焚き付けをくべる。焚き付けに着火したら、太い薪をくべ、本格的な焚き火を作った。


 アッシュールは薪の上で鱒を三枚に卸した。更に二つに切り、細い薪に刺して焚き火で焼く。焼き始め、塩を取りだし、振りかける。


 巨大な昆虫たちと蛙は食べる気が起きなかったが、鱒は別だ。鱒が焼けてくると、周辺に美味しそうな匂いが立ちこめる。


 巨大昆虫たちがいた場所は竜の娘、いや竜の形をしていた時に血を流した場所だ。巨大な鱒は、雨で一緒に血が流れ込んだ場所なのだろう。


 「竜の血で大きく、化け物となったのだろうか」

 アッシュールは竜の血は不思議な力があるに違いないと思った。

 一頭の獣の姿を思い出した。岩の上から、白い獣が一頭逃げていったはずだ。もしかしたら、大型化しているかも知れない。落ち着いたら、探しに行く必要があるだろう。人に害を与える可能性もある。大型化した場合、餌の量も増えるだろう。深い森に家畜などいないと思うが、食べられるかもしれない。


 竜の娘が、寝返りを打った。もう一度寝返りを打つと、上半身を起こした。


 「ここは何処、短命」

 竜の娘は周囲を見回している。


 「起きたかい。僕はアッシュール・イズドゥバル。旅の途中で君を見つけたんだ。ここは、君が倒れていた近くの小屋だよ。もう捨てられた小屋のようだね」


 竜の少女は起き上がろうとするが、体がまだ動かないようだった。アッシュールは肩を貸し、暖炉前の薪に座らせる。


 「色々とありがとう。私、ビスコロジオ・ルージャ・モンドといいます。お分かりだと思いますが、私はあなた方、短命とは違います」


 「長い名前だ、ルージャでいいかい。ええと、体が弱っているから何かを食べた方が良いかと思うのだけど、食べるかい」

 アッシュールは、蛇は蛙を丸呑みするのを見たことがある。トカゲは昆虫を食べていた。竜も蛇やトカゲに似ているから、蛙だとかを丸呑みするのかと思ったが、ルージャが鱒を手に取ったため、言わなくて良かったと安堵した。


 アッシュールも鱒を手に取り、一口囓る。味は普通の鱒と変わりが無かった。ルージャも鱒を頬張っている。

 アッシュールはザックから紐を取り出し、鱒の尾に縛り付け、天井の梁に吊す。干せたら、焚き火の煙に当て、腐らせないようにする。


 「短命、いやアッシュール。あなたが私に剣を突き立てたのですか」

 「えっ」

 「私は何故、森の中にいるのでしょう。アッシュール、あなたが呼んだのでは無いのですか。私の島で休んでいたはずなのですが。ところで、この森は何処でしょう」


 「ルージャ、僕は森の入口で、巨大な気配を感じただけなんだ。確かに、滝壺で剣を無くしたので剣が欲しい、と思ったけどさ。突然気配が消えてね。消えた方へ向かうと、君が倒れていたのさ。ここは、深き森だ。この先は、誰も住んでいない。正しくは、ここから先は人が足を踏み入れたことがないと聞いたことがあるよ」

 ルージャは少し目線を落とした。


 「海は近くにありませんか。私は海の島に住んでいました」

 「海、海、海」

 アッシュールは少し考える。


 「墨婆に聞いた事がある。風に押されて、何十日も歩いた所に海という、広い湖があると。しょっぱいと聞いたよ。山里育ちで、見たことが無いんだ」


 「そう。ここは海から歩いたら遠いのですね」

 アッシュールは、ルージャの表情が少し柔らかくなった感じがした。


 「竜の島だろ。墨婆から聞いたよ。先祖は、山里に暮らす前は、島に住んでいたらしい。今ではお祭りはしなくなったけどね。お祭りの言葉こうだ。」

 アッシュールは息を吸うと、詠い始めた。


 「大いなる海が溶け出し島いずる

  灼熱のみづち火噴き島いずる

  雷が鳴る闇の夜にみづちくる

  大雨と火と風と波の音

  鳳が種を運びて生まれさせ

  舞みづち空へ登りて睥睨す

  この世をば全てを統べる火と風と 

  島の恵海と雷と捧げませ

  足なしと四つ足ふたつ捧げませ

  島みづち土となりて守りませ

  風みづち雲となりて守りませ

  みづちの地麦の御神酒と火を掲げ

  空高く我舞上げて火を掲げ」


 ルージャ少しは不思議そうにアッシュールを見る。


 「あ、失礼しました! やば、生の鮭と猪と鹿を捧げないと。あれだろ、一口で食べるのだろう、猪と鹿をさ。生きたまま供えろと言われているんだ。ちょっと探してくる」

 アッシュールが立ち上がろうとした。


 「待ちなさい。私は今、あなたと同じ姿をしています。同じ物を食べます。生きたままの獲物は要りません。先ほど頂いた焼き魚で十分です。あなたは女に向かって猪に丸ごと噛みつけと言うのですか」

 アッシュールは驚いたが、確かにと納得し座り直した。


全裸で登場した竜の娘は何者なのでしょうか?

今後ともよろしくお願いいたします。

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