第1章
灰色の空、湿った風、石造りの建物が入り組んだ迷路、覇気のない住人。
この町を構成するものは、大抵こんなつまらないものである。
唯一の観光地の海だって、ドブのように汚い。町は海に向かって傾斜になっており、どこを歩いても平面な道などない。
ここは、居場所を失った者達が集まる弱者の町だ。
職を失った者、愛する人を殺された者、生きる意味を見失った者。皆、この町に逃げてきたのだ。
町があれば、統治する者もいる。彼はブラックと呼ばれ、皆に慕われている。しかし、誰も顔を知らずどこに住んでいるかも分からない。
ただ、ブラックという男がいて、彼こそがこの町の統治者であることだけは明確である。
ある日、ブラックは道を下っていた。
灰色の帽子を深く被り、灰色の外套のボタンを上まで締め、俯きながら歩いていた。
「ブラックさん」
花屋の娘が彼に声をかけた。
彼女の名前はブルー。家族と婚約者を殺された哀れな娘。1人でこの地にやってきて、小さな花屋を始めた。
「これ、受け取っていただけます?」
彼女が差し出した花をブラックは受け取り、頭を下げる仕草をした。
ブルーが手を振るのを背中で感じながら、再び道を下っていった。
彼女が渡した花束は、白いユリの花だった。
ブラックは海に向かって歩いていた。
1人のおばあさんが家の前にティーセットを広げ、海を見ていた。
彼女の名前はホワイト。愛する亭主に先立たれ、住む家すら失った哀れな女。逃げてきたこの地で、1人寂しく余生を送っている。
「いらっしゃい、ブラックさん」
ブラックは、彼女の向かいの椅子を引いて静かに腰を下ろした。
「あなたがこのお家を紹介してくださったおかげで、こうしてゆっくりお茶が飲めるわ。ほかのお家は坂が急で、とてもじゃないけれどティーセットなんか広げられないもの」
彼女は「ありがとう」と、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
しばらく話を聞いたブラックは、ティーカップの下に置かれていた紙を取り立ち上がった。そして、頭を下げると再び海を目指して道を下っていった。
丁寧に折りたたみ、外套の内ポケットに入れた紙には、彼女の亭主の墓の場所が記されていた。
町の中央まで下ってきた辺りで、道を塞ぐように野良猫達が群がっていた。
「ブラックさん!」
猫達に埋もれて餌をやっていた少年が、顔を出しブラックに手を振っている。
彼の名前はグリーン。1匹の猫と一緒にこの町に捨てられた、哀れな少年。心優しき住人達に助けられながら生きている。
彼はブラックに駆け寄り、少し重みのある小さな箱と一通の手紙を渡した。
「文字を覚えたんだ!」
楽しそうに笑うグリーンの頭を撫でて、別れを告げた。
少し雨が降りそうな風を肌で感じながら、ブラックは道を下ってゆく。
受け取った箱には猫の死体が収められ、手紙の宛先は彼の生まれた家だった。